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7日間だけゾンビな世界  作者: 流石
9/10

7日目②

「こっちはあと1発しかないわ!タケルは?まだいける!?」

 スカートをひらめかせて蹴りを放ちながら、ミミが聞いてくる。こめかみから血が流れている。さっき地面を転がった時に石にでも当たったのだろう。細くすらっとして色白な足も、土と乾いた血の痕で無残に汚れている。

「食い物が底をつきそうだ!腹ペコだよ!」

「だから玉ねぎも持ってきたらよかったのに!」

「あんなもん生でかじれるかよ!」

「ちょっと、ゾンビって、食べれるんじゃない?」

「なるほど食べ放題やったぜ、ってなるかー!それだけは死んでも嫌だね」

 サバイバルナイフは安物だったのか、割と早い段階で使い物にならなくなった。それからかれこれ30分ほど、タケルは特殊警棒でゾンビの頭をかち割り続けている。光のゾンビの割合が多くて倒したら消えるので、まだ動き回れるのが救いだ。ミミが振り回している脇差はガチャ特典だったらしく、骨を切っても曲がらないし刃こぼれもしない。持ち主が死んでもガチャで出た物は消えないようだ。

「きゃあ」

 後ろで戦っていたミミの方を振り向くと、仰向けに倒れた上に100キロありそうな巨漢ゾンビがのしかかっているところだった。

「ビーム!」

 タケルの目からでた光線が巨漢の頭から尻まで縦に貫く。吹き飛んだ頭があったところから、ぽっかりと丸い穴があいた。ミミが素早く這い出てきて立ち上がり、バン!

 タケルに指を向けて撃つ。タケルの背後から首元に噛みつこうとしていたOLゾンビの眉間に穴が開き後頭部が弾ける。

「サンキュー。だけど、くそ、きりがないな」

「弾もないわ」

「とりあえず逃げたい。そして隠れたい!」

「タケル、あれ!」

 ミミが近くにある横転したバスの先を指差して叫ぶ。

「あのバスはダメだ!窓が割れてて隠れられない」

「そんなのわかってるわよ。早とちりしないで見なさいハゲ」

「ハゲてない、俺はハゲてない……」

 昨年タケルが昇進した頃から、ちょうど部署の売り上げが低迷し始めた。関係の深い外国の政権交代に絡んだ景気低迷の影響なのだが、それでも誰かが責任を取らなければならない日本社会においては、役職就任以来毎月目標を下回り続ける管理職は格好のスケープゴートだった。会議のたびに責められ無能呼ばわりされ、タケルの負ったストレスは相当のものだった。

「確かに白髪は増えたかも知れないさ。最近は、実年齢より上に見られる。それでも俺は、ハゲてはいな……」

 力説し、ミミを見る。冷たい視線を浴びる。さっきからずっとバスの方を指差したままだ。タケルももう一度そちらを見る。そう言えば、ゾンビが襲ってきてないような……

「な、なんじゃありゃ!?」

 横転しているバスは、路線バスではなく観光バスだった。ツアーだったのか、女性の添乗員さんが乗っていたようだ。バスガイドさんは今やゾンビと化して、バスの横っ腹の上に立っている。瞳孔の開いた目は真っ赤に充血し顔中に血管が浮き出ているが、タケルが驚いたのはそこではない。動く屍となっても律儀に身につけたままの帽子とリボン、ただ首から下の部分が、巨大な人の形をした肉塊となっていたのだ。人間の体の皮を無限に伸びるゴムにして、中にミンチを詰め込んだような。一応手と足もあるが、ブヨブヨで普通の人の五倍くらいの大きさになっている。肉でできたマシュマロマンに、バスガイドの頭を乗せたゾンビ。

