表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/335

その毛玉は死の間際

 人も動物も何れ死ぬ時がくる。

 その時にならないと幸せな人生なのか不幸な人生だったのかは分かりはしない。

 だが、少なくともこのモモという猫にとってはとても幸せなものだったのだろう。

 例えこの先の未来が長く続いたとしてもだ。

 か弱く、何も出来ない毛玉の私。

 父は何処に居るのかわからず、母は何処かに消えて戻って来ない。

 私は餌の取り方さえわからない。

 もうほぼ死にかけている状態だ。


 ああ、お腹が空いたな。

 もう歩くことも出来ないよ。

 でもそんな地獄ももう終わりそう。

 高い空から真っ黒い鴉が私をなぶりものにしようと向かってくるから。


 この地獄が終わるのなら怖くない。

 ただちょっと痛いのが嫌なだけだ。

 でも、できるなら、もう少し生きて痛かったなぁ……。


 数秒後、真っ暗な鴉の爪が私の体を引き裂き転がした。

 思ったよりも痛くはなかった。

 もう意識が遠のいて……。


「ダメだよ、死んじゃダメだよ!」


 その声が私の意識をほんのちょっとつなぎ止めた。

 ぼやける視界に映る少年の顔。

 なんだかすごく温かい。

 すごく、すごく。これなら安心して死ねそうだ。

 私は目を閉じて……。


「あ、起きた。お母さん、猫ちゃんが起きたよ!」


 御主人となるヒロと出会った。

 私はモモと名付けられ、それから四年、美味しい物を与えられて、愛情と幸せをいーっぱい貰って、すごく楽しい日々をすごしている。

 ふりふりする長い棒も、袋に入ったお菓子も、すっごく大好きなんだ。

 これからもずーっとこんな日が続くのかなと思っていたけど、


「ゴホッ、ゴホン!」


 その幸せは終わってしまうかもしれない。

 私の体調が異常なほどに悪くなってしまったから。

 頭も体も痛くて、食欲もまるでわかない。

 これは小さい頃に感じた予感。

 もうそろそろ私は死ぬのかもしれない。

 御主人とお母さんの看病もまるで意味がなく、動物病院でも匙をなげられるほど。


 そして、悪いことは続いてしまう。

 御主人も、私と同じように体調を崩してしまった。

 お母さんは、御主人が死ぬかもしれないと私の前で泣いているの。


 こんな顔は見たくない。

 私は充分に遊んだから、御主人は助けてほしい。

 お願い、神様。

 あの時のような奇跡を……お願い……します……。


 目を閉じた私の意識は、真っ白な空間にのみ込まれて……。

 融けて混じって消えてゆくはずだった。


「ねぇ、君のお願い聞こえたよ。でもごめんね、私はこの世界には関われないの」


 その声はお母さんのものじゃない。

 目を開けると、真っ白な翼を生やした金髪の子供が私を見つめていたの。

 敵じゃないって直ぐに分かったよ。

 声を聞くだけでとても心が安らぐの。


「もしよかったら、私の世界に来てみない? ねぇ、行こうよ。貴方の御主人も待っているよ」


 その子は私に手を伸ばす。

 隣にふわりと御主人の姿。

 今までと同じ、とっても優しい笑顔を向けている。


「モモ、一緒に行こう。お母さんと会えなくなるのはとっても寂しいけど。本当はすっごく泣きたいけど、モモと一緒ならきっときっと幸せになれると思うんだ。だから、一緒に行こう!」


「行きたい……私、生きたい!」


 発した言葉は人のよう。

 私は御主人と子供の手を取ったんだ。


「うふふ、良かった。それじゃあ行こう、私の世界へ。綺麗で美しい幻想の世界へ」


 真っ白だった周りの景色がサッと風吹く草原に変っていく。

 空は雲一つない青。

 風に乗るのは草花の匂い。

 ここは外だけど、子供の頃に感じていた恐怖はもうないんだよ。

 隣に、大好きな御主人が居てくれるから。


「ここはね、剣と魔法の世界ミドレイス。冒険者になって色々冒険するのもいいし、どこかで家を建ててのんびりするのも自由だよ。きっと愉しめるから二人とも頑張って! 二人に天使の祝福を!」


 翼のある子供は笑顔でフワッと空に浮き上がった。

 その姿が薄くなり、空にとけるように消えていく。


「あ、そうだ。流石に一文無しだと困っちゃうよね。こっちの世界のお金も渡しとくね」


 目の前にお米の袋ぐらいの物がドスンと落ちて来た。

 何かがぎっしり詰まっている感じで重そうだよ。

 やっぱりお金が入っているのかな?

