ラジオのお話
今回は「ラジオ」が題材という事でラジオについて怪談話をさせて貰いますね。
このラジオって、怖い話とか不思議な話の題材としては結構あるじゃないですか。本来聞こえないものが聞こえたとか、知らない番組に繋がったとか、逆にラジオ番組のMCって言うんですか? 話をして司会進行する役の人が怖いリスナーや現象に遭うなんて話もあったりする。
ただ当たり前の話として、この手の話って、怪談話としては比較的新しい部類のものが多いと思うんです。
ラジオは時代遅れの放送機器なんて言われる事もあるでしょうが、それでも他の怪談話。例えば古い因習が残る村の儀式や社に纏わる話と比べれば随分と新しい。
例えばこれは古い古い話なのですがから始まり、江戸時代頃の話が始まると、若干新しいかな? なんて思われたり、さらに明治時代に至ると随分と最近の事柄が発端ではないかなんて思われてしまう。
ですがラジオに関してはそれよりさらに新しくなります。事の始まりは1900年。漸く電波に声を乗せる事に成功した事からラジオの歴史は始まるのですが、ラジオ番組というものが登場するのはさらに後の事になります。本邦においてもラジオ番組が始まるのは1920年代。大正から昭和に掛けての話であり、ラジオにまつわる怪談話というのも、どう遡ったところでこの年代からの話になるわけです。
それこそ、当時の日本のおいては、遠く離れた地域から何らかの線すら使わず相手の言葉が耳に届くという装置が元号の変わり目と共に登場したわけで、オカルトとは正反対、時代の象徴みたいに見られた事は想像に難くはありません。
そんなラジオですが、驚くべき事に令和の御代においても未だ現役。一度は古い物として扱われながらも、その手軽さ、音と言葉だけの情報を伝える媒体として、未だにその役割を終えていません。ネットラジオなんかは聞いた覚えがある人も多いのではないでしょうか。
こちらの方がなかなかに面白い話ですし、もしかしたらそんな生き残り続けるラジオという媒体の部分にこそ、オカルト的な話が潜む部分があるのかなと思うわけです。
ラジオの仕組みというのはどういうものかご存知でしょうか? そういう話から始まる場合、必ず小難しい話から始まります。調波がどうだったり、無線通信同士の混信がどうだったり。
何故こうなるのかと言えば、電波に声や音を乗せるのは共通ですが、その方法について、ラジオ黎明期……声による無線通信が成功した1900年代からラジオ番組が生まれ、広まっていく1920年代に掛けて、ある一つの問題が発生したからです。
それは、電波に声を乗せて利用するものはラジオだけでは無いという問題です。今、皆さんが持つスマホにも搭載されている無線の電話に、音を乗せると言う意味では同様のモールス電信。さらに多くのアマチュアが離れた場所にいる者同士で、この新しくもたらされた技術で交信をしたいと望み、そうして電波を飛ばし合う中で、まともに、クリアに音を飛ばすという事そのものが、かなり難易度の高い技術となってしまったのです。
故に、この1900年代から20年代に掛けてはラジオがもっとも発展する時代とも言えました。電波を単純に飛ばし合うだけではなく、あらゆる、他には無い方法、場所が模索され、より声が届きやすい電波の飛ばし方、受け取り方というのが開発されていく事になります。
今、ラジオで使われているAMやFMというのも、それぞれ違う方法を取っているからこそ、違う名前が付けられています。故にラジオの説明を行う場合、それぞれ違う方法を取る事から話を始め、それぞれ違う方法はどの様なものかを解説していく必要があり、必然、難しい話となってしまうわけです。
さて、ここでの話もやや小難しくなっていますが、怪談話というのなら、ラジオを取り巻くこの様な状況から、怪談話は始まります。
ラジオとは電波に声を乗せるもの。それは共通の認識でしょうが、先ほどまで話した通り、そこにはあらゆる手法が取り入れられています。
目に見えない力を、さらに複雑な手法で、場合により使い分ける事で、離れた場所に自分の声や音を伝える。これが電波という言葉を使わずに表現したラジオです。魔法と表現する方が余程近いとは思えませんか?
