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しいな ここみ様主催企画参加作品

「さ、口を開けて、アーン」


「義妹ちゃんが王都の有名ケーキ店のパティシエを呼び寄せて作らせたケーキよ、沢山作ったからって届けてくれたの。


召し上がって」


私は脇に控えるメイドが持つお盆の上の皿に乗るケーキを示しながら、夫にそう言った。


「君に手渡されたいな」


「え、でも……」


「頼むよ」


観念して私はお盆の上のケーキが乗った皿を手に取り、夫に差し出す。


「はい、どうぞ召し上がれ」


「ありがとう、頂きます」


満面の笑顔で皿を受け取りケーキを食べ始めた。


ジャリ、シャリシャリパリポキシャリシャリシャリ


夫が食べているケーキはアイスケーキなんかでは無く、普通のケーキ。


どんなに柔らかいケーキでも私が持つと凍りつく。


私は異能能力者。


数万人から十数万人に1人、人の力を遥かに凌駕する能力を持った人間が生まれる。


馬より速く走れる韋駄天の能力者や、遥か遠くまで見通せる目や壁の裏側を見ることが出来る千里眼の能力者など、色々と人の役に立つ能力持ちがいた。


でも私は掌で触った物を瞬時に凍らせる事と、燃え盛る丸太に抱きついても火傷を負う事の無い皮膚を持っているだけ。


だから私を産んだ両親を始め村の者たちには化け物扱いされ、物心が付いた頃に村を追い出される。


そんな私を不憫に思い育ててくれたのは、極寒の雪山で1人暮らしていた世捨て人の爺さま。


爺さまに様々な人の暮らしに必要な事を教えられた。


その爺さまも私が7〜8歳の頃亡くなり、それからは極寒の雪山で1人暮らしてきた。


夫は私が雪山の森の中で魔物や動物を狩っている時に見つける。


何故か騎士としては重装備だったけど極寒の雪山に来るには軽装で、凍死しかけていた。


私は爺さまから譲られ1人暮らす小屋に引っ張り込み掌を使わずに熾した囲炉裏の火に当たらせ、殆んど使わずに溜め込んでいた狩った魔物や動物の毛皮を被せる。


金色に近い銀髪で整った顔をした男の顔を、彼が目を覚ますまで見続けた。


若い男の顔を見続けるなんて初めての事。


偶に狩った魔物や動物を麓の村に売りに行く。


村で人の顔を見ようとすると大抵罵声を浴びせられた。


「雪女が俺の顔を見るんじゃねぇ! 俺を凍らせる気か? 化け物め」と。


男が目を覚ます。


身動(みじろぎして身体を起こそうとした時、彼に被せた毛皮の枚数が多すぎた所為(せいで身体を起こせず、毛皮の山の下でジタバタするのを見て思わず笑ってしまう。


笑い声で彼は私に気が付いた。

 

「貴女は? 此処は?」


「私は雪女、此処は私の住処よ」


「雪女?」


「そう、麓の村の者たちに雪女と言われているの、ほら見て」


彼に見てと言って私は囲炉裏の中の燃え盛る木の枝に手を伸ばし掴む。


枝は私が掴んだ途端、ジュという音と共に火が消え凍りついた。


「君は能力者なのか?」


「そうらしいは、だから貴方に湯を飲ませてあげたいのだけど、私が此れを持つと凍ってしまうから自分で飲んで貰える」


彼に被せた毛皮を退けながら、囲炉裏に吊るしている鍋の中の湯を指差す。


爺さまが使っていたコップを彼の前に置き、私は氷の破片を数個口に含む。


「あ、あと此れ」


狩った獲物の凍りついた肉の塊を彼に差し出した。


「私は焼けないの凍ってしまうから、だから自分で焼いて食べて」


そう言ってから私は凍りついた肉の破片を口に放り込む。


「ちょっと待って、えっと私の鞄は何処だろ?」


「貴方の鞄ならそこよ」


身に付けていた鞄を探しキョロキョロと周りを見渡す彼に、鞄を置いてある場所を教える。


彼は鞄の中を覗き込んだ。


「私にシチューを作らせて貰えるかな? 先月まで見習い騎士だったからそれなりに料理が出来るのだ」


鞄から食材や調味料を次々と取り出しながらそう言うと、料理を作り始めた。


囲炉裏に吊るされている鍋から良い匂いが漂い始める。


味見のあと彼は「良し」と言い、爺さまの茶碗に鍋の中のシチューを注ぎスプーンで掬うと、私に「口を開けて」と言ってから「アーン」と言った。


アーンと言われ思わず口を開けたら、口の中に温かいシチューの味が広がる。


温かい料理の味が口の中に広がるなんて何時以来だろう?


10数年前に爺さまが亡くなる少し前、爺さまに同じように「アーン」と言われ食べさせて貰ったのが最後だろうか?


