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第13話「村の宿にて:上」

 ミサンナから薬を受け取るころには村に到着してからずいぶんと時間が経っていた。

 すっかり高いところに昇りつつある月に、すでに深夜に近いことを悟る。


 宿に着き店先で新聞を広げる店主に若い剣士の連れであることを告げると、一番奥の部屋へ案内された。

 てっきり二部屋取ってあるものと思っていた私は、部屋へ続く廊下に差し掛かったところでこの宿の部屋数の少なさに気づき口をつぐんだ。


 ごゆっくり、と嫌な笑みを浮かべながら立ち去る店主のねっとりとした声に、ぞわぞわと首筋の毛が逆立つのを感じながらノブに手をかける。

 扉を開けると、ぶ厚い本を片手に広げながら窓辺に寄りかかるフィオンがつい、と視線を上げた。


「おかえり。ずいぶん遅かったじゃないか」


「う、うん。ただいま……」


 羽織っていたマントを脱ぎ身軽な恰好をしているフィオンに、無意識のうちに目が泳ぐ。

 彼の淡い髪色よりも濃い茶のインナーが彼の引き締まった体つきを際立たせ、れっきとした男性であることを意識させられる。

 店主があんな風に勘ぐってきたせいで、変に緊張してしまい、ついよそよそしい反応をしてしまう。

 そんな私の様子を訝しんでか、フィオンは眉を潜めた。


「何だよ、うろたえたりして。気持ち悪いな」


「や、大丈夫!何でもないの」


 なおも怪訝な顔をされたが、さして興味なさそうに「ふーん」と首をかしげるなりふたたび本に視線を戻してしまった。

 荷物を手近なところに置きながら「ところでさ」と話をすり替えると、本から目を上げずに空返事が返ってくる。


「あの幽霊屋敷のことなんだけど……。地下で遭遇したあれは、一体何だったの?」


 フィオンは面倒くさそうにため息をつくとぱたりと本を閉じた。

 窓台に本を置くと、もたれた姿勢はそのままに腕を組み、窓の外へと視線を投げた。


「言ったろ。あれは本物だって」


 今が夜更けだからか、彼の言葉にぞくっと背筋が凍った。

 部屋の戸を背に立ったままなのが何だか無性に落ち着かなくて、手近な椅子を手繰り寄せ腰をかける。


 さも当然のようにそう言ってのけたフィオンは、屋敷のなかで見たときもそうだったが、至極落ち着いて見える。

 そういった類のものに耐性でもあるのだろうか。

 肝が据わっていて何だかうらやましい。


「本来であれば、あの魔法陣の間は屋敷の守護霊の魔法によって守られていたはずだった。

けど、あれは……魔物モンスター化していた」


 つまり、元は害を及ぼすことのない霊だったのだろう。

 しかし、守護霊が自然と魔物化するなんてあり得るのだろうか。


「恐らく、何者かの手によってあのような姿に変えられてしまった可能性がある」


 咄嗟に、聖堂地下で遭遇したあの顔のないマントの人物が浮かぶ。

 あの人物なら、守護魔法を魔物に作り変えてしまうことも可能なんじゃないだろうか。


「まあ、今さら考えたって仕方がない。それに、あの魔物はもう僕が始末しちゃったからね。塵一つ残ってないよ」


 文字通りね、と両の手を掲げたフィオンだが、口ではそう冗談めかしながらも、どこか釈然としていない様子だ。

 それは私も同じだった。


「ところで、あの魔法陣は誰が何の目的であそこに描いたの?それに、どうしてあんな屋敷のなかに……」


 どう答えるべきか悩んでいるのだろうか。

 フィオンは手で顎をさすりながら、流し目を寄越してきた。


「答えてやってもいいけど、必要以上に詮索しないと誓えるかい?」


 じとりとした視線に変な汗が浮かぶ。


「わ、わかった」


 フィオンはふん、と鼻を鳴らすと、あごに添えていた手を軽くかざしながら気だるそうに口を開いた。


「詳しくは言えないが、あの魔法陣は公的に管理されているものだよ。

一般の人々を近づかせないようにするために守護霊を配置して表向きは幽霊屋敷ということになっちゃいるが、それはカムフラージュで、あの魔法陣を管理するための施設だと思ってくれていい」


「それじゃ、フィオンがあの魔物……守護霊を倒してしまったってことは、今はあの魔法陣の守り手がいないということだよね?」


「そういうことになるね。というより、あの霊が魔物化してしまった時点で守りも何もなかっただろうと思う。いつからそうなってたのかは知らないけど。まあ、屋敷に誰かが踏み入った形跡は見当たらなかったし、当面はあのままでも問題ないんじゃないかな?」


 他人事ひとごとだなあ……。

 なんて思ったことを口にしようものならきっと今よりも鋭い視線が飛んでくるのだろう。

 胸中に留めておくことにして、さらに浮かんが疑問を投げかける。


「もう一つ、聞いてもいいかな?