怪談話においては、見えない何から声が聞こえるというのはもっと怖い表現になるでしょう。霊障と呼べるものです。
まさにここに、怪談話が語られる余地があるのです。
仮にその人を吾妻さんと言いましょうか。吾妻さんは当時、ラジオに嵌っていたそうです。ラジオのどの番組にというのではなく、作業用のBGMと言えば皆さん馴染み深いのでは無いでしょうか。
吾妻さんは何かの作業をする時、車の運転時等で、どうにも落ち着かなくなる性分だったそうで、耳から、音楽や漫談などの何でも無い情報を入れ続ける事でそれを解消していました。
CD音源やテレビ、動画配信サイト。いろいろと試してみたわけですが、最終的にはラジオで落ち着いた。
ラジオの、やや音源としてはそこまででも無い籠った音や言葉が、他の作業に集中するには丁度良い。そんな風に感じて居たそうです。
さすがに仕事場でラジオを聞き続けるというのは難しいですが、通勤の間、持ち帰りの仕事をする時、睡眠時等、そのラジオの音を聞き続けて居たらしく、他人から見られてはいない場所での事とは言え、結構なラジオ中毒と言える状態になっていました。
吾妻さんの場合、ラジオの音源はそのまま直接聞くのでは無く、イヤホンを付けての事が殆どだったらしく、耳にイヤホンを付ければ、どこか、外界から隔絶した様な気分の中で、作業に集中する事が出来るのだそうです。
その日、吾妻さんは自室でパソコンを前にして、書類仕事を続けて居ました。耳には小さいラジオから伸びるイヤホンを付けた状態です。
耳からMCが今日あった出来事の話が、手から伝わるタイピングの振動が、彼をどんどん集中させていきます。
作業に没頭した経験がある方なら分かると思いますが、その作業に集中すればする程、外界からの音が気にならなくなるものです。音が聞こえなくなるわけではありません。ただ、必要の無い情報として耳に届き、脳がそれを認識しつつも流す。そんな状態になるわけです。
吾妻さんにとっては、その状態が一番作業に集中するのに丁度良かったらしく、むしろ好都合とばかりに仕事を続けていく。
手に伝わるカタカタという振動。耳に伝わる誰かの話し声と時々笑い声。それらは吾妻さんの集中力というベールで覆われ、ただ意識を目の前の作業に集中させる装置になっていく。
幾らか時間が過ぎました。だいたい一時間か二時間の間くらい。だいたいそれくらいの時間で、吾妻さんは一旦作業を中断させます。トイレだったり喉の渇きだったり、集中力よりそちらへの欲求が勝るからです。
そんな、吾妻さんにとっては何時も通りのタイミングでの事……いえ、その少し前に、吾妻さんはふと顔を上げました。
時計を見ます。時間は作業を中断するに丁度良いくらいに流れている。部屋を見渡します。自室なのですから、特に変わったものは無い。
吾妻さんは首を傾げました。いったい、自分は何に違和感を覚えているのだろう。そんな風に思ったのだそうです。
ほんの少しだけ早かった。そんな風にも思ったんだそうです。集中力を切らすのが、何時もより、少しだけタイミングを外された。そんな風に。
その時はそれだけを感じ、覚えた喉の渇きを癒すために冷蔵庫からお茶を取り出し飲み込み、また作業を始める。
座椅子に座り、耳にイヤホンを付け、目の前のキーボードを叩く。先ほどの違和感もすぐに忘れ、また作業に没頭する時間。
ふと、また何か、タイミングがズレた様な感覚がありました。けど、その理由が分からない。首を傾げ、何時も通りの作業を続け、また違和感。
そんな事をその日、繰り返していた様です。
また、問題はその日だけでは終わりませんでした。その日以降、吾妻さんはイヤホンを耳に掛け、ラジオ端末からの音を聞き、集中した時に限って、その様な、ズレの様な違和感を毎回覚える様になってしまったのです。
