表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/2

第一話 『こうして』


 まず少しだけ、この物語の主人公……彼の紹介をしておこう。


 彼の名前は伊達定治。私立上野動物高校に通う三年生。


 柔道部の部長をしていたらしく筋肉質で、高身長、黒髪短髪といったイケメンの条件をそろえた伊達男だ。

 

 誕生日は10月17日の天秤座で、血液型はマイペースなB型。

 座右の銘は「笑う門には福来る」である。

 ちなみに、好きなタイプは『真面目で笑顔が素敵な人』だ。


 日本という国の東京都台東区にある病院で誕生した、伊達家の長男。彼は年中イチャイチャとしている仲睦まじい夫婦のもとに、コウノトリが二番目に運んできた赤子だった。決して裕福な生活をしてきたとは言えないが、優しい父と口うるさい母、夏場にはアイスを買って来いと命令してくる恐ろしい姉といつも抱き着いてくる可愛い妹の五人家族は、いつも笑顔が絶えない幸せな家庭だった。


 また、数少ないが心を許せる友人たちにも恵まれていて、伊達定治の人生は順風満帆そのものであった。ただ一つ、顔がゴリラに似すぎていることを除いては……





 ※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 オレが上野動物高校を入学して、三度目の春が訪れた。


 ………そして、オレの春は終わった。


 吹奏楽部の朝練を終えた若月レイナを見つけると、すぐに伝説の桜の木へと呼び出し、告白をした。その結果は、見事に撃沈。これで、オレはクラスの笑いものだ。だがそれ以上に……辛い。ただ辛い。オレは生まれて初めて本気の恋をしていた。そして、失恋したのだ。フラれた心の傷はちょっとやそっとじゃあ癒えることはなさそうだ。失恋ソングを熱唱したくらいじゃあ、きっと何も変わらないのだろう。それくらい、辛い。


「………腹が減ったな」


「いくら飯を食っても、失恋の傷は治んねぇぞ?」


 昼休みになると同時に、池戸直人はそんな励ますとも揶揄うともつかない口調で声をかけてきた。

 

「なんだよ……お前も見てたのかよ、なら、今だけはほっといてくれ。オレは本気で失恋中なんだ」


「ああ、見てぜ。まさかあんなにきっぱりとフラれるなんてな。だから言ったじゃねえか? 若月はやめとけって。オマエにゃ、高根の花だったんだよ」


 学生用の机に突っ伏していたオレは正面の椅子に座った直人の気配を感じて、ゆっくりと顔を上げる。彼は口ではそんなことを言っているが、にやにやとした笑みを浮かべている。


「わざわざオレを笑いに来たのかよ、本当に、いい性格しているな……」


「ああ、そうだ笑いに来たんだよ。笑いに来たんだ。いくらショックを受けたからって『……ウホ』はないだろ『……ウホ』だけわ。定治。お前がそこまでゴリラになっちまったら、俺もいよいよ本物のゴリラと見分けがつかなくなっちまうだろうが」


 やっぱりそうだ。こいつは、ちょくちょくオレのゴリラ顔を弄ってくる。別にそれ自体は構わない。二年間の付き合いがある。オレたちの間では、いつもの軽口みたいなものだ。軽口みたいなものだったのだが……今だけは本気で勘弁して欲しかった。まさかオレの顔面が委員長にフラれた原因だなんて、思い出したくない。


「だがよ。お前は俺みたいなクズにも構ってくれる、いいやつだよ。暑苦しくて、すぐに考えなしに突っ走ってしまうが……そこも含めての人柄だからな。それに、若月はアイドルが好きだそうだ。単純にお前の顔がタイプじゃなかったってだけだよ。ほら、あいつもお前の性格は最後まで否定してなかっただろ? 自信を持てよ……」


 彼は落ち込んだオレの情けない姿をひとしきり笑った後、どこか落ち着いた声色でそんなことを言ってきた。珍しく、慰めてきた。池戸直人は一部のクラスメイト、特に女子からクズと呼ばれている。まあ、それは仕方ないだろう。なんせこいつは、まだ一年生のころに、同じクラスの女子三人と付き合っていたことが発覚した。


 その中の一人の北村さんと、夏休みにデートをしていたところを運悪く友人に見られ「池戸、この前デートしてただろ、北村と付き合ってんのかよ。羨ましいな」という爆弾発言で、クラスは修羅場になったらしい。このことはすぐに他のクラスにも伝わり、女子に距離を取られるようになった。でも――


「今だけは、直人がうらやましいよ」


「はあ? 何言ってんだガラじゃないだろ、定治には」


 こちらを心配しているような顔でこちらを見てくる直人に、オレは再び、机に顔を突っ伏して会話を続ける。


「でも、モテるじゃん」


「それは、そうだ」


 腹立たしいことにモテるのだ。

 この前も後輩の女の子に告白されていたのを見かけた。


 こいつの性格や倫理観はお世辞にもいいとは言えないが……顔は雑誌に載っているアイドルのように爽やかでやたら女性に受けがいい。そして、直人は顔がいいことを理解してそれを武器として活かしている。不公平だ。容姿が整っているだけで女性にモテるだなんて不公平だ。世の中の理不尽だ。イケメンの方が得をするって何かの論文であったはずだな。


 中学の時から、ずっとそうだ。損ばかりしている。最初に、恋愛において大切なのは外見ではなく性格だなんて嘘を吐いた人をオレは許せない。足きりラインに満たなければ恋愛なんてできないじゃないか。オレもゴリラ顔でなく、直人のような顔だったらよかったな。イケメンに生まれていたら、こんな悩みを抱えることもなかっただろう。この顔では、ゴリラにしかモテない。いや、ゴリラにしかモテないなら、もういっそ……


「もういっそ、ゴリラになった方がオレってモテるんじゃねえかな……」


「ぷ、ハハハッ! ゴリラになるって、女を口説きに動物園の檻の中にでも入るのかよ? 今日だけで俺を笑い殺す気か? ハハハッ、ハハハ……はぁ、もういいだろ。お前は十分カッコいいよ。性格がな。そこを見抜けなかった若月の見る目がなかったんだよ。さっさと切り替えちまえよ」


「おい、若月さんの悪口はやめろッ! 若月さんは、このクラスの委員長として真面目に頑張っている素敵な人だよ。この前なんか体育で怪我をした女子を心配して、保健室まで連れて行っていたし、掃除の時間はいつも一人であっても隅々まで綺麗にしているし、箸の持ち方も綺麗で、いつも―――」


「はあ。だいぶ重症だな、っておい、定治! なんかお前光ってんぞ!!」


「そうだ、若月さんは俺にとっての光なんだよ! 部活終わりのオレに向かって『頑張って!』なんて声をかけてくれたし、他にも――」


「まだ続くのかよ。スゴイな……いや、そうじゃなくて! 光ってる、光ってるんだって!」


「はあ? さっきから何言ってんだ――え! なんだ、これどうなってんだ?」


 直人の言う通りオレの身体は唐突に淡い緑色の光を放っていた。オレの足元には、巨大な魔法陣が現れていた。 


「こっちのセリフだぁ!どんなってんだよ、それ!」


「わかんねえよ!どうしよ、これ、どうなるんだよ、これェ!!」


 オレと直人の反応はそっちのけで、身体はゆっくりと浮き上がっていく……


「誰かぁ、助けてぇぇぇ!」


 このセリフを最後に定治の身体は強い光に覆われて、この世界から消えた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