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7日間だけゾンビな世界  作者: 流石
6/10

6日目②

6日目後半です。

7日目で完結します。

しばらく時間が停止していた。ありもしない交際宣言をしたミミはドヤ顔で胸を張っているし、楽園への希望が崩れ去った長村加奈は目を見開いたまま硬直している。時折拳銃の引き金にかけた指が震えるのが、非常に恐ろしい。ヒロトはヒロトで、悲しげに長いまつ毛を伏せている。妙に色っぽくて少しドキッとする。

「本当……なの?」

 ヒロトが伏し目がちにタケルの顔を覗く。綺麗な顔の男というのは危険なものだと認識する。

「そうだよ!そりゃもうラブラブメロメロ愛だよ愛」

 ヒロトの色気にあてられて新しい世界の扉を開く前に、バリケードを積み上げよう。不細工な顔で笑いながらミミの腰に手を回す。ミミが視線で殺人ビームを出してくるが、無神経バリアで無力化しておく。お前が始めた茶番だ、文句は言うなよ。

「ああ、モブに汚されるなんて……」

「だからこの世界は嫌いなんだ……」

 突然現れて自分の世界を押し付けてきた傲慢な2人は、それぞれに物語を進めて悲劇の主人公に収まっているようだ。自慰を見せつけられているようで吐き気がする。あと、あとタケルの背中に回されたミミの腕に握られた包丁が背中を刺してきて痛い。腹が立つので尻を強く揉んでやったら、まぁまぁ深めに刺されてイガッと変な声が出てしまった。多分血も出ている。

「そういうわけなんで、悪いが出ていってくれ」

 さりげなくミミから距離をとりながら2人へと話しかける。長村加奈から殺意のこもった目を向けられ、ヒロトは涙ぐみ潤んだ瞳で見つめてくる。窓の外からカラスの鳴き声が聞こえた。腐臭も漂ってくる。割れた窓を何とかしないと、生活に支障をきたしそうだ。そもそも自宅でもないし支障しかない生活なわけだが。

「……なさい」

「え?」

「滅びなさい。この腐れ汚物が。この世から消えろー」

 長村加奈が腰だめにして銃を構え、銃口をタケルに向ける。本気だ。死を意識して体がこわばる。

「タケル!」

 ミミの声がしたが、どこか遠い所から聞こえているように感じて現実感がない。テーブルの下に隠れようと動きかけたタケルの視界の端に、動く影が映った。

 パーン バスッ ドサッ

 銃声、弾が肉にめり込む音、倒れる音。転がる椅子とテーブル。一瞬の間に一連の出来事が目前を流れていく。まるでVシネマのワンシーンのように。

 床へうつ伏せに倒れたヒロトの背中へ赤いシミが広がっていく。タケルを狙った銃口の前へ躍り出て、その身を盾にタケルを守ったのだ。正直命をかけてもらうほどの関係でもなかったのだが、ヒロトがいなければ倒れているのはタケルだった。感謝の気持ちを込めて必ず仇をうとうと心に決めた。が、やっぱり撃たれて死ぬのは嫌なので何とか逃げる方法を考えた。

「私を盾にして逃げる気でしょ?」

 タケルの名案はミミに見透かされていた。

「い、いや、そんなわけないよ??」

 声が上ずる。ミミのジト目が突き刺さる。その視線から逃げるように長村加奈の方を向くと、動かなくなったヒロトの側で呆然としている。2人の関係性はわからないし趣味嗜好からして恋愛感情はなかっただろうが、息の合った感じからして親しかったであろう事は想像に難くない。そっと近づくミミの影に隠れながらタケルも2人へと近づいていく。

「加奈ちゃん……、僕は愛に……」

 口からも血を垂らしながら、ヒロトが首を上げてそう言った。震える手でピースサインを作っている。だがその手もすぐに落ち、最後まで言い切ることもなく力尽きた。ヒロトは、息絶えた。

「ヒロト……。愛に生き、愛に死んだのね……。う、う、う、うらやましいーーーーー」

 長村加奈が絶叫する。そして唐突に拳銃をミミに向けてさらに叫ぶ。

「運命の女神!あなたを殺して私も死ぬわ!このくだらない世の中に別れを告げて、永遠に共に!……ってしたいけど、弾があと1発だから、あなたを撃って汚れた世界から救ってあげる!……って思ったけど、ヒロトもいないしあなたまでいなくなったら私1人で生きるのは嫌だから私が死ぬ!愛のために!」