「えぐいな。ボスキャラかよ」

「せいぜい小ボスでしょ。さっきから他のゾンビを喰ってるのよ。あの腹にある口で。その度に大きくなってる」

「腹に口……。命名おてもやん」

 おてもやんゾンビはゆっくりタケルたちの方へ近付きながら、無造作にゾンビ2体をまとめ掴んで腹に開いた大きな口へ放り込んだ。どういう仕組みなのか咀嚼した様子もないが、目に見えておてもやんゾンビの体が大きくなる。

「吸収、してるのか」

「そうみたいね。動きは遅そうだから、逃げるなら今のうちね」

 ミミが脇差を構えながら周りを見渡す。その時

 アーーーッ

 おてもやんゾンビの頭の方の口が叫び声を上げた。力士の腹回りほどある足を曲げてぐっとかがんだかと思うと、一気に跳躍してくる。ブヨブヨの見た目からは想像できない加速度で、瞬時にタケルたちの目の前へ降り立った。

「きゃ…」

「なっ、ビーム」

 ミミをつかもうとしていたおてもやんゾンビの左腕が焼けて吹っ飛ぶ。光線を出して空腹に眩暈がするタケルの首根っこをおてもやんゾンビの右腕が掴む。そこへミミが飛びついて、包み紙を取った丸いチョコをタケルの口へねじ込む。制服の胸ポケットに隠して置いたとっておきの高級チョコだ。頬こけて青い顔をしていたタケルの目に光が戻り、タケルの頭上へ迫っていた大きな腹の口の中へビームを放つ。光線は腹の口の中から頭部へ貫かれ、バスガイドの帽子の真ん中に穴を開けて頭頂部から突き抜けていく。内側からの圧力で目玉が両方飛び出して視神経で垂れ下がる。ゾンビは動かなくなったが、感性と重力に従ってタケルの上へかぶさるように倒れてくる。チョコ一個分のエネルギーを使い果たしたタケルに避ける元気はない。

「とっておきのリンリンツのチョコだったのに…」

 別の意味で元気がないミミは、倒れたおてもやんゾンビの体の向こう側に見えた光景に、絶句した。所狭しとぎっちり並んだゾンビ達が、大群となって押し寄せてきていた。ほとんどが光のゾンビで、中にチラホラ一般ゾンビも混じっている。右からも、左からも、前から後ろから迫ってくる。ミミは腕時計に視線を落とし、光の鉄砲の回復が間に合わないことを悟る。覚悟を決めて脇差を構える。

「こんなところで…、こんなやつらに」

 噛み締めた唇から血がにじむ。その時、

「スーパービーーーム」

 やや場違いな程に気の抜けた声が隣から聞こえた。そして飛び出した光の束が、寄せてくるゾンビ軍団を次々となぎ倒していく。今までの光線より太く明るい光は、触れるだけでゾンビの上半身をチリに変えてしまう。しかも消えることなく蹂躙しながら灯台の如く回転し、周囲の脅威を一掃してしまった。光線を屈んで避けていたミミは、先ほどまで眩しくて見れなかったタケルの顔をやっと見ることができた。そして、あることを察する。タケルの顔は赤黒い血に塗れ、細かい肉片が頬や顎に張り付き、口は今も動いて何かを咀嚼している。その何かを飲み込んで、タケルは盛大にゲップした。

「タケルあなた、食べた、のね」

「まずい!臭い!しかし背に腹はかえられぬ」

 しばしの沈黙。どこかでビルの崩れる音がした。ミミがそっとタケルから距離を取る。タケルもそれに気づき、苦笑いで答える。

「いつまで理性があるかわからない。ゾンビに喰われたらゾンビになるが、ゾンビを喰ったらどうなるのか。多分アウトだろう。めっちゃまずかったし。ここでお別れだ。襲ってしまう前に、行ってくれ」

