7日目③
最終日です。
完結します。
「カイちゃん、それタケさんのとこ持ってって」
ホノカの命令に従い、影犬のカイがゾンビの肉片をタケルのところへ持っていく。カイはホノカが引いたガチャの能力によって生み出された犬の形をした影だ。立体的だが全身真っ黒で、目だけがぼんやりと赤く光っている。姿形は犬というよりオオカミに近い。ホノカの影の中にいて、ホノカの命令しか聞かない。ホノカから離れて行動でき、離れても大丈夫な距離は50mぼど。ただしホノカの視界の範囲内だけなので、建物の中や障害物の後ろに隠れて見えなくなると消える。消えてもリキャストタイムや呼び出し回数の制限はないので、常に強力な相棒が1匹いる状態だ。ウルトラレアだった。
「タケさんゾンビ美味しいの?」
ルがうまく言えずにタケウになるので、呼び方はタケさんで落ち着いた。ミミのことはミミお姉ちゃんと呼んでいる。
「まずい。めちゃくちゃ、まずい。ドブみたいだ。石食ってる方がよっぽどマシだ」
「おいしくないのに食べるの?」
「スキルのためだ。俺は最強の男になるんだ」
生前にガチャでスキルを身につけていたゾンビを食べると、そのスキルを引き継ぐことができる。こんな設定にしたやつは頭がおかしいと思うが、実際試すやつもいないだろうから裏設定なのかもしれない。タケルは何度もえづきながら一般ゾンビの死体を食べ続けて、新たに2つのスキルを手に入れていた。
「いくぞ!トナカイライト!」
タケルが叫ぶと、鼻が赤く光った。ノーマルスキルで、鼻が赤く光るという能力である。それ以上のものはない。見たホノカが笑う、という以外に使い道もない。
「続いて、アイアンハンド!」
二つ目はレアで、左腕の肘から先が鉄の硬さになる。直前の形のままで固まるので、人差し指を立てておけばゾンビの頭に突き刺して使うことができた。ビームがあるのでほとんど出番はなさそうだが。
それからしばらくの間、ビームで倒した一般ゾンビの所へカイが行って肉片をくわえて帰ってきて、それをタケルが食べるというのを繰り返した。当たりの時はウィンドウが出るのでわかる。陽が傾き空がオレンジ色に染まり始めるまで続けて、タケルはさらに2つのスキルを手に入れた。
「ミミお姉ちゃん、あれなーに?」
「あれは、多分、ラスボスね」
「ラスボス?」
「そうよ。」
「ついにきたか」
3人の視線の先には、30メートル程の高さでキラキラと輝きが集まってきていた。光の粒子がどんどん増えて密度を増し、ラスボスを形作っていく。
「ドラゴン、か?」
タケルの言葉にミミが頷く。ゲームや漫画に出てくるような、西洋風のドラゴン。背中には翼があり、頭には角、長く太い尻尾と鋭い爪は脅威となるだろう。そして、どうやら肉は腐っている。
「さしづめドラゴンゾンビってところでしょうね」
「ビーム効くかな」
「さぁ?効かなきゃ逃げまくるのみね」
「倒さなくていいのかな?日付変わるまで逃げ切れば勝ちか」
「わかるわけないでしょ、そんなの。でも最初に出た画面には、7日間生き延びれば助かるって書いてあったわ」
倒せそうなら倒す。無理そうなら早々に逃げる。
方針を確認して、タケルたちはラスボス討伐へと向かった。
「動かないな」
「そうね」
「臭いな」
「吐きそう」
「帰るか」
「そうしましょう」
ドラゴンゾンビの近くまで行ったタケルたちは、とりあえずビームを放ってみた。しかし腐敗した肉を纏ったドラゴンには効かなかった。爛れた皮膚の表面を軽く焦がしたのみであった。そしてドラゴンゾンビは、攻撃を受けても動かなかった。じっとビルの間に佇んでいる。強烈な腐臭を放ちながら。
光のゾンビも一般ゾンビも多少は臭うが、生肉のような匂いで悪臭とまでは言えないレベルだ。口に入れるとさすがに食欲より吐き気を誘うが、タケル以外に口に入れようとするものはいない。よってさほど気にしていなかったのだが、ドラゴンゾンビは完全に腐っていた。500m先でも腐臭悪臭に鼻が曲がり涙が出た。そういう攻撃方法なのかと疑う程だった。
