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第26話「熱い眼差し」

リオラのつてで、宿の部屋を一部屋借りられることになった。

宿の主からは首なし騎士デュラハンへの応戦をお願いしているのに、金まで払わせるわけにはいかないと代金の支払いを断られてしまった。

仕方なくお言葉に甘えることにはしたが、村の状況を考えると申し訳なく思えてくる。


敵襲に備えて少し休むことになり、リオラは子どもたちを連れて自宅へと戻って行った。

私たちも各々休むことになったが、さすがに仮眠を取ろうにもこの状況じゃさすがに眠れない。

それに、リオラの部屋で話をしていたときから勘づいてはいたが、フィオンの様子が何だかおかしい。

宿の部屋に案内されるころには口数も減っており、先ほどからベッドに座り込んで頭を抱えたままだ。

呼吸も少し荒い。

さすがの様子にミサンナも心配した様子で覗き込んでいる。


「フィオン、アンタ大丈夫?顔が赤いみたいだけど、どこか具合が悪いんじゃない?」


ミサンナがフィオンを案じてそう言っていることは本人もわかっているだろうが、こんなときでさえ弱みを見せたがらないのは彼の悪いところだ。


「空きっ腹で少し酒を飲んだらこうなった。休めばよくなる」


気丈にそう言いきるなり、フィオンはベッドの壁側を向いて横になってしまった。

ミサンナは「いつデュラハンが襲ってくるともわからないってときに」と少し気を立てつつも、自分のバッグを探っている。


「あった!これを飲めば少しは落ち着くはずよ」


紫色の液体が入った小瓶を取り出し、肩越しにミサンナを見上げるフィオンに差し出す。


「なんか妙な色してるけど、これ、本当に飲んでも大丈夫なやつなのかい?」


案の定、訝しげな顔をしながら受け取ろうとするフィオン。

彼の手に渡ろうとした小瓶をすっと持ち上げると、ミサンナはあごを反らせながら「そんなこと言うんだ?」と対抗の意を示し始めた。


「アタシを誰だと思ってるのかしら?」


「……疑惑の薬師サマ?」


「……毒でも盛りましょうか?」


「まあまあ、二人とも」


この二人は相変わらず折り合いが悪いようだ。

毒づき合う互いの目がだんだんと据わっていくのをどうにかなだめると、ミサンナは渋々小瓶をフィオンに渡した。

投げ渡された小瓶を不安定な姿勢のままでも難なくキャッチするフィオンはさすがだが、やはり体調は思わしくないようで、さらりと流れる髪から覗くこめかみに汗が浮いている。

嘔吐く(えずく)のを堪えるように小瓶を持つ手で口元を押さえながら、再び壁側を向いて横になった。


「……思ってる以上に悪そうね。アタシ水を取ってくるから、側についててやってくれる?」


「わかった。ありがとう、ミサンナ」


ミサンナはウィンクで応えると、バッグから水差しを取り出し、急ぎ足で水を取りに行ってくれた。

ぱたりと部屋の扉が閉まると、外からひそひそと聞こえていた人のささめきはほとんど聞こえなくなってしまった。

途端に、二人取り残された室内が、しんと静まり返る。


こうして待っているあいだに何かできないかとあたりを見回し、自分に宛がわれた寝具の毛布が目に留まる。

毛布を広げ、身を横たえるフィオンにかけようと歩み寄った。


「フィオン、大丈夫?」


一声かけ、毛布を体にかけようとしたときだった。


あっと声を挙げたときには、すでに視界が反転していた。

突如襲い来る衝撃に思わず瞑ってしまっていた目を開くと、汗ばむ顔で私を組み敷くフィオンと目が合った。

浅く吐き出される吐息。上気した頬。

睨むように細められた目にはいつもの覇気がなく、とろんとした目は少し潤んでいる。


「フィ、フィオン……!?」


押しのけようと彼の胸に手を伸ばすが、強い力で腕を掴まれ、ベッドに縫い付けられてしまった。


「どうしちゃったの?何でこんなこと……」


「……わからないのかい?」


切なげな眼差しに、ずきりと胸が痛む。

どうしてそんな顔をするのだろう。

今日のフィオンは、何だかずっと変だ。

いや、このところずっとそうだったかもしれない。


それに、ミサンナのあの言葉……。


"アンタだって、薄々気づいてるんでしょ?"


"よっぽどアンタのことがお気に入りみたいじゃない"


革手袋を嵌めた手に、するりと頬をなでられる。

思わずびくりと肩が跳ねる私に、フィオンの口角が微かに持ち上がる。


彼の意図を探ろうと必死で彼の目を見つめ返すが、徐々に近づく彼の唇に思考をかき乱されるばかりで何も考えつかない。

胸を突き破らんばかりに鳴り響く鼓動の音が、彼に伝ってしまうのではないかというほど、距離が近い。

あともう少しで鼻先が触れ合ってしまう。


"――アネリ!!"


どこからともなくあのときの声が聞こえた。

正魔法使い認定試験の日の朝、師匠の家で聞いたあの声だ。

組み敷かれた拍子に服からこぼれるようにベッドに垂れたペンダントの石が、淡く光っている。


スペクター……!


あともう少しでフィオンの唇が重なるかと思われた、そのとき。

時同じくして、突如激しい轟音が鳴り響いた。

その音に、フィオンの動きがびくりと止まり、引きつった面持ちで顔を上げる。


「何事だ!?」


フィオンは今しがたのことなどなかったかのように私の腕を引き立たせると、私をかばうように自分の背に隠した。

彼に合わせ、辺りの物音に集中しはじめたとき、音に遅れて壁や地面が地響きを立て振動し始めた。

地震か。あまりの大きな揺れにそう思ったが、宿の外から「落雷だ!!」と大声が上がった。


「首なし騎士デュラハンだ!奴が現れた!!」


「みんな、備えろ!」


ただならぬ呼びかけに、村は一気に騒然となりはじめた。

バタバタと早足に駆けまわる人々の悲鳴や叫び声が、洞窟のように掘られた村内にこだます。


「君はここにいろ」


壁に立てかけてあった剣を手にするなり、ふらつく足のままフィオンは宿を後にしようとする。

そんな体のまま首なし騎士デュラハンに対抗するとでもいうのか。


「フィオン、無茶はダメだよ!ミサンナがもうすぐ戻ってくるはずだから」


引き留めようと腕を掴むと、フィオンはいつになく動揺した眼差しで私を振り返った。

ゆらゆらと揺れ動く瞳に、何も言葉をかけられなくなる。

フィオンは何か言いたそうに口を開きかけたが、一層激しくなる物音に視線を送ると、さっと表情を引き締めた。そして、すぐにいつもの不機嫌そうな顔になると、こちらに背を向けてしまった。


「……悪かった」


たった一言呟かれたその言葉に、胸が突き刺されたように痛みだす。

感情を抑え込むように剣の柄を握るフィオンの手が、微かに震えている。

彼の腕を掴み取りたい思いに駆られるが、伸ばした手は宙を掴んだだけだった。

何もできず、声もかけられず、ただ茫然と立ち尽くすしかない私を残し、フィオンは走り去ってしまった。


取り残された部屋の中、ベッドの上には、ミサンナの残した薬の小瓶が転がっている。



第26話「熱い眼差し」 終

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