3日目
朝が来て、目が覚めた。眠い目を擦ってソファに起き上がると、窓の外で爆発音がした。
「今度はなんだい。核戦争でも始まったのか」
あくびしながら窓辺に寄って外を覗く。黒いハイエースが道の向かい側の建物に突っ込んで炎上していた。後部ドアが開いて降りてきたいかにもチンピラな若い男が刺青の入った腕を振り回しながら何か叫んでいる。いらついてハイエースの横っ腹を蹴ると、運転席らへんで爆発が起きた。衝撃でチンピラも吹き飛ばされる。更に燃え上がるハイエース。ふらつきながら立ち上がるチンピラの元へ、制服姿の女の子が走り寄っていく。体ごとぶつかるようにして影が重なり合った。包丁を握りしめてブッ刺したらしい。チンピラの腹から血が噴き出る。刺してから刃をひねったのか、内臓もこぼれ落ちてくる。何か喚いているがチンピラはもう助からないだろう。女子高生は半狂乱になってチンピラを蹴り出した。
「このクソ野郎!粗チン野郎!死ね!ゾンビに犯されながら喰われて死ね!」
彼女の願いを聞き届けたわけでもないだろうが、筋骨隆々としたタンクトップの男2人がよろける足取りで近づいていく。もちろんゾンビである。おそらく斜め向かいあるスポーツクラブのインストラクター達であろう。奥様に大人気の連中だが、ゾンビなってしまえば嫉妬よりも憐憫しかない。
「生まれてきたことを恥じて後悔しろゴミ虫だましが!空気を汚したことを謝れ!」
もはや何が言いたのかもわからないが、女子高生の恨みは深いようである。ギリギリ生きているチンピラももはや虫の息だ。
「おーい、ゾンビが来てるぞー」
静観するか非常に迷ったが、声をかけることにした。女子高生に同情したわけでもなく正義の味方になりたかったわけでもなく、ただ暇だったからだ。自分は安全なところにいるしね。
「はぁ?え?うそ?」
タケルの声に反応した女子高生は、振り返ってやっと冷静になれたようだ。タンクトップゾンビが2人、すぐ側まで迫っている。
「やばすけ!」
気づいてからの対応は早かった。あんなに恨み骨髄だったチンピラには目もくれず、一目散に走り出した。そう、こちらの方へ。タケルがいる牛丼屋の方へ。
「え、こっちくるの?」
「早く入口開けて!」
入口は内側からバリケードで塞いである。どけて出入りするつもりもなかったので、人っ子1人通れないようにしてある。
「いや、入り口は無理だわ。どうしてもって言うなら、ここからどうぞー」
タケルは二階の窓から避難梯子を降ろした。ベランダに非常用として置いてあったものである。二階から地へ届くだけの長さはある。女子高生は迷いなく避難梯子に飛びついた。
「早く!引っ張って!」
え、登ってくるんじゃないの?引っ張り上げるの?
「いやいや、そんな力ないし。がんばって上がってきて下さーい」
「は?か弱いJKなんですけど?」
「ゾンビきてますよー」
「ちっ。うぉあーー」
怒りの形相で梯子を登り始める女子高生。助けたのは失敗かな?タンクトップゾンビが梯子の下まで迫っていたので、椅子を投げて迎撃する。1人目は顔面にクリーンヒットした。
「危なっ!私に当たりかけたわよオッサン!」
「ほうほう、蜘蛛の糸はいらぬと申すか」
タケルは厨房から持ち出していた出刃包丁で避難梯子のロープを切る真似をした。
「ち、ちょっと!お兄さん!かっこいいお兄さん!」
「うむうむ、よき心掛けじゃ」
タンクトップゾンビ2号が迫っていることもあり、タケルは力一杯梯子を引き上げた。窓枠に脚をついて体重を後ろへかける。
「よいしょー」
梯子を数回たぐると女子高生の頭がぴょこんとみえてきた。
「あ、はじめまして」
「どうも、はじめまして。ってか、引っ張り上げられるなら最初からそうしてよ」
日本人形のような黒髪ロングで前髪も切り揃えられている。やや切長の目はまつ毛が長く、鼻筋も通っていて美人の部類に入るだろう。タケルを見る目は冷たいが。命の恩人なのに。
「い、痛てーよー。やめろ、やめ」
外から声がした。スカートを捲り上げて生足を惜しげなく晒しながら入ってくる女子高生も、外を振り返る。ハイエースのチンピラがタンクトップゾンビ達に襲われて叫んでいた。
「まだ生きてたのね。ざまーみろだわ」
憎々しげに言って、つばでも吐きかけそうな勢いだ。
「知り合い?」
「違うわ。ただのレイプ野郎よ。女の人が犯されて殺されたの」
「殺された?」
「そうよ。犯した後真っ裸でゾンビ達がいるところに放り出しやがったの。私は近くのビルから見てたんだけど、助けられなかった。3人組だったんだけど、後の2人は青酸カリ入りのビール飲んだから車と一緒に焼けてるはずだわ。あいつだけお酒が飲めない体質だったのかしらね。もういいけど」
窓の外は静かになり、チンピラはタンクトップゾンビ達に喰われて最早原型を留めていない。ゾンビに喰われて死んだらゾンビになるが、あんなに喰われていては動けないだろう。腕も足も散らばっているし、顔は骨が剥き出しになっている。マッチョはゾンビになっても食欲旺盛らしい。女子高生が言った物騒な毒物も気になるが、とりあえず梯子を回収して窓を閉めた。
「改めて、はじめまして。俺はタケル。君の名は?」
「助けてくれてありがとう。私はミミよ。美しい海と書いて、美海。ここにはタケルだけなの?」
どう見てもタケルの方が歳上なのだが、敬語という概念はないらしい。
「そうだ。牛丼食べ放題」
「お腹減ったわ。チーズ牛丼大盛り、つゆだくで」
言いながらテーブル席に腰掛ける。一瞬面食らったが、しばらくお待ち下さ〜いと答えて調理しに一階へ降りた。
加減がわからず超大盛りになったチーズ牛丼をペロリと平らげて、タケルが注いだ水を満足そうに飲んでいる。
「ごちそうさま」
「650円です」
「連れの男が払うわ。ごちですわ」
「誰だよそれ」
「タケル」
「ぎゃふん」
しょうもないやりとりを楽しみながら聞いた所によると、ミミの家は近くの薬局で両親共にゾンビ騒ぎで亡くなったらしい。ご愁傷様でしたとか言うべきか迷ったが、白々しいので何も言わずにおいた。ミミも淡々としていた。
「そういうわけで、とりあえずここに住むわね」
どういうわけかは理解できなかったが、勢いに負けて頷いてしまった。ミミの父親が薬品マニアで家に青酸カリやドキシンがあったのも何となく納得してしまった。そして2人の共同生活が始まった。