 これを持って行けるかちょっと不安。


「私はウリエリア。もしかしたらまた会えるかも……その時を楽しみにしているよ……」


 ウリエリアは見えなくなっちゃった。

 私と御主人は空に向かってお礼を言ったの。


「……あれ、御主人? 何処にいったのー!?」


(ここに居るじゃないか。ここだよ、僕はここだよ)


 言葉が聞こえる方に目を向けた。

 これはビックリ。


「あー、御主人、猫になっているよー!」


 そこ居た小さな白い猫が御主人の声を出していたんだ。

 まさかこれがご主人?

 でも間違いない。

 感じる臭いも御主人のものと同じだ。


(モモは人間の姿になっているね)


「えー、本当!?」


 云われてみると今までとは感覚がちがうような?

 自分の手を動かし見てみると、これは完全に人の手かも。

 お母さんと同じようなふくらんだ胸もあるし。

 肩にまである銀の髪の毛が目にかかってちょっとだけ鬱陶しい。

 耳と尻尾だけはちゃんと元の位置にあるみたい。

 私は裸だったはずだけど、今は動きやすそうな服も着ているの。


「間違えたのかなぁ?」


(ま、いいよ。僕は一度猫になってみたかったし。モモが生きているだけで充分だもん)


「でも御主人、可愛いね!」


 御主人の頭を舐めてみた。

 今までは感じなかった変な感覚。

 口の中がモゴモゴする。

 結構気持ち悪い。


(あ、毛が口の中に入っちゃったんだね。ぺって吐き出すといいよ)


「ぺー!」


 何度もペーを繰り返し、やっと口の中が落ち着いたの。


(それじゃあ近くの町にでも行ってみよう)


「御主人、ここが分かるの?」


(うん、あの天使様に知識を与えて貰ったんだ。少しならここのことが分るんだよ)


「ふーん、そんなのよりお腹が空いたよ」


(じゃあ町に着いたら何か食べようか。ちゃんとお金も貰ったからね。僕は袋を持てないからモモが持ってね)


「うん!」


 私は落ちているお金の袋を拾い上げた。

 思ったよりも全然重くなかったの。

 こんなのを持てるなんて、前より相当強くなっているのかな?


(えっと、たぶんあっちだ。行ってみようモモ)


「うん御主人……にゃ?」


 町まで行かなくてもいいかもしれない。

 近くから食べられそうな気配を感じたんだよ。


「御主人、ご飯があるよ! ほら、そこー!」


 それは草むらの中。

 私は一気に跳び上がると両手でガッチリ捕まえたんだ。

 結構大きな緑の虫だよ。

 これはピョ―ンと飛ぶやつ。

 食べ応えがありそうだ。


「御主人、取ったよー!」


(えええ、それ食べるの!? 寄生虫とか居るんだよ。町に行ったらもっと美味しい物を食べられるから放してあげて! お願いだから!)


「えー、折角とったのに……」


 喜んでもらえると思ったのにちょっと悲しい。


(ごめん、でも無理。僕は食べられそうもないよ)


「御主人、お母さんが好き嫌いはダメって云っていたよ! 大きくなれないってー!」


(そういうことじゃなくてね。とにかく無理なの!)


 食べるのを嫌がっている。

 もしかして毒があるって思っているのだろうか?

 一度食べられるところを見せてあげれば御主人もきっと食べてくれるはず。

 私は大きな口を開けてがぶっと行こうとしたんだけど、その時、助けてって遠くから悲鳴が聞こえて来たんだ。


(モモ、その虫は捨てて行ってみよう!)