「防毒マスクでも探しに行くか?」
「全身防護服でもないと嫌よ」
タケルとミミがそんな会話をしている時、ほんの数分だったがホノカを見ていなかった。影犬がいないことにも気づかなかった。
「パパ!」
声がしたのは、100mほど先だった。ホノカが1人に男性の元へ走っていく。両手を上げてホノカを迎える30歳くらいの男は、どこからどう見てもゾンビだった。
「パパ!ママが、ママが」
父の腕の中で泣きじゃくるホノカ。その首元へ、父親だったものが容赦なく噛み付いた。
「ホノカ!逃げて!」
ミミが叫んでタケルが走る。だが、届かない。
「パパ、ママとおうちに帰ろう…」
痛みを感じていないのか夢の中にいるホノカの目には、ゾンビになる前の父親の姿が映っているらしい。ビームを放とうとしていたタケルは、ホノカの顔を見て撃つのをやめた。首からは血が滴り顔も青白くなっている。もはや助からない。影犬も何かを悟ったのか、穂乃果の後ろで首を垂れて座っている。
「ホノカ、パパとママ、大好き……」
ホノカの目から命の光が失われた。
「ビーム……」
光線が抱き合ったままの親子を焼き尽くす。タケルもミミも、何も言わない。噛み締めた唇から血が一筋流れて落ちた。
「タケル、ホノカのお母さんの話覚えてる?」
「当たり前だろ。すごすぎて忘れられないさ」
「タケルなら、できる?ゾンビに噛まれた後、娘を襲ってしまわないよう自分の首にピアノ線を巻くなんて」
「思いつきもしない。きっと死にたくないと泣き喚いた挙句、ゾンビになるだろうな」
「私もよ。もし今噛まれたら、悔しいからタケルを襲えるように縛り上げて柱にくくりつけとくわ」
物騒なミミのことは無視して、タケルはホノカの話を思い返していた。達者な表現力で話したのは、ゾンビに噛まれた後の母親のこと。ピアノ線を自分の首に巻き付け、その端を柱にくりつけた。そして意識がなくなる直前まで愛する娘のことを見つめ続けた。意識が途切れる直前にホノカに立ち去るよう伝え、見届けた自分はゾンビになった。そしてゾンビの本能でホノカの後を追おうとして、張り詰めたピアノ線が首を切り落とした。母親はゾンビとなった自分に始末をつけてのだ。ホノカは一度立ち去った後こっそり戻り、子供なりに把握していた。母親の愛と勇気を。その話を聞いた時、タケルとミミは何も言葉を発することができなかった。
「やっぱりラスボス、倒そっか」
同じことを考えていたタケルは、ミミの目を見つめ力強く頷いた。それからしばらく、2人は有用なスキル探しに没頭した。特にウルトラレアの鑑定を手に入れてからは、実食しなくてもスキル持ちゾンビかどうかがわかるので一気に捗った。
「いたいた、後ろから2番目の上が裸で下半身に虎の毛皮巻いてるお姉さんゾンビ、狩人のスキル持ちだ」
「あの人に何があったのよ一体…」
対ゾンビ用だからか、基本的には闘い系のスキルが多かった。しかし中には意図が不明なものやふざけてるとしか思えないものもあった。
「親指が人差し指より長くなるスキル?」
「耳の形を自由に変えられるミミック?」
「お肌がすべすべになるスキルって……」
最後のスキルは、聞くや否やミミが飛んできて悪食もないのにゾンビを食べた。その後しばらくトイレから出てこなかったが、無事お肌すべすべスキルを身につけたようだ。ニキビ跡のひとつもない自分の顔を鏡で見てニヤニヤしていた。
レアスキルドラゴンスレイヤーを入手したことでボスへの勝機を見出し、スキル集めを終了した。ミミも聖女というゾンビに有効な能力を得ていた。ゾンビ食への抵抗が薄れたわけではないだろうが、何としてでも倒したいという気持ちの方が優っているのだろう。
「さて、いきますかラスボス退治」
「こうなったら、裏ボスから黒幕まで全部やっつけてやるわよ」
