振り返って
それから冬の合宿があって、3年次の先輩と院生の先輩の卒業式があって、彼の隣の席だった1年目が終わった。
それから彼の隣の席で過ごす2年目と3年目があって、その終わりに魔法使いの学園を卒業した。
リリュシュ先輩の結婚式に招待されたとか、ポニーテールちゃんに決闘を申し込まれたりだとか、リリーナちゃんと怪談お泊り会をしたこともあった。
ルドルフ君とユリウスと一緒に魔物園に行ったこともあったし、ユリウスが後輩のリア―ネに追い掛け回されていたことも、ミモザがライナスに誘われて食材探しに朝市に行ったことも良い思い出だ。
在学中、ミモザがこれらの思い出の他にしたことといえば、対吸血鬼の魔法を磨いていた。
クレー教官のスパルタ特訓に耐え、国防本部に見習いとしてお世話にもなった。
そういえばあの時の吸血鬼、ウランメーテルとも何度も相まみえたものだ。
まったく。まだ学生だったというのに最上位吸血鬼に名前を憶えられたことがあるなんて怖すぎる。
だが努力は実って、卒業と同時にミモザは国防本部の精神系魔術対策部隊所属になった。
精神系魔術、吸血鬼やセイレーンが使う魅了の魔術などの幻術を専門に相手取る部隊だ。
彼の方は、国防本部の花形部隊の一つである防衛魔導隊所属になった。
まあ、天才眼鏡だから順当な配属ではある。
でももう、彼は隣の席ではない。
働くミモザの隣の席にいるのは、色っぽい姉御肌の先輩だ。
まあ隣の席ではないが、彼とは一週間に2,3回は会っている。
廊下や集会でばったり会ったり、約束をして一緒に出掛けたり。
なかなかの腐れ縁だ。
昼過ぎに、1週間ほど前に出発した彼の小隊が大した被害を出さずに人狼の先遣隊を壊滅させたという報告が上がってきた。
帰還は今日の夜遅くになるらしい。
帰ったら話したいことがあるなんて典型的なフラグを立てて出発した彼だったが、フラグを回収して死ぬことはなかったようだ。
よかった。
国防本部では、毎時いくつもの部隊が忙しなく帰還したり出発したりしている。
この1ヶ月ほどは静かだったが、ミモザも要請があれば対精神系魔術エキスパートとして、攻撃魔法使いや他の魔法使い達と一緒に任務に着いたりする。
だから部隊が忙しなく行き来する光景にはもう慣れっこな筈なのだが、今日は帰還してくる部隊を窓の外に見つけるだけで何故だか少しソワソワした。
彼が帰還した次の日の夜。
それは魔法使い達が愛してやまない金曜日の夜だった。
「あ、ユリウスさん」
勤務を終えて帰路についたミモザの前に突然現れたのは、ユリウスだった。
彼は任務明けで何日か休みを貰っている彼は街に出ていたのか、良い生地で作られたローブを着ていた。そして両手をポケットにつっこんでソワソワしている。
「べ、別にお前を待っていたわけではないが」
「そうですか」
「そ、そうだ」
こうして見るとユリウスは初めて会った学生の頃より、顔が精悍になっている。
彼は元々鋭い顔をしていたが沢山の戦線を潜り抜けた貫録というか、洗練された剣のような雰囲気が出て来た。
だが時々妙にしどろもどろになったり、人付き合いに不器用なところは昔から変わらない。
やっぱりミモザの良く知るユリウスである。
二人は何となく合流して、そのままミモザの家までの道のりを歩き始めた。
学園の寮を追い出されて、適当なところに一人で住んでいる。
2人は無言で歩く。
ふと上を向けば、街の至る所にある橙のランタンが濃い藍色の夜空に浮いているように見える。
青い月も綺麗な空に浮かんでいる。
人通りが少なくなって、街の一部が見渡せるような小さな高台を通り過ぎようとした時、ユリウスがぴたりと立ち止まった。
「その、話があると言ってあっただろう」
「はい、そうでしたね」
「お前の事だ。どうせ忘れていただろ」
「覚えてましたけど」
「まあいい。その、その話なんだが……」
「はい」
「その……」
ユリウスは横を向いたり考えあぐねるように唇に指を置いたりしながら口籠る。
いつになく緊張しているようだ。
だがミモザは茶々をいれたりすることもなく、彼の次の言葉を静かに待った。
あと一話で終わります。