「うーん、分かった。私、御主人の云う通りにするよー!」


 この緑の虫はポイっと手放し御主人を抱っこしてその場所へ。

 見つけたのは今捨てたやつと同じタイプ。

 だけど、その大きさは尋常じゃない。

 人の大人、十人分ぐらいありそうな巨体でギチギチ口を鳴らしているの。

 とてもいきが良さそうだよ。


 何かを追い掛けて飛んだり跳ねたりをしているね。

 追い掛けられているのは……フードを被った小さな子供だ!

 近くには剣を持った武装した人達が倒れているよ。

 一番柔らかそうなあの子を食べようとしているのかも!


「ひっ、来るな、あっち行け! 誰か、誰か助けて!」


 子供は繰り返し助けを求めている。


(モモ、助けよう!)


「でも御主人、あれすごく大きいよ? 私、勝てるかなぁ?」


(大丈夫、モモは天使様に力を貰ったんだよ。あのぐらい余裕で倒せるはずだから)


「御主人がそう信じているなら、私、頑張るね!」


 やっぱりちょっと怖いけど、小さい頃に御主人に助けられたように、私もこの子を助けたい!


「にゃああああ!」


 もうただの毛玉じゃないんだから、こんな虫なんかに負けるはずがないんだよ!

 まるで風のように一瞬で距離をつめると、鋭い爪を縦横無尽に躍らせた。


 スッパリ切れた巨大な虫の六つの足。

 支えきれなくなった体がズーンと落ちた。

 バタバタと羽根を動かしても、もう飛べるような体勢じゃない。

 あとは力尽きるのをまてばいいけど、そこまで気長に待っている暇はない。


 だって私はお腹が空いているんだから。

 続いて背に生えた羽根も切り裂いた。

 これで私達が食べてあげるだけなんだ。


「御主人、ご飯の用意が出来たよー!」


(モモ、そんなことより助けた子を町に連れて行かないと! こんな事をしている暇はないんだよ!)


「えー、またご飯が食べられないのー?」


(うん、もうちょっとだけ頑張ろう、ね!)


 そう云いながら御主人は目を逸らしているの。

 そんなにこれを食べたくないのかな?

 仕方ないから私は襲われていた子供の前に行ってみたよ。

 腰を抜かして立ち上がれないのか、手で地面を掻くように動いている。


「ねぇ、もう倒したよ」


「うわああああ!」


 後ろから触っただけでもの凄い悲鳴が。

 ちょっと耳が痛いんだ。


(モモ、前に回って姿を見せてあげよう)


「御主人、分かったー!」


 私は御主人に云われた通りに移動して頭を撫でてあげたよ。

 それでちょっとだけ緊張が解けたのか、恐る恐る顔を上げて私を見つめている。

 ……でも全然動かないね。

 もしかして怖いのかな?

 だったら敵じゃないと教えてあげないと。

 優しい笑顔でペロッとほっぺを舐めてあげたよ。


「ひぃあああ!? なになになになに!?」


 でもなんかもの凄い勢いで遠ざかって行く。

 優しくしたのになんでだろう?


(モモ、いきなり舐めたりしたら絶対ダメだから! もうやっちゃダメだよ!)


「何時もやっていたよ? 御主人のほっぺをペロペロしていたもん!」


(人間同士はああなっちゃうからダメなんだって)


「えー、そうなのー? じゃあもうやらないよー」


(そうした方がいいよ絶対。じゃあとりあえずこの子を町まで送ってあげよう)


「そうだねー!」


 私は子供の前に近づいた。


「変なことしないでー!」


 怖がっている感じじゃないけど、何か顔が赤くなっている。


(ペロペロしないでってことだよ)


「あー、そっかー、もうしないよー」


「お姉ちゃん誰!? さっきから一体誰と話しているの!? すごく怖いんだけど!」


「私はモモ、こっちは御主人だよー?」


 御主人を両手で持ち上げ子供の前に見せつけた。


「ね、猫? お姉ちゃん猫と話せるの?」


「うん、話せるよー!」


(あれ、ということは僕の声は聞こえないのかな?)