 言いたいことを言うと長村加奈は自分の右のこめかみに銃口の押し付け引き金を引いた。先ほどよりも少しくぐもった炸裂音が鳴り響き、頭の反対側から血飛沫が上がった。黒目が上に回転し白目を剥いて直立したまま左へ傾いていく。横の机を巻き込んで騒々しい音を立てながら倒れる。上半身が椅子に引っ掛かりくの字に曲がってとまる。頭部からは血以外の白っぽいものも垂れてきている。

 突然現れて好き放題に騒ぎまくった2人は、揃って自分の物語を完結させ息絶えた。

「なんだったんだこいつら……」

「最後まで自分勝手だったわね」

「アングラ劇団の小芝居みたいだったな」

「それがどういうものか全く知らないけど、何となくわかるわ」

 2人の死体は割れた窓から路上へ投げ捨てた。その役はタケルがやった。騒動中の動きで、タケルはミミからヘタレ認定されたらしい。尻を揉んだことよりも、盾にしようとしたことの方がマイナスだったようだ。死体の始末も床の掃除も割れた窓に段ボールを貼り付けるのも、当然のようにタケルの担当になった。2人の衣服や荷物から身元が確認できそうなものを探したが、免許証も保険証もなかった。警察手帳も所持しておらず、長村加奈が本当に警察官だったのかどうかも怪しい。ヒロトについては、名刺が出てきた。名前はそのまま苗字無しのヒロトで、近くの地下にあるショットバーのバーテンダーだった。それなりに年月を経た気の置けない友人であろうという感じはしたのだが、詳しいことは結局わからなかった。聞く相手もいないし聞く気もない。

「お疲れ。はい、ご注文の牛丼ね」

 珍しくと言うか初めて、ミミが食事を作ってくれた。何も注文していないし牛丼と呼ぶには牛に失礼な出来栄えだが、素直に嬉しかった。タケルは一気にがっついて食べた。

「なに笑ってんの。気持ち悪いんだけど」

「いや、人にご飯作ってもらうなんて久しぶりすぎてね」

「タケル、これどう思う?」

 そう言ってミミが差し出してきたのは、スマホの画面だ。

『今からゾンビが発生します。七日間生き延びれば助かります。がんばってね』

 もう何度見たかわからない、赤地に白文字。今となってはPOP書体なのが妙に腹立たしい。スマホの充電が無くなっても表示されているので、何かしらの超常的な力が働いているのは間違いない。

「明日生き延びれば助かる、のか?」

「そういうことになるわね。こいつを信じるなら、ね」

「七日間って、初日含むのかな?」

「え、知らないの?この七日間の文字触ったら、期間出るじゃない」

「え、そうなの??」

 初耳だった。と言ってもゾンビ発生から出会った生きている人間はミミと自己愛2人だけなのだから、自分で試していない限り知るはずもない。

「あ、本当だ。この期間でいくと、やっぱり明日を生き延びれば良いってことか」

「そうなるわね。でも、生き延びれば一体どう助かるのか……。まさか元通りってわけにもいかないでしょう」

「助かるって言うんだから、ゾンビはいなくなる?のかな」

「これを始めたのが神様なのか知らないけど、説明不足にも程があるわ」

「あっ神様。今のはミミが言ったんですよ。私は文句なんてないですよ」

 タケルが手を合わせて天井を見上げる。ミミが呆れた顔でタケルを見やる。

「本当に小物ねタケル。もうちょっと……」

「なに?もうちょっと格好をつけろって?それで死んだらどうする?俺は英雄になんてならないぞ。村人Aでいい!どぶに潜ってでも生きる!モブの何が悪い!」

「あの女に言われたの気にしてたんだ……」

 ミミの憐憫の眼差しには気づかないふりをする。それぞれの寝床を用意して就寝しようかという時、またあのアラームが携帯から鳴り響いた。

『明日が最終日です。まだ生存している皆さんにボーナスチャンス。ガチャ一回無料券を差し上げます』

 画面の文章が変わった。文字の下にはガチャのアイコンとSTARTというボタン。押したらガチャが始まるのだろう。

「また、説明不足すぎよ、運営さん」

 ミミの独白に、同意しかない。このガチャで何が出るのか、明日が過ぎればどうなるのか、無料ということは金を払えば2回目もできるのか、不確定でわからない要素が多すぎる。

「説明書もチュートリアルもないゲームやってるみたいね」

「ゲームってほとんどやらないんだけど、こんな不親切なものなのか」

「クソゲーよ。これは」

「神様、今のは」

「もう良いって、そのくだりは」

 決断を先延ばしにするためだけのどうでも良いやり取りをしながら、ミミは携帯にタッチした。ガチャを回したのだ。そしてタケルはまだ悩んでいた。

 最終日を前にした6日目の夜は、明日への不安と共に更けてゆく。

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