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本物のあばずれを見たことがあるか




翌日、教室に入り席に着けば、「朝は食べたのか」と言いながら、ミモザに白パンを渡してくるユリウスがいた。


「昨日の居残りでくたくただったので、今日は寝坊してしまいました」


お礼を言いながらパンの包みを開けると、白パンが3つも入っていた。

もしかしたら、昨日の労いの意味を込めての3本なのだろうか。

彼のささやかな心遣いが筋肉痛の身に沁みる。


「そういえば昨日……サバトとか言っていたな」


この天才眼鏡は良いやつだなあと思った矢先、いきなり氷柱のように鋭い視線が飛んできた。

やはり学問に励む彼のような優秀な生徒は、サバトサバトと浮わついている生徒は嫌いなのだろう。


「あれは、アイリーンさんが行きたがっていただけですよ」


「あばずれめ」


「だから、私はアイリーンさんの話を聞いていただけです」


「肉食女」


「私はただ彼女の話を聞いていただけで、サバトに興味があるわけでは全くないのです」


「ちゃらんぽらん」


辛辣な言葉の嵐である。

しかしミモザは首を振って否定し続ける。


「サバトには誘われても断るつもりでいます」


「好きにすればいい。俺には全く関係ないからな」


「貴方に関係はないですけど、取り敢えず行くことはないです。全く」


「ふん……」


「めんどくさそうですよね」


「まあそうだろうな」


粘ったおかげか誤解が解けてきたようで、冷たかったユリウスの表情が段々といつもの表情に戻ってきた。

ミモザは恋にチャラけた不真面目な生徒ではないということを分かっていただけたなら良かった。


「ところでユリウスさんは行ったことありますか、サバト」


「そんなもの誰が行くか」


「ユリウスさんはサバトとか嫌いそうですもんね」


「そんなもの好きなやつの気が知れない」


「でも、貴方は行ったらモテモテだと思いますよ。かっこいいですから」


「はっ……はぁ?!」


何気なく言ったミモザは、いきなり叫んだユリウスに二度見をされた。


「い、今……」


「貴方の事かっこいいって、アイリーンさんが言っていましたよ」


「誰だそいつは………………」


二度見の次は、肩を落としたようだった。

忙しい魔法使いである。

肩を落とした理由は何故だか分からないがとりあえず確かなのは、人付き合いの悪いユリウスは昨日ミモザと共に公開処刑をされたアイリーンの名前を憶えていないらしいということだ。


「なんです。覚えていないのですか?アイリーンさんは昨日の……」


「ミモザちゃん、おはよう!ユリウスもおはよう!」


ユリウスの呟きに対してミモザがアイリーンのことを説明しようと口を開いた丁度その時、アイリーン本人が元気に突撃してきた。

突然の乱入者にミモザは驚き、ユリウスは眉をしかめた。

しかしアイリーンは二人の反応には全く構わず、可愛いを前面に出した笑顔で話し続ける。


「ね、私のこと話してた?」


「ええと、少しだけ話してました」

「……」


「なんの話してたの?ううん、それより二人仲いいよね!ね、私もそれくらいユリウスと仲良くなりたいんだけど!」


しかめっ面のユリウスが無言なことも何のその、アイリーンはユリウスの方に身を乗り出してアピールをし始めた。

彼女は派手な見た目通り、なかなかぐいぐいいく女の子のようだった。


「ね、ユリウスって呼んでもいい?って、もう呼んでるんだけどね!あはは!」


「……」


これは多分、否定の沈黙だ。

無表情のユリウスを見ながらミモザはそう思ったが、茶々をいれるのは控えることにした。


「ねえユリウス、今度一緒にお昼食べない?いい感じのランチスポットがあるんだ。ね、お昼食べながら喋ったら私にもすぐ慣れてくれるでしょ?」


「……」


「アイリーン特製チキンフライとか作ってきてあげちゃう!男の子はみんなチキンフライ好きでしょ?ね、一緒にお昼食べよ~」


「……」


「何も言わないってことはオッケーってことでいいのかな?」


「……いや、良くない」


アイリーンの巧みなごり押しにより、喋らざるを得ない状況に追い込まれたユリウスはようやく反応した。

しかしここまでされないと喋らないとは、彼の不愛想も割と奇跡の領域まである。


「わあ!声もやっぱりかっこいいね!って、駄目なの?ケチー!」


アイリーンが身をくねらせたところで、予鈴が鳴った。


教室で思い思いの事をしていた生徒たちが、ザワザワしながら自らの席に戻り始める。

「時間か~、しかたないなぁ。じゃあ、また話しに来るね」と言ったアイリーンもくるりと踵を返して席に戻っていった。



「誰だあのうるさい女は……」


「あれがアイリーンさんです」


アイリーンの名前はさっきから散々出て来たというのに。

「ああそうか……」と言ったユリウスは、まるで覚える気が無いようだった。

天才とは、その才能の代償になにかしら欠点を抱えてしまうのかもしれない。彼の場合はその奇跡的な不愛想だ。


そして、ミモザはふと心配になったので聞いてみた。


「あの、私の名前知っていますか」


「別に」


「別に?もしかして知らないのですか?非情な方ですね。お隣さんではないですか」


隣になって数週間。いや、もう一か月は経った。

それでもユリウスは凡人のミモザの名前など憶えていないのかもしれないが、少しムキになって問いただすと、彼は渋い顔をした。


「別に………………お前の名前なら知っている」


「そうです?でも、間違えて憶えていませんか?ユリウスさんならやりかねません」


「間違えてない。変な名前だからな」


「間違えて憶えていないというなら呼んでみてください」


「呼ぶ……?!お、お前の名前なんて呼ぶわけないだろ!」


ミモザがそんなユリウスに対して何か文句を言おうとしたら、バタンと音を立てて大きな教室の扉が開き、教官がズシズシと入ってきた。

昨日ミモザとアイリーンを宙釣りにしたグレゴリー教官だった。

相変わらず厳しそうなその顔を見て、皆が一斉に静かになる。


今日の物理防御魔法の時間は講義で、ミモザたちは人狼の身体構造や急所を徹底的に叩きこまれたのだった。

結局、ユリウスがミモザの名前を正確に覚えているかは分からないままだった。




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