無言で飲み込んだシチューの余韻に浸る。


「え、不味かった?」


私の顔を見ていた彼が聞いてきた。


「いいえ、美味しいは、どうしてそう思ったの?」


「目から涙が溢れ出てるから」


え? 頬に手をやると濡れている。


久しぶりの温かい料理を口にして、知らず知らずに涙が溢れ出ていたらしい。


「温かい料理を口にしたの久しぶりだから」


「そうか、不味くて泣いたのじゃないのだね。


さ、まだまだあるから食べて」


彼はそう言うと茶碗からシチューを掬いまた「アーン」と言った。


シチューと焼いた肉、此れも彼は私の口の中に入れてくれる。


私に食べさせ終えてから彼自身も食事を始めた。


食べながら彼は極寒の雪山にいた理由を話してくれる。


何でも、彼の可愛がっている従妹が領都で流行ってる死病に感染して死にかけていると聞いて取物も取り敢えず、ドラゴンの住まう灼熱の山や砂嵐が休む事無く吹き荒れる大砂漠など過酷な地にのみ生えるといわれる、神下賜草(かみかしそうを探しにこの極寒の雪山に来たと言う。


神が人に下賜したと云われる奇跡の草、その草の極僅かな1片を口にしただけでどんな死病に侵されていても立所に完治するらしい。


ただこの草の欠点は、青々と生えている草でなければ病気を完治させられない。


生えている所から引き抜いたり刈り取ったりすると、直ぐに茶色く枯れていき効力が無くなる。


だから神下賜草を見つけても、見つけた場所に病人を連れて行かなくてはならないのだ。


食事を終えた彼は小屋の中を見渡し、ある一点に目を留めて「あ!」と声を発した。


彼が目を留めた所にある1メートル程の大きさの青々とした植物を見ながら、彼に説明する。


「この子ね、私の友達。


私が触れても凍りつかない不思議な植物だったから、周りの土を凍らせて土ごと此処に持って来たの」


「そ、それ、神下賜草」


「へ?」


「従妹を此処に連れて来るから、神下賜草の1片を分けて欲しい」


「ちょ、ちょっと待って、さっき流行している死病って言ってたけど、それなら妹さん以外にも死にかけてる人が大勢いるんでしょ? だったら妹さんを此処に連れて来るんじゃ無くて、この子を連れて行った方が良いんじゃないの?」


「良いのか?」


「大事な友達だけど人の命も大事よ」


「それじゃ、一緒に来てくれ」


それから慌ただしくなった。


神下賜草を周りの土ごと運ぶ為に麓の村に行ったら、丁度極寒の雪山に向かった彼を探しに彼と同じ騎士団の同僚騎士数人が村に来ていて、彼等の食料や装備を乗せていた荷車に神下賜草を凍りついた土ごと乗せる。


領都に運び込まれた神下賜草のお陰で、領都で流行っていた死病の感染者は全て完治。


領都だけで無く領都周辺に広がりつつあった死病も一掃された。


神下賜草は10センチ程の大きさになってしまったけど今だ青々としており、私が作った氷に囲まれた冷室で大事に育てられている。


彼の従妹はこの地を治める辺境伯家の末娘で、彼のお母様は辺境伯爵のお姉様だった。


彼自身は辺境伯家の筆頭寄騎の伯爵家の長男で、次期伯爵家当主筆頭候補。


私は彼と同じ辺境伯家騎士団に入隊させられる。


本来異能能力者が生まれた時は住んでいる地を治めてるのが、王家の場合は王家に貴族の場合は貴族に届け出なければならない決まりがあった。


それなのに届け出もせず私を化け物扱いしていた村の者は全員、身分を農民から農奴に落とされ重い税を課せられる。


届け出をしていれば、両親と村人全員にお祝い金が渡されていたのに。


神下賜草を提供した事で私は、目の中に入れても痛くない程溺愛していた末娘を死病から救ってくれた事に感謝する辺境伯爵に、養女にされて伯爵家次期当主筆頭候補の彼の妻の座に有無を言わせずに押し込められる。


だから私は伯爵家当主の妻になる為の教育を施されると共に、辺境伯家騎士団で能力をコントロールする教育を受けていた。


本来生まれた時に届け出がなされていれば、5〜6歳ぐらいから教育が行われていたと聞く。




夫がケーキを食べ終えた。


「美味しかった。


去年より固さが可也緩和されていたよ。


このままコントロールの仕方を習い続ければ、来年か再来年には気にならなくなるね」


そう言いながら彼は、私たちの横に控えていたメイドからケーキの乗った皿を受け取る。


「さ、今度は僕が君に食べさせる番だよ」


ケーキをスプーンで少し掬い取り私の口元に差し出す。


「止めてちょうだい、ちょっと凍りつくけど普通に食べられるようになったのだから」


「駄目駄目、妻に食べさせられるのは夫の特権だよ。


この特権だけは断固として、君自身だろうと他の誰であろうと譲れないな。


さ、口を開けて、アーン」










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― 新着の感想 ―
[良い点] 切実なアーンの必要があったのですね! 温かく美味しいものを長らく食べられなかった後の涙は感動的です! 幸せな伯爵家が目に見えるようです、ありがとうございました。
[良い点] ジャンルを確認してなかったので、『どんなあまあまホラーを…は?』と思ってたら異世界恋愛でした(^o^; 奥様のミュータントっぷりにX-MENを連想しました(•ᵕᴗᵕ•)⁾⁾ローグさんとか…
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