この方法で作業に集中するのは、合わなくなって来ているのかもしれない。そんな風にも思う様になった頃、吾妻さんはある事に気が付きました。
そのズレや違和感を覚えるタイミングで、何かが聞こえるのだそうです。
イヤホンからラジオの音が聞こえるのだから当たり前なのですが、どうにも、突然、違う番組に変わった様な、途中で急に別の事を話し始めた様な。そんな感覚です。
最初本当に、そんな感覚なだけで、はっとその違和感に気が付いた瞬間に、耳からは普通のラジオの音声が聞こえて来ます。
元々、意識を集中するためのものだったので、普通の音声だって聞き流しているようなものなんですが、どうにもそれとはまた別の感覚があったそうで。
そうして慣れてくれば、徐々に、違和感の輪郭のようなものが見えて来る。通勤の途中。作業の途中。なんでも無い時間。
没頭し続ける中で、もう一人の自分がラジオの音だけに集中している感じです。手と意識は作業を続けているのに、もう一つの意識が浮かんで、ラジオをぼーっと聞いている様な。
錯覚なのでしょうが、それでも、違和感がよりクリアに判断出来る様になってくる。
ある日、吾妻さんははっとした様です。その違和感が現れる瞬間、ラジオの音声が明確に変わっている事に。
聞き流しているその番組は、MCの方が日頃あった事、思った事を語り、時々音楽が流れる。そんな番組だったそうなんですが、途中、吾妻さんの集中力が途切れる寸前で、違う番組に変わったそうです。
いえ、それは番組と表現する事も出来ないもので、MCが語り、お便りを読み進め、CMに入り、また番組が引き続くその瞬間。
ノイズが聞こえるんだそうです。それもただのそれでは無く、何かを喋っている。
ラジオって何かのチャンネルに周波数を合わせる時、それが近くなっていくに従って、ノイズに声が混じり始めるじゃないですか。
あの、声は聞こえるけど声にノイズが混じる。声そのものがノイズになっている。そんな音が、聞いている番組を急に区切る様に聞こえていた。
吾妻さんが集中力の切れる瞬間には、必ず、そういう音が聞こえていた事に、漸く気が付いたそうで。
しかも、それが聞こえる事に気が付けた理由は、吾妻さんが慣れて来たのもあるんでしょうが、その音が少しずつ、明確に聞こえる様になって来ていたというものもあったんだそうです。
一度、それがどういうものが耳に入ると、その次からは、必ず、その音に気が付く様になったらしくて。
まず、口から息を大きく吐く様な音。その後にノイズがより酷くなって、ザザザと鳴る。いえ、もっと鈍く、低く、ズズズという音だったと聞いています。
音にするとブワ……ズズズって感じでしょうか。番組の進行なんか関係なく、その音が突然に混じり、そうして吾妻さん自身が違和感に気が付いて集中力が切れる。
そんな感じだったそうで。吾妻さん、最初は、これは何だろうと思っていて、徐々に聞こえる様になってくる音の正体を探ろうとしていたらしいです。
繰り返し、何時も通りに作業をしながらラジオを聞いていれば、それは音がより大きく、そうしてノイズがやや薄れてきている様な、そんな様子だったので、変わらずラジオを聞き続けて、正体を探ろうとしたわけですね。
日々、その音は聞こえ始めています。だから日々、その音は聞こえやすくなっている。
ブワ……ズズズ
バ……ズズズ
バ…ズズ
徐々に、間延びしたようなノイズは、声らしいものへ。
バ…ズズ…ムウウウ
ノイズに紛れて、聞こえていなかった部分も、聞こえ始める。
バ…ズズムウ
バ…ズズム
バ………ァ
そこで吾妻さん。ラジオを聞きながら集中するのと止めたそうです。
