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第18話「荒野の夜」

イェーツ村の森を抜けると、広い荒野に出た。

荒野には土と同じ色の大きな岩と枯れ果てた木が点在するのみで、当然食料も水もない。

地面が固められているだけで、実質砂漠とそう変わりはしない。


果てがないように見えるが大丈夫かと二人に確認してみたが、ミサンナは地図を手に悩む様子を見せたのに対し、フィオンは「数日もあれば抜けられる」と言い切った。

その理由や根拠を示してくれることはほとんどないが、フィオンが自信を持って答えるときは大抵その通りであることが多い。

無条件に信じられるほど長い付き合いというわけではないものの、彼にはこれまで何度も助けられたのだ。

それに、戦いや野宿の経験も多い。旅慣れしている彼の判断に任せるのが一番良いと思う。


そうして荒野を渡り始めてから、かれこれ数日が経った。

フィオンによると、明日、あさってには荒野を抜けられるだろうとのことだ。

フェルナヴァーレンを発つ前に食料を余分に備えてきておいて良かった。

このぶんだとあと二、三日は持つだろう。


こうして野外で眠ることになるなんて思ってもみなかった。

初日はこの吹きさらしのなかでさすがにほとんど寝つけなかったが、二、三日もすればこの固い地面の感触にも幾分慣れてくるものだ。

ミサンナも一人で森に入ることはあれどこうして野宿をするのは初めてのことだと言っていたが、彼女の適応力には感心させられる。

これまで一人で逞しく生きてきたからこそだろう。

おやすみ、とつぶやいて間もなく寝息を立て始めた彼女を思い出し、少し笑みがこぼれる。

うっすらと緩んだ唇は無防備で、気の緩んだ寝顔はどこかあどけない。


そのとき、岩陰を吹き抜けた風がたき火の炎を揺らし、その向こうで火の番をするフィオンを照らし出した。

髪と同じく透き通ったまつ毛。

伏せられた目に、もしや眠っているのだろうかと思ったが、その目はたき火に注がれていただけだった。

ふと、私の視線に気づいてフィオンが顔を上げた。


「まだ起きてたんだ」


「う、うん。何だか眠れなくて……」


フィオンは私の言葉に小さくため息をこぼすと、長い棒でたき火をつつき始めた。

薪の位置を調整しているようだ。


「眠れなくても目は閉じたほうがいいよ。この長い荒野の半分は越えてるとはいえ、まだもうしばらくは歩くことになるんだ。少しは体力を回復しておかないと」


彼の言葉に頷くと、ずれてしまっている枕代わりのバッグを首元まで引き下ろし、まぶたを閉ざした。


フィオンとミサンナは交代で火の番をしてくれている。

この荒野は動植物の気配がほとんどないとはいえ、稀にだが魔物や獣の出撃はある。

私が戦えない以上、戦闘は必然的に二人任せとなってしまう。休めるうちにしっかりと休みを取っておきたいはずだ。


戦えないならせめて何か役に立てればと火の番を申し出たが、断られた。

「君は僕がのん気に火の番だけしてるとでも思ってるのかい?」とののしられたが、ミサンナの要約によると火の番をしながら敵襲にも備えているとのことだ。

フィオンは私では敵の気配を察知することはできないことを踏まえて、あのように断ったのだろう。

それでも何かしたいと思い、魔除けの護符を野営を張った周囲に施したおかげで魔物の襲撃は今のところないが、残念なことに獣には効果がない。

ミサンナは十分助かっていると労ってくれたが、フィオンからは結局見張ることには変わりないと一蹴されてしまった。

素直にお礼を言えばいいのにとミサンナにからかわれて気まずそうに鼻を鳴らしていたところからすると、本心からそう言ったわけではないことがわかり少し安心した。

ミサンナが仲間に加わってからフィオンの物言いは以前にも増してきつくなったように思えるが、それはフィオンが元より頑固なことに加え、浮かんだままを口にしやすい性分同志がそろってしまったからだと思うことにしている。


