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第22話「ジェレマイア村:1」

しばらく進んでいくと、何やら奥からざわめき声が聞こえ始めた。

ざわめきとは言っても大きな声ではなく、どれもひそひそと囁き合う声だ。


その声がだんだんと近くなると、開けた大きな空間に出た。

サザーラル大聖堂の地下のような、天井の高い広々とした空間だ。

だが、聖堂地下とは大きく違っていた。


蟻の巣穴の断面のように壁の至るところがくり抜かれ、その一つひとつが店や住居のようになっているようだ。

壁の高いところにも穴が掘られ、長いはしごがかけられて上り下りできるようになっている。

至るところに通路が伸びているところからして、こういった空間がいくつも存在するのだろう。

この広間だけでもぱっと見当たる限り数十人はいそうだ。

これだけの規模があれば、集落というよりはもはや地下街に近いかもしれない。


壁面を飾る装飾に髑髏しゃれこうべやバラされた人骨の一部が使用されていることに慣れるまでには少々時間がかかりそうだが、生活する人々は思いのほか賑やかそうだ。

賑やかとはいっても、皆一様に声を潜めて話してはいるが。


「すごい……!本当にお墓の下に集落があるなんて」


感激のあまり思わず声を上げると、リオラは得意げに腰に手を当てて笑った。


「言った通りだっただろう?まあ、もっとも俺たちは外界との接触を極力避けているからね。これまで周知されていなかったのは、むしろ好都合だと言っていい」


リオラのその言葉に、引っ掛かりを覚えた。

彼は荒野で私たちに村の存在を仄めかしたばかりだ。

極力隠しておきたかったのなら、どうしてそんなことをしたのだろう。


「あのね、リオラ……」


私の呼びかけに、リオラは「どうした?」と顔を覗き込んでくる。


「どうして私たちをこの村へ案内したの?

単純に親切で村に案内してくれたってわけじゃないよね」


私の指摘に、リオラの笑みが驚きの表情に変わる。

その驚きに見開かれた目がふたたび弧を描いたとき、リオラはどこか嬉しそうな調子でこう言った。


「君って、おっとりして見えるのに案外鋭いよね」


「……茶化さないで」


突っ込んだところではぐらかされるとは思っていたが、かえって自分のことを探られ少しむずがゆくなる。

そんな私にリオラは小さくため息をつくと、いつもの優しい微笑みを浮かべた。


「まあ、もう少し待ってよ。まずは君たちの寝床を確保するのが先だ」


リオラの顔が近づいてきたかと思うと、頬に軽くしっとりとした感触がした。

油断していた。フィオンがこういう風に気安くボディタッチをしてこないからか、少々気を緩め過ぎていた。


「おい」


そばで私たちのやり取りを見ていたらしいフィオンが、すかさずリオラの前に立ちふさがった。

私をかばうように片手を広げている。


「今の、何?」


フィオンの顔は見えないが、その声に怒気が込められているのが背中越しにも伝わってきた。


「頬に軽くキスをしただけだけど?」


「なっ……」


そろりと私を振り返ったフィオンの顔が引きつっている。

どうしてそんな顔をするのだろう?


動揺の眼差しで肩越しに私を見下ろすフィオンの後ろで、この隙に立ち去ろうとするリオラの背中が見え、フィオンに指し示す。

はっとしてリオラを振り返り、「待て、まだ話は終わっていない」と後を追いかけ始めるフィオン。


「あーんなあからさまに焼きもちなんて焼いちゃって」


肩越しにミサンナの横顔が急に現れ、驚きのあまり声を上げて後ずさる。

私の声に周囲の人の驚いたような視線が一身に集まるが、謝罪の意を込めて会釈してするなりみんな何事もなかったかのようにすぐに感心が逸れ始めた。

ほっと一息つきながら、未だニヤニヤと笑みを浮かべるミサンナに「何のこと?」と返すと、彼女は笑みを深めながら「あらあら、とぼけちゃって」と茶化した。


「アンタだって、薄々気づいてるんでしょ?」


ミサンナの言わんとすることに気づいて、胸がどきりと跳ねる。


「フィオンのあの目。よっぽどアンタのことがお気に入りみたいじゃない」


「な、何言ってるの、ミサンナ!そんなわけないよ。だって、フィオンとはまだ出会ったばかりだし……そんなわけ……」


必死になって理由を並べ立てるも、ふと宿でのことを思い出す。

意識がほとんど沈んでしまっていておぼろげにしか思い出せないが、あのとき寝入ってしまった私を恐らくフィオンがベッドまで運んでくれた。

その際に、彼は私の頬に軽く触れたのだ。

それだけのことだったので今の今まで忘れていたが、あのときの彼の行動やこれまでの様子を思い返すと、確かにどこか変だったかもしれない。

だけど、彼は私に対してそうと仄めかすようなことを言ったことがない。


それに、私は……。


「おねーちゃんたち、リオラにーちゃんのおともだち?」


背後から小さな女の子の声がかかり、はっとする。

振り返ると、よわい十もいかないほどの小さな男の子と女の子が、私たちを見上げて目をキラキラと輝かせていた。

女の子の手には、この村の入り口の墓石に供えられていた紙の花が握られている。



第22話「ジェレマイア村:1」 終

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