何か頼まれた
展示会を出た私達。
今度は町の奥に行ってみたいとシャルド(本名シャーン)が云った。
止めようとするグリフ、それでも行きたいって云うから私はそれを支援した。
そして路地を抜けて町の端。
そこは穴倉に住むやる気の無い人達が住む場所。
私は心の中に思い浮かんだ魔法の力を解き放ち、彼等に新しい家族を与えてあげた。
少しだけ希望を見出す人達、帰ろうとする私達の前に子猫を抱えた一人の子供が現れた。
棒を持って威嚇し、お金を寄越せと要求してくる。
シャルドが説得するとお城で働くことになった。
とりあえずお城に帰りお風呂に入れようとしたのだけれど、その子はルーカという女の子だった。
慌てて逃げて行くシャルド、でも今後は側室の座を狙っているらしい。
あの日からルーカは私と一緒にお勉強をしながら、お城のメイド見習いとして修業中だ。
整えられた黒い髪、綺麗なメイク、ほんの少しの香水、捨て猫のようだったのに見違えるようになっているの。
仕事も一生懸命やっているようだし、生活の方も問題はないみたい。
たまにシャーンを誘惑しているけれど、逃げられて上手くはいっていないんだよ。
まあでも二人共まだ子供だし、時間が経てば今後どうなるかは分からないかな。
もしかして本当に番になったりするのかも。
そんなことを考えながら、のんびりと過ごそうと思っていたのだけれど、
「モモ殿、少々お手伝い願えませんか。モモ殿の強さを兵士の皆に見せつけたいのです」
青鎧のブルースが私の部屋に現れたの。
何か私にやらせたいことがあるようだ。
「へー」
でも今日はあんまりやる気が出ないんだけどなぁ。
(モモ、美味しいご飯を食べさせて貰っているんだから頼みはなるべく聞いておこう)
「うーん、いいよー」
まあでも御主人が云うのならやらざるを得ないかな。
私達は城の庭にある兵士の訓練場に移動したよ。
目の前にはピッチリキッチリ並んでいる兵士さん達。
一、二、三……たぶん二百人ぐらいいると思う。
なんか実力を見極めたいって云っていたけど、私に何をさせるんだろ?
「モモ殿、彼等はまだ訓練中の身なのですが、シャーン殿下を救った貴女の力を見たいと聞かないのです。これを黙らせる為にも彼等全員に勝利して見せてください!」
「えー?」
それはすごく大変そうだ。
でも来ちゃったし、やらなきゃいけないのかな。
もう早く終わらせてのんびり寝よう。
「御主人、手加減した方が良いのかな?」
(うん、たぶんその方が良いのかも。それと、なるべく怪我をさせないようにね)
「そうするー!」
私は早速両足に力を込め一気に飛びだしてゆくの。
「どあああああ!?」
「ぎゃあああああ!」
兵士の群れに突っ込み、波しぶきのようにポイポイと投げ捨てたんだ。
「モモ殿、まだ始めとも言っていませんが!?」
「そうなのー?」
「しかしまあ実践を想定して訓練をしているのですから、このぐらいあっても仕方ありませんな!」
声をかけられて私は止まろうとしたのだけれど、逆に兵士さん達が襲い掛かってくる。
手に持っているのは木剣だ。
刃物じゃないけど当たれば絶対痛いだろう。
そんなのは絶対嫌なので、頭の上に乗ったり股の下を潜ったり攻撃を躱しながら、山のように倒れた兵士を積み上げたんだ。
「終わったよー!」
「おお、これほどまでに早いとは、正しく戦姫ですな」
何か云ってくれているようだけど、お勉強には出て来なかった言葉だよ。
「なにそれー?」
「まあ簡単にいえば戦う強い女性ということですな。しかもこれほどの美しさであれば敵も味方も魅了されるのも分からぬではありませんな」
「ふぇ?」
(モモ、誉められているんだよ)
「そっか、やったー!」
私は飛んで喜んだ。
「さてと、これで皆も分かったことでしょう。モモ殿、お疲れ様でした」
「おつかれー!」
(おつかれさま)
と、私と御主人は部屋に戻ろうとしたのだけれど、倒した皆から悲鳴のような声が飛んでくる。
よく聞いてみると、私に訓練してもらいたいとかそんな声だ。
まだ帰っちゃダメみたい?
