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第31話「悋気と疑念:上」

髑髏しゃれこうべに灯された微かな明かりを頼りに、覚束ない足取りで地下へと伸びる階段を下りる。

ようやく息が整ってもなお、頬の熱は冷めやらぬまま。

なぜ、スペクターが突然あんなことをしたのかは、やっぱりわからない。

けれど、少なくとも私に対して何らかの感情を……抱いてのことだとは思う。

私を嫌いだと思ってるのなら、きっとあんなことをしない。するはずがない。

あんなに真剣な目で、私を見つめるような人が。


あの口付けが、私への好意の印だったいいのに。

そんな風に都合のいいことを考えてしまうくらいには、あの口付けが嫌じゃなかった。むしろ、嬉しかった。

だけど、どうして?

だって私は、彼のことを何も知らないのに。


もしかして、一目惚れ……?


「やあ、アネリ」


考え込みながら歩いていたせいで、すぐ近くに人がいることにさえ気づいていなかった。

弾けるように顔を上げた先の壁に腕を組みながらもたれている人物を見つけ、張り詰めていた気持ちが少しだけ緩む。


「……リオラ!」


駆け寄った私に、リオラは涼やかな笑みを浮かべながら片手を挙げた。

そこにいたのがフィオンじゃなかったことに安堵している自分に気づき、何だかもやもやとした気持ちが沸き起こる。

けれど、そんなことを気にしている場合じゃない。それよりも今は、大切なことを伝えないと。


「リオラ、落ち着いて聞いて。マローナが」


リオラは私がすべてを言い終える前に手で制した。


「わかってる。今、ミサンナが診てくれているよ」


すでに彼の耳にも届いているとわかり、ほっとした。いや、ほっとしたかったのかもしれない。

しかし、実際は、なぜか彼の言動が腑に落ちなかった。

村の一大事だというのに、リオラは先ほどからやけに落ち着いた様子だ。

マローナもルースも一緒に暮らすほど大切な家族なのなら、もっと心配した様子を見せてもおかしくないはずなのに。

村の歴史や事情を打ち明けてくれた時にはもっと深刻そうな顔をしていたのに、まるで他人事のようだ。


よく見れば彼のまとうマントには、どこにも汚れや破れが見当たらない。

一見した限りでは外傷もないようだ。

思えば、彼は首なし騎士が現れた際にも応戦に来なかった。

彼ほど弓の実力があれば、戦力になり得たはずなのに。


「……リオラ、今までどこにいたの?」


「どこって……村人たちを坑道の奥の避難所に誘導していた。皆、無事だよ。マローナとルースもそこにいる」


「本当に?」


「ああ、本当だ」


リオラは笑っている。なのにどうしてか、その笑顔が、怖い。


壁から身を起こしたリオラに、びくりと肩が竦む。

私のすぐ目の前で立ち止まったリオラの顔には相変わらず微かに笑みが浮かんでいるが、灯火の微かな光に照らされ瞳孔の際立つその目はどこか圧を感じさせるほどに鋭い。


地に足がへばりついてしまったように、身体が動かない。

私の心情を見通してか、リオラは可笑しそうに顔を歪める。


「ところで」


リオラのするりと白くしなやかな指先が、私の顎を掬い上げる。


「顔が赤いようだけど……どうしてそんな顔をしているのかな?」


眼光炯々とした眼差し。


見られていた。

勘ぐったような目つきからそう察して、かっと頬が熱くなる。


「君のそんな顔を見ようものなら、"彼"はどんな反応を見せてくれるんだろうね?」


「は、離して……っ」


羞恥心に苛まれ腕を振り払うと、リオラは「おっと」とおどけながら呆気なく解放してくれた。

しかし、その顔には相変わらずせせら笑いが浮かんでいる。


彼が何を考えているのかわからない。

けれど、こうして私をからかうような言動を取るのも、恐らく何かを隠しておきたいからこそだ。

スペクターやフィオンと同じように。


「……え?」


いつ背後を取られたのか。

目の前にいたはずのリオラは、いつの間にか私の後ろにいた。

細身の体のどこにそんな力があるのか、首に回された腕は鍛え抜かれたように強く、私の力ではとても振りほどくことができない。

その手に握られた鋭いナイフの切っ先が首筋に食い込み、微動だにできなくなる。


「君の洞察力には驚かされるよ、アネリ。だが、その好奇心はちゃんと隠しておかないと」


肩口から顔を覗き込む彼の吐息が頬にかかり、彼の金色の髪から漂う果実のような甘い香りが、危機感を擦り込んでくる。


「いつか命取りになるよ」


不穏な警告が、熱い息とともに吹き込まれ、ぞわっとした感覚が耳から鎖骨にかけて広がる。


怖くて声が出せない。

ぶるぶると震える手はかろうじて彼の腕に添えているだけで掴む力さえなく、何の意味も成さない。

そんな私をあざ笑うかのようにリオラはくつくつと喉を鳴らす。

警笛を鳴らし続ける鼓動に覚悟を決めたとき。リオラはゆっくりと身を離していった。


「……アルベールによろしく」


その囁きは、先ほどまでの脅すようなものではなかった。

背後の気配が消えたことに気づき、思い切って振り返ったときには、すでにリオラの姿はなかった。


「アルベール……?」


その聞き馴染みのない名前は、いくら反芻したところで心当たりはなかった。



第31話「悋気と疑念:上」 終

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