街の人たちはみんな共通して幽霊屋敷という認識だと思う。私もこれまではそうだった。それなのに、どうしてあなたは実態を知っているの?」


 彼の反応を見るにどうやら核心をついてしまったようだ。

 口にした時点でそう言う反応をされると予想はしていたが、フィオンは思いきり顔をしかめた。


「必要以上に詮索はしない約束だよ」


「でも」


「この話は以上だ」


 なおも食い下がろうとした私に、フィオンは「そんなことより」と食い気味に挟んでくる。


「君こそ僕に話しておくべきことがあるんじゃないの?」


 フィオンは窓辺から体を起こすと、私の腰かける椅子の正面まで歩み寄ってきた。

 あまりに自然な所作だったため、ついされるがままになってしまう。


「え、ちょっ……」


 フィオンの手が、私の前髪を掬う。


「この額の印のことさ」


 彼の手袋を嵌めていない親指の腹が、するりと額をなぞる。

 くすぐったいのは、唐突に触れられたからか、それともこの距離感がそんな感覚にさせるのか。

 彼の耳に届いてしまうんじゃないほどに鳴り響く心音。

 だんだんと熱くなる頬に、いよいよめまいがし始めたころ、彼の手は呆気なく離れていった。


 何かを思い出したようにさっさと背を向け窓辺に向かうフィオンに、私はひどく安堵していた。

 彼に気づかれないよう、まだ高鳴る鼓動を押さえつけるようにして胸を押さえる。


「さっき興味深い文献を見つけたんだ。君にうってつけじゃないか?」


 身構える前に窓辺の本を投げ寄越され、慌てて受け取る。


「もしかして、この額の印について調べてくれていたの?」


「別に、ただ暇つぶしがてら書庫に寄ったときにたまたま見つけたってだけさ」


 言い捨てるようにそう返されてしまったが、偶然で見つかるようなものではないことはひどく傷んだ装丁を見れば明らかだった。

 彼の優しさが垣間見えたことが嬉しくて「ありがとう」と伝えると、フィオンは「いいから」と手で払うような仕草をし、さっさと本を開けと人差し指でジェスチャーをしてきた。

 それに従い、本をぱらぱらとめくっっていると、伸びてきた手がとあるページを押さえた。


 そこに描かれた紋様に釘付けになる。


「私の額の印と、同じ……」


「それに書いてあることによると、その額の印は死をもたらす呪いの刻印らしい。それは君も認識している通りだと思う。そうだろ?」


 フィオンの確信めいた投げかけに、ためらいながらも頷く。

 私の反応に彼は納得したように顎を逸らすと、私の正面に膝をつき、本の説明書きに指を滑らせはじめた。


「その呪いを解くための方法は、術の無効化、あるいは術者の死、だそうだ。その反応、どうやらこれは知らなかったようだね」


「そんな……」


 一気に不安が押し寄せてくる。

 そうではないかと思ってはいたが、いざ突きつけられるとこんなにも苦しいのか。

 まだ死の兆しがないせいか、痛みを抑えることだけを考えていたけれど、そんな甘い考えではいけないのだとまざまざと思い知らされる。


「それで、君はその呪いを解くべくエリービルに向かうようだけど、そこへ行けば何がある?」


「……わからない。マギス=クレアシオンの機関長からそう告げられただけで、本当に何にもわからないの。エリービルに行くのが正しい方法なのかどうかも」


「もっと調べてからでも遅くはなかったんじゃないのかい?」


 フィオンの指摘は的確だ。

 けれど、そんな彼の言葉に反するかのようにセリアスの悲痛な声が脳裏によぎる。


「マギスの機関長……セリアスは、それだと遅いと言っていた。

私のこの呪いは寸でのところで症状を抑えられているだけで、本来なら呪いをかけられたそのときに死んでもおかしくはなかったんだと思う」


「それは、確かかい?」


 深く頷く。術者本人がそう告げたのだ。

 あれがハッタリではないことは、あの身を焼かれるような激しい痛みを受ければ確かめずとも理解できることだ。


「……アネリ。君にその呪いをかけた術者は、どういう奴だった?」


 黒装束をまとった大柄の人物が浮かび上がる。

 フードの奥の闇を思い出し、本を持つ手が震えはじめる。


「……黒ずくめの大きな人だった。顔はフードでよく見えなかった」


「もしかして……いや……」


 フィオンは何かを言いかけたが、口をつぐんでしまった。

 何か思い当たることでもあったのだろうか。

 しかし、彼は視線を逸らすと、立ち上がりベッドに腰を下ろした。

 何か考え込むように腕組みをするフィオンに、本を閉じながら声をかける。


「フィオン?どうしたの?」


「いや……何でもないよ。気にしないでくれ」


 また含みのある言い方だ。

 フィオンといいスペクターといいセリアスといい……この額の印を受けてからというものの、どうしてこう隠し事の多い人ばかりと出会ってしまうのか。


「まあ、この話はまた追々しよう。なんせ今はお互い情報が少なすぎる。ここでどうこう言い合ったって憶測にしかならないだろ」


 フィオンの言い分はもっともだった。

 いくら焦ったところで今どうにかできる問題でもないのだ。


 諦めがちにため息をこぼしたところで、ふとミサンナのことを思い出す。


「そういえば、さっき村の薬師に会ったよ」


「……薬師?」


「この額の痛みを抑えるための鎮痛剤を処方してもらったの」


「おいおい、ちょっと待ってくれ。てっきりその額の印は死ぬまでのあいだのマーキングだとばかり思ってたけど、まさか痛みを伴うものなのかい?」


 おどけるような口振りに深刻な現状を忘れ少しだけ笑みが浮かぶ。


「それで、フィオンに相談なんだけど、その薬師……ミサンナも一緒に連れて行けないかな?」


「はあ!?」


 あまりに唐突な提案過ぎただろうか。

 フィオンはベッドから身を乗り出すようにして間の抜けた声を上げた。



第13話「村の宿にて:上」 終

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