「……モモ殿、今日だけでもお願いできますかな?」
「分かったー!」
私が返事をすると兵士の皆がドッと盛り上がったよ。
そんなに喜んでくれるならやりがいもありそうだ。
ということで彼等の訓練を担当することに。
「それでは頼みましたぞ」
「うん、がんばるー!」
皆の期待を一身に背負い、私は彼等に大事なことを伝えていく。
まず、お昼寝は日当たりの良いところを選ぶこと。
草は意外と健康に良い、見つけたらパクッと食べる。
世の中には毒のある食べ物が多いから気を付けよう。
遊びは思いっきり楽しんで。
そんな猫にとって大事なことを余すことなく全て伝え終えたの。
そのお陰もあって、皆は体を丸くしてグッスリと眠っているよ。
今までの訓練でよっぽど疲れていたのかも?
(モモに教わったらそうなるよね……僕も止めなかったし。でもまあ良い休憩にはなったんじゃない?)
「気持ちよさそー。御主人も一緒に寝よ」
(良いけどね)
私達もたっぷり十時間ぐらい、日が落ちるまでグッスリとお休みしたんだ。
「こ、これは一体……」
起きたのはブルースの声が聞こえたから。
皆が寝転がっているのがそんなに気になるのだろうか。
「まさか、これほどに疲れ切る訓練をしてくださったのですか? 素晴らしいですな」
「うん、がんばった!」
(じつは寝ていただけだけどね)
「モモ殿、またお願いしても宜しいですかな?」
「いいよー!」
そして数日が経つ。
私は何時も通りアリアやルーカとお勉強していると、
「モモ殿、モモ殿は居られるか!?」
ブルースがまた私の部屋にやってきた。
今回はすごく機嫌が良いみたい。
「あらブルース様、どうかされましたか?」
「おおアリア殿、実は先日モモ殿の力を借りて新兵の訓練をしていたのだが、これが思った以上に効果があったのだ。あまりにも別人のように訓練に励むのでどうやったのか聞こうとな」
「あらそうなのですね。それではモモさん、教えてあげてはどうですか?」
「いいよー! あのね、私はね――」
と、遊ぶことや眠ったことをちゃんと伝えると、
「何、そんな方法で? う~む、今まで訓練漬けの日々を強要していたのだが、多少の休日を設けたら効率がいいのだろうか?」
ブルースはちょっと悩んでしまっている。
「いやいや、そりゃそうでしょ。ブルース様だって疲れればパフォーマンスが落ちるでしょ。適度な休みは何だって必要なんだから」
「何、ルーカ殿もそう思うのか?」
「思うのかじゃなくて実際そうなのよ。ブルース様もお勉強した方がいいわよ」
「ルーカ殿にそう云われてはかなわんな。これからはモモ殿の教え通り休息を与えるとしよう。それはそれとして、モモ殿、もう一つ頼まれてはくれませんかな?」
「ふぇ?」
どうやらまた働かなきゃならないらしい。
「モモ殿は城内で行われる新兵トーナメントは御存じか?」
「全然知らなーい」
「まあ簡単にいえば入隊して一年未満の新兵を各隊で出し合い、トーナメントを行うというものだ。そこでモモ殿には我が隊の代表である一人を当日まで育て上げてほしい。そのトーナメントで優勝するのが我が隊の悲願なのだ、是非お願いする!」
ブルースは頭を下げてお願いしてきている。
「御主人、どうしよう」
(正直モモが教えてもどうにもならないと思うんだけど、やめた方が良いんじゃない?)
「お断り?」
「是非頼む!」
私の返事を聞きブルースは更に頭を低くした。
「姉さん、ブルース様がこれだけ頼んでいるんだからやってあげたら?」
「そうですね、モモさん、やってみたらどうでしょうか?」
ルーカとアリアも私にやれと云っている。
(まあこれだけ頼まれたらね、やるしかないんじゃない)
「そっか、じゃあやるー!」
「おお、ありがたい。では早速紹介しよう。入ってくるがいい、プラム・オデッセイ」
「ハッ、失礼いたします!」
扉から入って来たのは青く長い髪の女の子。
ちょっと気が強そうな感じで鋭い目つきをしている。
歳はアリアと同じぐらいかな?
その子はパシッと両足を揃えて片手を胸にドンと当てると、
「改めて、プラム・オデッセイであります! モモ様、これからよろしくお願い致します! どんな過酷な訓練であろうとついて行く所存です!」
大きな声で自分の名前を名乗ったの。
「モモ殿、時間が無いのです、トーナメントは七日後、最優先で頼みますぞ」
「わかったー!」
ということでお城の誰も居ない場所を使い、私とプラムが特訓を始めたよ。
……だけど、この前大体のことは教えたし、何をすればいいのだろう?
(モモ、とりあえず自分のやってみたいことをやってみたら?)
