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第二話 『異世界に召喚された』


「うわぁぁぁぁ、ぐへぇ!」


 スーッと意識が闇の中に吸い込まれて消えてかと思ったら――次の瞬間、背中に衝撃が走った。まるで高所から落とされたような感覚……いや、教室の天井くらいの高さから落っこちたのだ。ふわふわと柔らかい何かの上に落ちたのは幸運だったが、それでも痛いものは痛い。柔道部で身に着けたはずの受け身を取り損ねてしまった。情けない。こんな場面を先輩たちや顧問にでも見られていたら「お前、何年やってんだコラァ!」と怒鳴られて、きっと地獄のトレーニングメニューを追加させていたに違いない。


「おお、遂に勇者の召喚に成功したのか!!」


 オレは意識が戻ると開口一番そんなことを告げられた。老人の年齢を感じさせる低音の声だが、やけに張りのある良い声だ。その声が、オレの意識の闇を突き破るように響いた。


「……ぃて、て……なんだ?」


 なんだか、とても煙い。視界全体を白い煙が覆っていて、ゆらゆらと揺れる煙が空気中に漂っている。何だ、爆発事故でも起きたのか? 直人は、若月さんは、他のクラスメイトは無事か?


 頭の中に次々と浮かんでくる疑問を解消するために俺はゆっくりと上体を起こした。フカフカと手触りがいい。手のひらに伝わる感触は、驚くほど柔らかい。まるで高級ホテルの絨毯の上に寝転がっているような、フカフカとした手触りだ。少なくともここが教室ではないことだけは、すぐに分かった。


 目を凝らすと、赤い絨毯がオレの足元からまっすぐ伸びていた。その赤い絨毯に導かれるように顔を上げると、その先には王冠を被った恰幅の良い男がいた。金ぴかに光り輝く王冠を頭に載せ、赤い絨毯よりも分厚く豪奢なガウンを纏い、立派な白髭をたくわえた、まるで絵やゲームに登場する『王様』のような恰好をしている老人だ。現実味がなさすぎて、逆にリアルに感じられる。そんな男が、満面の笑みを浮かべながら、まるで長年の願いがかなったように、誇らしげな目でオレのことを見下ろしていた。


「勇者よ………魔王討伐へ―――」


 そこで、王様の言葉がふいに途切れた。まるで何かに気付いたかのように……気付いてしまったかのように、彼の表情が一瞬だけ固まる。その視線がオレの顔をじっと見つめたまま動かなくなってしまった。横にいた王妃らしき女性も、まったく同じ表情のまま固まってしまった。


「……?」


 俺は首を傾げながら、思わずキョロキョロと周囲を見渡す。天井は高く、真っ白な壁には金の装飾が施されている。白と赤と金を基調とした豪華絢爛な内装が飛び込んできた。威厳と力強さを感じるデザインだ。まるでどこかの王城の謁見の間にでも迷い込んだような雰囲気。天井からは巨大なシャンデリアが吊るされているし、王様の玉座の両脇には、王妃やお姫様のような衣装を纏った人物が控えていた。


 ――いや、これはもしかして……異世界召喚ってやつなのか?


 最初は、クラスメイトがフラれたオレを慰めるために大掛かりなドッキリをしかけているのかと思った。だけど、そんなことは現実にはありえない。お城のセットに手が込み過ぎているし、何よりも魔法陣なんてどんなに頑張って用意できるわけがない。それに目の前にいる王様らしき人物は、オレのことを『勇者』と呼んでいた。なら、これは巷で噂の異世界召喚ってやつに違いない。


 フラれたショックのせいか、現実(りある)非現実(ふぁんたじー)の境目が曖昧になっている気がする。もう、何が何だか分からなくなってきた。だが、巨大な魔法陣や見たことのないような立派な王城、王様のような恰好をした人物からの『勇者』と言う呼びかけ。とにかく状況証拠だけは、あまりにも整い過ぎている。そして、オレには一つだけ確信に近い感覚があった。オレは、もう元の世界にはいない。ここはもう異世界なのだ。説明はできないが、そんな気がする。これからオレは『勇者』としてこの世界を救う。戸惑っているし、状況を飲み込むまではまだまだ時間が必要だ。だが、『勇者の使命』が自然と頭にある。


「……」


 だんだんと視界を覆っていた煙が晴れてきた。ぼんやりとしていた頭の中も、少しずつクリアになっている気がする。ファンタジーに似た現実を受け入れる準備が、心の奥で静かに整っていくのを感じた。異国の……異世界の空気を味わうように、ゆっくりと深呼吸をする。これからオレがするべきことは王様の話を聞くこと。そして、世界に平和をもたらすために旅立つことだ。そんな風に、オレが『勇者』になる覚悟をし終えた。まさにそのときだった。


