表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/48

第17話「マシェット」

フェルナヴァーレンにて。

夜も更け、通りを歩く人々もまばらとなるころ、青年はカンテラを手に下げ人影のない路地を急いでいた。

黒い衣のフードを目深に被り、口元を覆うように巻いたマフラーを眼窩の下まで引き上げる。

軒に下げられた「バー・ウェルテル」の文字を認めると、入り口の呼び子の声掛けには目もくれず、酒場のひび割れた木のドアを引き開けた。


「いらっしゃ……」


愛想よく声を上げようとした店主に笑みは、マシェットの姿を目の当たりにした途端に引きつり、酒で上気した頬はみるみるうちに青ざめていく。


「あ、あんたか。今度は何の用だ?」


「時間は取らせない。ちょっと見てもらいたいものがあるんだ。けど、ここだと人目につく。裏に通してもらえるかな?」


店主は「わ、わかった」と歯切れの悪い返事をし、店の奥へと青年を通した。

青年は積まれた木箱の上にカンテラを置くと、懐から取り出した巻紙をそこへ広げた。


「よく見てくれ。この男に見覚えはあるか?」


店主は青年の手元を覗き込み、そこに描かれた人物の顔を捉えると、しばらく考え込むように低く唸った。


「暗かったもんで、同じ奴かはわからねえ。だが、あの大魔法使いの先生の家の付近で見かけたかもしれねぇ。あんたが着てるのと同じような黒い衣をまとっていたことは確かだ」


「なるほど……わかった」


青年は巻紙をしまうと、今度は腰に下げた小袋から一枚、チップを取り出した。

親指で弾くようにして店主に投げて寄越すと、店主は卑しい笑みを浮かべた。


「悪いね、兄さん」


それには応えず、カンテラを手にするなりその場を後にしようとしていた青年は、ふと人差し指を掲げると「そうそう、もう一つ」と思い出したように声を上げた。


「俺の上長は嘘が嫌いなお人だ。この証言にもしも偽りがあった場合はどうなるか……わかってるね?」


「う、嘘はついてねぇ。確かに黒服の男を見た」


「ならいい」


冷や汗の浮く顔を震わせる店主にくっきりと弧を描いた目で応えると、青年は今度こそ路地に消えていった。


しばらくゆったりと通りを歩いていた青年は、懐のなかで震える感覚に気づき、はっと目を見開いた。

周囲に人気のないことを確かめると、急ぎ暗い路地に身体を滑り込ませる。

壁にもたれながら懐からいまだ震える黒い石を取り出した。

淡く光る石に手をかざし石の光が和らぐと、青年は石を口元に添え声を発した。


「マシェットです」


すると、それに応えるように青年もといマシェットの脳内に何人もの老若男女の声が混ざったような不気味な声が響く。


「メッサーは見つかったか?」


淡々と尋ねる声に怒りの色は見られない。だが、慎重に言葉を探しながら答える。


「いえ……いまだに行方がわかっておりません」


「奴は影使いだ。お前のその諜報力を以てしても奴を見つけ出すことはそう容易ではあるまい」


「しかし、新たな手がかりを見つけました」


興味深そうに声を上げる主に、マシェットは密かに口角を上げる。


「奴はフェルナヴァーレン近郊に潜伏していた模様です」


「フェルナヴァーレンだと?それは本当か」


「情報源の人物の証言によると、大魔法使いエイドラムの邸宅の付近にて黒い衣をまとった人物を見たとのことです」


「なるほど、よくわかった。であれば、やはり私の予想通りというわけだな」


何か確信を得た様子の主に、胸をなでおろす。

どうやらあの店主の証言に間違いはなさそうだ。


「では、一時作戦を変更し例の旅の者たちを追跡しますか?」


「それがいいだろう。狙うべき者はわかっているな?」


マシェットは微かに笑みを含んだ声で「はい」と応えた。

ここからは得意とする任務に移行するのだ。


「では、引き続き貴様に任せるとしよう。頼んだぞ」


主の声が遠ざかり、代わりに吹いた夜風が耳を掠める音が聞こえる。

マシェットは光を失った石を懐にしまうと、腰に携えた小さなナイフを一本取り出した。

そのナイフを横に払うようにして素早く投げると、その鋭く磨かれた切っ先が、通路の奥に散らばる生ごみを漁っていたカラスの一羽の頭部に突き刺さった。


奥の暗がりに向かうと、カラスはその黒い眼ををカッと見開いて絶命していた。声を上げる間もなかったろう。

頭部を貫通したナイフを抜きとると、滴る血を振り払った。


「……絶対に逃がしはしないよ」


風がマシェットのフードをめくり上げると、その額に埋め込まれた宝玉があらわになった。

月夜も当たらない路地のなか、血のように深い赤をまとうその宝玉は、マシェットの口元に浮かぶ笑みに応えるように微かに煌めいた。



第17話「マシェット」 終

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