「ふーん、そうなんだ? じゃあ御主人、それと君も一緒にご飯を食べよー!」


 私はまだ新鮮な虫に指をさす。

 ここに居る全員で食べても余りそうなぐらい大きく食べ応えもありそうだ。


(モモ、まだ諦めてなかったの!?)


「え……それ、食べるの……?」


「うん、食べるー!」


 折角狩った獲物だから今度こそ逃がさない。


「や、やめた方が良いよ。毒とかあるかもしれないし。そうだ、お姉ちゃん家に来ない? 助けてくれたお礼に美味しい物を御馳走するよ!」


 でもこの子共はもっと良いものをくれるみたい。


「美味しい物!?」


 それはちょっと興味があるかも。


「うん、すごく美味しいよ」


(モモ、行ってみよう、絶対その方がいいから!)


「……美味しい物かー、私、行きたいかもー!」


「うん、じゃあ決まりだね。俺はシャーン、よろしくね。倒れている皆を助けるのを手伝ってくれると嬉しいかな」


「うん、よろしくシャーン! 手伝うからいっぱい食べさせてね!」


「任せといて!」


 私は御馳走を楽しみにしながら近くの倒れた白髪のお爺さんを助け起こした。

 ちょっと怪我はしているけど生きているようだ。


「お前、大丈夫か?」


「うぅ、私のことはいい。それよりシャーン様はご無事か……?」


 お爺さんは自分よりもシャーンのことを心配している。

 様って云っているということは偉いってことだろうか?

 御馳走にも期待がもてそうだ。


「シャーンはもう助けたぞ!」


「それは良い報せだ……これで心置きなく……うぐふぅ」


 お爺さんは意識を失って倒れてしまった。

 まさかこのまま死んでしまうのだろうか?

 シャーンを悲しませたら御馳走が食べられなくなるかもしれない。


「死んだらご飯食べられなくなるよ。がんばれ! がんばれー!」


 ちょっと焦った私はお爺さんの頬を何度も思い切って引っぱたいた。


「痛!? 待って、何で叩こうとしているの!? 痛いからやめて! むしろ死ぬ、これは死ぬ! 年寄りをいたわってえええ!」


 そのお陰で死の淵から脱したらしい。


「よかったね!」


「いやちょっと気を失っていただけですからな。まったく、助けられた手前文句も言えませんわい」


 私が手を貸してやると、お爺さんはフラフラと立ち上がった。

 まだ倒れている人が居ないかと周りを見渡すが、身の軽い御主人とシャーンのお陰でもう全員起き上がっている。


「爺、無事か爺!」


「おお、シャーン様、ご無事でなによりです。しかし何故爺を、このグリフ・リスマイヤーを助けてはくださらないのですか。今まで尽くしてきましたのに!」


「いや先にお姉ちゃんが爺の下に行ったから、他の人達も助けなきゃだろ」


「それでも、それでも来るべきではないのですか、爺、悲しい!」


 私が助けたお爺さん、グリフさんはハンカチを取り出し目元に当てている。

 本当に泣いている感じはしないんだ。

 でもそんなことより私のお腹がグーグー鳴ってきた。


「シャーン、御馳走はまだー?」


「あ、ごめんね、お姉ちゃん、町に戻らないと御馳走は出せないけど、携帯食料なら幾らでもあるから食べていていいよ」


「わーい、御主人も一緒に食べよー!」


(うん、食べられる物だったら頂くよ)


 私と御主人は皆が携帯していた噛み応えのある干し肉と、野菜がはさんであるサンドイッチ、あとは少しフルーティーな飲み物を全て分けてもらったよ。

 肉はガジガジすると味が染み出してきてなかなかいける。

 猫の時には味わえなかった少ししょっぱくて刺激的な味だ。

 町まで近いということで食べながら向かうことに。でも御馳走も気になるし、あんまり食べない方が良いのかも?

家猫のモモ

御主人ごしゅじん(ヒロ)


剣と魔法の世界 ミドレイス

翼の生えた子供 ウリエリア

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