「うん!」
やっぱり強くなるなら戦うのが一番。
「よーし、かかってこーい!」
私はビシッと構えをとった。
「実践訓練ですか、分かりました。多くの者達で密集して動けなかったあの時とは違いますよ、さあ我が剣技を御披露しましょう! 行きますよ、とおおおお!」
持っているのは普通の剣。
当たれば怪我をしちゃうけれど、当たらなければいいだけだ。
私はヒョイっと躱して剣を持つ手を掴み、
「うああああ!?」
気を使って低く投げ飛ばした。
「ま、まだまだぁ!」
っと、来るのでもう一回ポーンと投げ飛ばす。
それを二十回ぐらい繰り返すと、
「うぐぅぅぅ、私は全然未熟だった。武器さえ持っていない相手にこれほどまでに叩きのめされるなんて、トーナメントの優勝なんて夢のまた夢だ」
何かプラムが泣き出してしまったの。
そんなに悲しかったのかな。
「御主人、一回ぐらい負けた方が良かったかなぁ?」
(いや、それダメだし。というかこんな話を聞かれたら――)
「うああああ、モモ様に気を使わせるぐらいに私は弱かったあああああ! トーナメントで優勝しなきゃいけないのにいいい!」
(ほら、こんなことになるし)
自信を失わせてしまったのかな?
「よしよし」
ちょっと頭を撫でてあげたけど、
「うわああああああ、子供扱いされたあああ!」
むしろ余計に大きく泣き叫んでしまった。
(これはあれだね、気とか使っちゃダメなやつだね)
「じゃー、どうしよー?」
(僕もあんまり詳しくないけど、やっぱり素振りとか? でもそれだけだったら訓練にならないかな? あ、そうだ。動画で見た昔のヒーローみたいにしてみるのも良いかも知れないね)
「おー、どうやるの御主人!」
(え~っと、鉄球に体当たりしたり、物凄い重りを身に纏って訓練をしたりとかかなぁ?)
「そっか、じゃあやってみよー!」
私は近くにあった大木から両手をまわしてもで手がつかないぐらいに太い枝をシャッと切り裂き、ズリズリと引きずってプラムの前に。
「持ってねー」
「え、そんなの持てない……」
「がんばって!」
私はプラムの上にその枝をドンと乗せた。
「ふああああ、出る、何か出そうです! 出ちゃいけない物がでそうです! た、助けてええええ!」
(言っといて何だけど、これは違う気がするなぁ)
「そっかー」
これがダメならと、時は鎧を着たまま急流に流し、ある時は城の天辺からロープをつけて突き落としてみたり、魔物の群れの中に置き去りにしてみたり、色々なことを試して頑張った。
ちょっといっぱい死にかけたけど、ちゃんと助けたから問題なしだ。
「師匠……師匠以上に怖い物って、この世の中にないんだなってことに気が付きました。もう勘弁してください、本当に死んでしまいますから」
プラムがそんなことを言い出したのは、特訓を始めて三日目の朝だった。
既に気力は無いにも等しい。
「どんな訓練でもって云っていたよねー?」
「あれはただの言葉のあやです! というかこれは訓練といえるのですか!?」
「どーだろー?」
(まあ、度胸だけはついたんじゃない?)
「師匠、もしかして揶揄われておられるのですか!」
「違うけどー?」
「ならば真面目にやってください! 私の夢が、人生が懸かっているのですから!」
(何か事情があるみたいだね。ちょっと聞いてみたら?)
「うん、そうだね! ねぇ教えて、何でそんなに勝ちたいの?」
「事情を聞きたいのですか。分かりました、師匠に全て打ち明けます」
プラムは地面に座り込み、自分の事情を打ち明けようとしているの。
その目は真剣そのものだ。
私と御主人も正面に正座して聞く体勢を整えると、プラムの話が始まったんだ。
「私はこの国の端にある小さな村で育ちました。何不自由なく……とはいい切れませんが、無事に青春を過ごした日々。とても楽しかった……でも三年前の大戦の影響で村の環境は一変してしまった。村全体の半数以上の若者は戦死し、働き手も足りない状況なのです。ですからこのトーナメントで優勝して名を上げ、その賞金で村の復興をしたいのです! 師匠、どうぞ本気で取り組んでくれませんでしょうか!」
私は軽く考えていたけれど、けっこう切羽詰まっているのかもしれない。
私と御主人は一度見つめ合い、大きく頷いたのだった。
家猫のモモ
御主人(ヒロ)
王子シャーン
シャーンのお母さんテルナ
爺
青鎧のブルース・グライブス
教育係アリア・ファイリーズ
赤髪の槍使い、リーズ・ストライプ(エルフ)
桃髪の魔術師、カリン・ストライプ(エルフ)
ルーカ(孤児)
剣と魔法の世界 ミドレイス
翼の生えた子供 ウリエリア