「ま、ま、ま――」


 と、王様がいきなり口を震わて、声にならない声を漏らし始めたのだ。その瞬間、空気が一変した。さっきまでの荘厳で温かな雰囲気が、まるで冷水を浴びせられたように凍りつく。隣に座る王妃が美しい顔を真っ青に染めるし、王女は可憐な顔を強張らせている。ざわり、と。謁見の間にいた人々の間に、目には見えない波紋が広がっていく。ローブを着た魔法使いらしき老婆が杖をぎゅっと握り締め、壁際には鎧を着た騎士たちが目を大きく見開いていた。騎士団長らしき女性は唇をわなわなと震わせて、剣に手をかけている。おや、雲行きが怪しくなったぞ。期待や歓迎の色が怯えと警戒に変っていく。そして、ついに我慢の限界を迎えた人々の口から、とある単語が聞こえてきた。


「「「「魔獣だぁぁ!!!!」」」」


 謁見の間に響き渡る怒号のような叫び。それは、悲鳴に近い叫び声だった。豪華な服装に身を包んだ男たちが顔を引きつらせながら一斉に後ずさる。中には腰を抜かして尻もちをつく者までいた。だが、騎士団長らしき女性の「囲め! 王をお守りしろ!」という一喝で、正気を取り戻した騎士たちが剣を抜き、オレの喉元に刃を突きつけながら取り囲んできた。


「答えろ! 貴様は何者だッ! 『魔獣』風情がどうやって『勇者召喚の儀』に潜り込んだ!」


「え、いや……たぶんオレがその『勇者』です」


「な、何を、馬鹿なことをッ!」


 オレの答えを聞いた騎士や謁見の間にいる人々の間に再びざわめきが広がる。「勇者だと?」「ふざけたことを!」「あの魔獣、喋れるのか?」「正気に戻れ。魔獣が喋れるわけがないじゃろ!」「……獣人族ではないのか?」「いや、まさか……」などと口々に飛び交う声は戸惑いではなくもはや文句に近い。だが、騎士団長らしき女性が困惑の渦を掻き消すように再び鋭く叫ぶ。


「うろたえるなッ! 所詮は『魔獣』の戯言だッ! 貴様のその、黒き体毛が何よりも証明じゃないか!」


「……はぁ?」


「私も喋れる『魔獣』は初めて見たが……恐らく『魔王』に何ら得体の知れない力を与えられているのだろう。警戒しろ、新たな『四天王』の一角かもしれん!」


「……」


 いやいや、オレがゴリラに似ているといっても、いくらなんでも失礼過ぎやしないか。そちらから呼び出したくせに、いきなり魔獣扱いなんてどういう了見だ。まあ確かに、日本でオレは『ゴリラ顔』と呼ばれていたが……魔獣と呼ばれたのはさすがに初めてだ。そもそも『勇者召喚の儀』って自分で口にしている内容が分かっていないんじゃないのか、この女騎士殿は。


 それにしても、さっきからあの女騎士は妙な言い回しをする。騎士団長や王妃や王女は金髪だし、騎士たちも赤や青など派手な髪色ばかり。探しても黒髪の人間はオレ一人だけだった。だから、黒髪が珍しいのは分からなくもないが……『黒き体毛』って、人間の髪を体毛なんて呼ぶか? これじゃあ、完璧に動物扱い……いや、ゴリラ扱いじゃないか。オレは困ったものだと溜息を吐き、どうやって彼ら彼女らの誤解を解こうか迷っていると――


「……ん?」


 騎士団長らしき人物に突き付けられた剣が喉元に迫り、思わず一歩後ろに後退りすると……こつん、と背中に何か硬いものが当たった。振り返るとそこには大きな燭台のような台座があり、その上には手のひらに収まりそうなサイズの水晶玉が鎮座していた。なんだ、この水晶玉。そう思い、オレは鏡のように周囲の光景を反射している水晶玉を覗き込むと……そこに映っていたのは、ナイスガイなオレではなく、ただのゴリラだった。


「……え!」


 思わずオレは水晶玉を両手で掴み、食い入るような目で反射して映る自分の姿を凝視する。真っ黒な毛並みは艶やかに光り、分厚い胸板は岩石のように盛り上がっている。腕は太く、長い。身長は……というよりも足が短くなっている気がする。動物図鑑の表紙を飾っても違和感のない、威風堂々たる風格を持ったゴリラが間が抜けた顔をしてこちらをジッと見つめていた。


 これでは、ゴリラ顔のイケメンではなく、イケメンのゴリラだ。ヒト科ではあるが、ヒトとは言えない。そこに映っていたのは疑いの余地がないほど――正真正銘のただのゴリラだった。


「ウホ!?」


 自分の姿が本物のゴリラになったことを受け入れられない。若月さんにフラれたときのショックも相当だったが……今回は正直、それ以上だった。オレの脳は再びオーバーヒートを起こした。騎士たちに鋭い目で睨みつけられながら、防衛本能が刺激されたオレは恥を上塗りをするように、ゴリラのなきまねをした。まるで現実逃避をするように。謁見の間で、放心状態になったまま固まったオレはショックのあまり膝から崩れ落ち、そのまま気絶してしまった。『勇者』として異世界に召喚されて……気が付けばオレはゴリラになってしまっていた。


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