そうして二人のことを浮かべながら少し気持ちが安らいだところに、気づけばまた彼……スペクターのことを思い出す。

ここ最近は特に彼を思い出すことが多くなった気がする。


神出鬼没に私の前に現れては、助けてくれる不思議な人。

彼の行動の意図はわからない。けれど、私を見つめるあの目。

初めて目が合ったときは冷淡だと感じたが、視線が絡むごとにその印象が薄らいでいく。

どこか親しみを感じずにはいられないのだ。


それに、彼が名乗った際には気づけなかったが、"亡霊スペクター"の名にはどこかで聞き覚えがあった。

あれは確か……そうだ。師匠が以前、その名を口にしていた。

大方、同一人物だろう。


思えば、彼は師匠の元へ私の身柄を預ける際にも助けてくれたということになる。

私がそう認識していなかっただけで、一年前のあのときから。


今度スペクターが私の前に現れたとき、確かめてみよう。

そして、今度こそちゃんとお礼を伝えたい。


ふと、彼との話題が見つかったことを喜んでいる自分に気づき、何だかこそばゆい気持ちが沸き起こる。

胸のあたりが温かい。けれど、同時に何だか落ち着かない感じもする。

この感情は、一体何なのだろう。


そのとき。

遠くで何か動物の鳴き声のような音が長く響いた。

それに呼応するように、同じような音がいくつもこだまする。


いち早く察知したフィオンはすかさず立ち上がると、剣を抜き声を張った。


「二人とも起きろ、狼だ!」


彼の声にうつらうつらとしながら身を起こしたミサンナは、大きなあくびを手のひらでおさえるようにしながら苛立たしげに返した。


「狼?アンタ一人で大丈夫でしょ」


「寝ぼけたこと言ってると命を落としかねないよ!どうやら数匹じゃないらしい。群れで来てる」


フィオンのただならぬ様子にミサンナもようやく事態を理解し、「冗談じゃないわ」と悪態をつきながら急いでバッグを肩から下げて杖を構えた。

ミサンナが短い呪文を唱えると、杖から光の玉が現れた。


「そーれっ!」


ミサンナは大きく杖を振り被ると、光を音がする方角の上空に向けて放った。

ミサンナの打ち上げた光は特定の高さに到達すると火花が弾けるように飛び散り、次の瞬間、一瞬にしてその光の範囲を広げる。

彼女の魔法に暢気に感銘を受けていた私は、光の下に現れた無数の影に愕然とする。


「……嘘でしょ」


上空の光が砂ぼこりでかすんでいくのが遠目にもわかる。

それだけの砂を巻き上げるほどの狼の群れが、こちらに向かって一気に押し寄せてきている。

十数匹……いや、恐らく二十は超えるだろう。


「これだけの数、この僕でもさすがに君を庇いながら戦うのは無理だ。何か手立てはあるかい?」


私を背にかばいながら、フィオンが切迫したような顔で声をかけてくる。


「手立てって言われても」


「何でもいい。君一人守れるような魔具があればそれを使え!」


「さすがにそんな便利なものないよ!」


私の答えにチッと舌打ちをすると「だったらやむを得ないな……」とため息交じりにつぶやくフィオン。

何か策でもあるのだろうか。


「ねえ、何モタモタしてんの!?早く何とかしないともうそこまで来てるって!」


ミサンナの悲鳴に近い声にフィオンは腹を括ったように頷くと、バッグを小脇に抱えて叫んだ。


「……走れ!!」


普段は落ち着き払っている彼の大きな声に、弾かれるように地面を蹴る。

後ろに迫る狼たちの駆け足と吠え声交じりの荒い息。

駆けだしたフィオンの背を必死に追いかけるが、だんだんと開く距離に不安感が押し寄せる。


「アネリ、がんばって!」


私のとなりに付き添うように走ってくれていたミサンナが、私の腕を掴んだ。

それに気力をもらいながら足に力を込めた瞬間。


「ああっ!」


ミサンナの掴む手がほどけ、私は盛大に転んだ。

突き出た石に躓いてしまったらしい。

身体が地面を引きずった拍子に膝を擦りむいてしまった。

激痛のする足を見下ろすと、真っ赤に濡れた血がふくらはぎを伝って流れていた。


「アネリ!!」


ミサンナの悲痛な声にすぐさま気づいたフィオンが引き返してくるが、もう狼の群れはそこまで迫っている。

彼が私の元に駆け付けるよりも早く追いつかれてしまう。


絶望に打ちひしがれ、ただ大声を張り上げながら成り行きを見守るしかない私に、狼が一匹飛び掛かってくる。

……殺される。


そのとき、私の頭上に迫っていた狼が何かに弾き飛ばされた。

どっと汗が噴き出す。

放心のままかたわらを見つめると、たった今私に襲い掛かろうとしていた狼はすでに絶命していた。

その額に、深々と矢が刺さっているのを見つけ、矢の飛んできた方向に顔を向ける。


少し離れたところに、断崖らしき影が見える。

その崖の上に目を凝らすと、青白い何かがぼんやりと光った。

その光が無数に飛んできたかと思うと、後続の狼たちを捉えていく。

青い炎のような光をまとう矢に打たれた狼たちは、短く高い断末魔を上げると次々と地面に倒れ伏していった。


その状況に周囲の狼たちは呆気にとられたように動けなくなり、相談し合うように顔を見合わせ始めた。

やがて、そのうちの一匹がマズルを上げ高くひと鳴きし、来た方角へと引き換えし始めた。

それに伴い、ほかの狼たちもその一匹について行くように去って行く。


「た、助かった……?」


歯の根が合わず、震える声でそう絞り出す。

どっと汗が噴き出し、動悸で心臓が飛び出しそうだ。


まだ立ち上がることのできない私を心配してかたわらに膝をついたミサンナは、けがの状態に驚きはしたが、すぐさまバッグを漁り始めた。


「大丈夫だよ。すぐに手当てするからね」


水の入った瓶を取り出すと、すぐさま栓を抜き私の傷にかけ始めた。

じんじんとした痛みが広がり、思わず顔を歪めるが、痛いよね、と気遣ってくれるミサンナに幾分か気が紛れ笑みが浮く。


「ありがとう、ミサンナ。……せっかく助けようとしてくれたのに、足を引っ張っちゃった」


「いいのよ」


ミサンナは困ったように微笑むと、ぽつりと呟いた。


「アンタを見てるとね……"あの子"を思い出すわ」


"あの子"?誰のことだろう。

問いかけようとしたとき、ミサンナの背後でフィオンがこちらの様子を覗き込んできた。

私と目が合うなりその目が揺らぎ、ついと顔を逸らされる。


「……狼たちをった弓の使い手がこちらに向かって来てる」


ミサンナと顔を合わせフィオンの視線の先を追うと、遠くからこちらに呼びかけてくる声が聞こえた。



第18話「荒野の夜」 終

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