何かとても嫌な予感がして、これ以上聞いたらいけないと思ったと言います。日課になっていた作業をする時の、集中するための行為が出来なくなったので、多少、仕事に影響も出たそうなんですが、それでも、それを聞き続けるよりはマシな事だと考えたんですね。
実際、それでその音を聞く事は無くなったのだと吾妻さんは語ります。彼にとってのラジオの怪談はそこで終わったのだと。
さて、話は冒頭の「ラジオ」の話に戻ります。ラジオの黎明期。飛び交う見えない電波の中で、よりクリアに、より聞こえやすい形で音声を伝えるために、色んな方法を生み出していったと言う話です。
その方法の一つに、周波数を合わせるというものがあります。電波には周波数というものがあり、その中において、これはラジオ用のものとされた周波数を取り決めて他の放送や使用には使わせない形にするわけです。
その周波数に受信機側が受信出来る様に調整しなければならないという面倒はあれ、これが一番、容易く、そうして分かりやすく声を拾えるというので、今も使われている手法ですよね。
ふと思う事は、吾妻さんがラジオの最中に聞こえて居た音も、そういう類の状態だったのではないでしょうか。
吾妻さん曰く、それに気が付いてから、少しずつ、音が聞こえる様になって来たそうなんですが、それはつまり、ちょっとずつ周波数が調整されている様な、そういう事だったんじゃないかと。
最後、まだノイズが混じった状態で、バズズム。まで聞こえていたそうなんで、あと少しばかり、音を聞き続けて居れば、吾妻さんはその音が何だったのか、確かに聞く事になったのではと思うんです。
あと、変に思う事もありました。その音が徐々にクリアになっていた事です。先ほども申した通り、ラジオがどうしてちゃんとその音声が聞こえるかと言えば、他がその周波数帯を使わないっていう約束があるからなんです。
もし、ラジオから聞こえる音が徐々に良く聞こえる様になっているとしたら、それはそっちが優先されて、ラジオの音はどんどん聞こえなくなるはずですよね?
けれど吾妻さんがはっと気が付けば、ちゃんと元通りのラジオが聞こえている。
それってつまり、そのラジオ番組と受信装置以外の部分で、その声が聞こえているって事にはなりませんか?
その音が聞こえる時、必ず吾妻さんは集中していました。その音が聞こえるから違和感があって集中が切れると吾妻さんは語っていましたが、集中するからその音が聞こえるという事でもありますよね?
集中、丁度、特定の周波帯に受信機を調整する様に、吾妻さん自身が、それが聞こえる様に集中して……。
ラジオというものが発明された時、そのラジオを目にした人間というのはある事に気が付かされる事になります。
それは目に見えない力は確かに存在して、それを受信する事さえ出来れば、その声は確かに誰にでも聞こえるという事です。
皆さんもラジオを聞く時には、それを注意して……
ああ、違いますね。この場合、ラジオを聞かなくても注意しなければいけません。
と言うのも吾妻さん、ラジオを聞かなくなってから、あの音を聞く事は無くなったと話していましたが、顔色はぞっとするほど悪いものだったんです。
電波に乗せたその音は……本当にラジオから聞こえたものなんでしょうか? 受信機はラジオでは無く、作業の度に電波を使って集中していた吾妻さん自身。
もしかしたら吾妻さんはその後もずっと、集中する度に、あのノイズみたいな音を聞いてしまっているんじゃないかって、そんな風にも思うんです。
そうして、ノイズがどんどん無くなったって言って、その音が、どんな声を電波に乗せているのか、分かってしまったんじゃないかって。そう思ったりもします。杞憂かもしれませんが。
けど、これが事実だったとして、いったい吾妻さん。何を聞いたんでしょうね?
ババズム
バズム
バズマ
あ づ ま