 タケルの言葉に、ミミが顔を伏せる。

「ごめん。ありがと」

 そして身を翻して走り出そうとしたその時、

「ちょっと待ったーー」

 せっかく格好つけていたタケルが叫んだので、ミミはずっこけそうになって立ち止まった。不信と怒りの目でタケルを見る。

「なに、ムードぶち壊さないで…」

 タケルの様子に言葉が途切れる。タケルは、何もない空中を見て驚いた顔をしていた。まるで、ガチャを引いた時のように。

「もしかして」

「スーパーレアだ。悪食。あくじきって読むのか?なんでも食べて力に変えることができる、だってよ」

「それって」

「さっきのおてもやんが持ってたスキルだろう。ガチャ引いたんだろうな」

「ゾンビになっちゃったら厄介すぎる能力ね。さっきぐらいのサイズのうちに倒せたのはラッキーだったのね。いや、それよりもその能力って、タケルのビームと合わせたら…」

「「無敵じゃね!?」」

 それからまたミミ先生指導の元に能力の検証が始まった。もちろん万が一タケルがゾンビになった時を考えてミミの光の指鉄砲が回復してから行われたわけだが、結果は期待や予想を遥かに上回るものであった。

「本当になんでも食べれるんだな」

「歯の硬さや噛む力にまで影響するみたいね、悪食は」

「鉄でも石でも噛んで飲み込めるのは変な気分だ」

「口より大きなものでもアゴを外して丸呑みできるのは、ヘビみたいね」

「ここまでできて、なんで味には影響しないんだっ!何でも美味しく食べられる能力してくれよ!まずいんだよ!味!すごく大事!」

 タケルは文句を言っていたが、実際運用してみるとまさしく無敵だった。その辺のゴミでも石でも食べていれば高出力のビームが常に撃ち放題なのである。最悪ゾンビを食べても良いし、地面の土を食べてもエネルギーになる。無限の供給源を備えた人間兵器の誕生であった。

「いくわよタケル無双」

「がってんだ」

 鍵付きで手に入ったオープンカーは、ミミが運転した。もちろん無免許である。父親が車好きで子供の頃から遊びで運転していたらしく、その辺の初心者よりハンドル捌きもブレーキ操作もスムーズだった。タケルは助手席でドラムに巻かれた鉄の鎖を啜って飲み込みながら光線を出し続けている。食べ比べた所質量のあるものの方がエネルギー効率が良いようで、ホームセンターで手に入れた量り売りの鎖をズルズル啜って食べる形に落ち着いた。もはや食事ではなく作業と割り切っている。

「タケル、今撃ったの生存者じゃなかった?」

「ふごふ、バキ。バリバリ、ごっくん。悪そうな顔してたから、セーフだろ」

「そうね、遊んでそうな男だったし。むしろグッジョブね」

 タケル無双は続き、2人は十分な食糧と清潔な着替えを手に入れた。光のゾンビか一般ゾンビかに関わらず、ゾンビは視界に入った瞬間に光線でチリとなって消えた。もしくは光の弾丸で頭を撃ち抜かれて動かなくなった。夕方になるにつれひかりのゾンビの発生率がさらに上がっていったが、見通しの良いビルの屋上に落ち着いたタケルとミミにとっては、発生すれば消すだけの単純作業となっていた。無双している途中に拾った4歳の女の子が、見張りの役も懸命にこなした。

「cの3。次、tの6」

 屋上の床にチョークで書いたマス目で光の粒子の場所を伝えるようにした。ホノカという名の女の子は、しっかり見張りの役目を努めていた。

「kの6と7に縦並びです。タケルさん下から1発でお願いします」

 夕刻には、いかに効率よく倒せるかの指示までだせるようになっていた。

「17時ね。ちょっとペースが収まってきた感じあるけど、どうタケル?」

「どうにもこうにも、マシンガンかバルカン砲にでも生まれ変わった気分だ」

「ラスボスがでてくるなら、これからね」

「いると思うか?ラスボス」

「オフコース。神様かなんか知らないけど、これだけ人類で遊んどいて中途半端なエンディングはできないでしょ」

「遊びすぎだろ。パラレルワールドで次元がパンクするぞ。」

「知らないわよ。それより宝箱探しましょ。よっぽど現実的よ」

 気づけば陽は沈み、夜の帳が降り始めていた。

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