ミミとタケルは意気揚々とドラゴンゾンビの元へ向かった。そして、鼻栓ゴーグルの甲斐もあり、思ったより呆気なく倒してしまった。ドラゴンスレイヤーとなったタケルのビームはドラゴンゾンビの体を削り、聖女ミミの光の鉄砲は浄化の力をもって触れた部位を光に返した。秒で穴だらけになり頭部も消し飛んだドラゴンゾンビは、光の粒子になって消えていった。その後現れた天使のような空飛ぶゾンビも、結局は次々と頭部を撃ち抜かれて姿を消した。一部精神攻撃なのか幻覚を見せてくる奴もいたが、タケルのトナカイライトが幻覚を打ち消すファインプレーを見せて打ち破った。その際にミミが見せた醜態と性癖についてはタケルは見なかったことにした。最後には今回の異常事態の犯人だか神だかが現れるかと思ったが、そんなものは出現せずに7日目の終わりが近づいていた。
「さっきの天使たちが、最後だったのかな」
「どうかしらね。使徒を倒したら親玉が出てくるもんだけど」
「あと1分だ」
「ありがとね」
「え?」
「いや、私はタケルに会えて良かったってこと」
「どうしたミミ。悪いゾンビでも食ったのか」
「それは貴方でしょ。口の端に血がついてるわよ。もう、なんでもないわ。さて、これからどうなるのか」
「そうだな。とりあえずゆっくり風呂に入りたいな」
「同感ね。あとチョコレートケーキ食べたい」
「世界が元に戻るなら、いくらでも買ってやるよ」
「元の世界に戻っても、タケルと一緒に出かけるの?」
「なんだ、さっきのはプロポーズじゃなかったのか」
「ばーか」
「俺もミミに会えて良かったと思ってるわけでだな、」
タケルの言葉の途中で、時計の針が12時を指した。7日間が過ぎたのだ。タケルとミミは、生き延びた。
ビー、ビー
7日前と同じ警報音が鳴り響く。スマホだけではない街の至る所から鳴っている。
『お疲れ様でした。生き延びた人おめでとうございます。』
『実はこの銀河はもうすぐ滅びます。生き残ったあなた達には救済措置として三つの選択肢があります。1、このままこの銀河と共に滅びる 2、ミラジョボ星へ転移する 3、ランダム異世界転生』『どの道を選んでも、今現在お持ちのスキルは特典として引き続きご利用頂けます』
例の赤地にPOP書体、内容はあまりにも突飛だが受け入れざるを得ない。
「ミラジョボ星てなんだよ……」
どこかで誰かが呟いた。超常的な何者かがそれに答える。
『ミラジョボ星は、今回試練の試験官を務めた光人たちの住む星です。地球人類に敵対的なわけではなくむしろ友好的なのですが、積極的接触をすると光人と似た性質になります。光人になると恍惚とした幸福感のみに包まれて、それを他の人にも与えたくなるのです』
「それが光のゾンビの正体か……。幸福感の押し売りとか傍迷惑な。どこの新興宗教だよ。まぁ、噛まれた人たちが幸福感に包まれてたって思えるのは救いか」
「その首を刎ねる私たちの方が悪魔ね」
「やりきれんな」
「説明不足なのよ」
「違いない。クレームもんだよ」
話しながらタケルの心は決まっていた。この三つの選択肢なら、選ぶのはこれしかない。おそらくミミも同じだろう。わざわざ確かめる気もないが、タケルはじっとミミの目を見た。ミミも逸らさず見返してきた。どちらからともなく頷く。そしてそれぞれの顔の前に現れたウィンドウに、手を伸ばす。
「さて、いきますか」
「しょうがないわね」
「あるかな?チョコレートケーキ」
「なかったら許さないわ。タケルを」
「俺かい!何の責任もないだろ」
「これでお別れかもね」
「そうだな。でもまた会うかも」
「さよならは言わないでおくわ」
「ああ、さよならは、なしだ」
「じゃあねタケル、バイバイ」
「いや、バイバイは言うのかよ」
そして2人は同時にウィンドウに触れた。
「「異世界転生!」」
目の前が光り輝き目が眩む。周りの世界の時空が歪んでいく。2人の体は空に浮かび虹色にゆらめく。
そして、消えた。後には、タケルのポケットから落ちた牛丼屋の割引チケットだけが残っていた。
そして2人は異世界でそれぞれ壮絶なドラマや戦いを繰り返したのちに再会するのだが、それはまた、別のお話。
終
ご愛読ありがとうございました。
今のところ、異世界編を書く予定はございません。




