全力の奥義で幕を引く
肩に掛けられたユリウスの毛皮を揺らし、立ち上がる。
吸血鬼の幻術を破る数少ない魔法使い、精神系魔術に対する耐性持ちである。
そんなミモザが黙々と編み上げて、やっとこさ今発動させたのは、瞳孔縛りの魔法だった。
吸血鬼の幻術を全て自分に向けるように縛る魔法である。
精神系の魔術をものともしない耐性持ちだけが使うことを許される魔法で、仲間に幻術の被害が及ぶのを防ぐことができる。
要するに、幻術の避雷針になることができるのだ。
『耐性持ちは瞳孔縛りができるだけで10人分仕事ができる』
クレー教官はそう言った。
ミモザの異常な耐性が明らかになった時から、彼はみっちり稽古を付けてくれていた。
何もできなかったミモザに、忍耐強くみっちりと。
ミモザはまだまだ未熟なので魔法の展開に時間が掛かるし、複数縛りも長時間縛りもまだできない。
だが、今回はこれで十分の筈だ。
吸血鬼の周りでメロメロになっていた魔法使い達が、まるで砂の城のように崩れ落ちた。
魅了の魔術が解けた反動で、みんな意識を失っているようだ。
銀の剣を取り落とした攻撃魔法使いだけは辛うじて意識を保っており、ハアハアと肩で息をしていた。
「目が……苦しい。これは忘れている筈なのに知っている感覚。懐かしい。不思議だ……なんだこれは。これは、子ネズミ、お前の仕業か?お前は私の過去を知っているか?昔の私を知っているか?ならばお前のすべてを私に教えてくれ」
首が折れ、胸に穴をあけた吸血鬼は瞬きをしながらミモザに向かって移動してきた。
闇から闇を瞬間移動してきたような速さだ。
「子ネズミ、お前の血は……特別か?私に教えてくれ」
そのごつごつした冷たい手が、再びミモザの首に伸ばされる。
苦し気に、興味深そうに、愉快そうに伸ばされる。
その長い爪がミモザの喉を抉ろうとした時。
魔法に集中しているミモザが辛うじて身じろぎをした時。
吸血鬼が伸ばした腕は消滅した。
「触るな」
ミモザは魔法壁に守られていた。
圧倒的なユリウスの鉄壁の守りが発動していた。
それはミモザに伸ばされた吸血鬼の腕を拒絶し、引き千切り消滅させたのだった。
骨を削り肉を断つ防御魔法など聞いたことがない。
何という力技か。
流石の吸血鬼も、防御魔法に攻撃されたことに驚いて目を丸くしていた。
「うむ……今ので腹が……すいたな」
折れた首をぐるりと回し、腹と腕の傷を確認した吸血鬼はぽつりと呟いた。
つまらなさそうな顔をして、一息ついた。
殺気立っている魔法使い達など取るに足らぬと言った様子で、もう見もしなかった。
それからぬるり、と何の前触れもなく闇の中に姿を隠した。
そしてそのまま、このウランメーテルと呼ばれた最上位の吸血鬼が今宵この場に再び現れることはなかった。
吸血鬼は何と自由な化け物なんだ。
おなかがすいて帰りたいと思ったら、あっという間にみんな投げ出して帰ってしまった。
だがそのおかげで、皆無事だった。
舞踏会で眩暈を訴えて救護室で休んでいた何人もの魔法使いが消えた時、主催であった逆十字同盟は真っ先に救護師を疑った。
呪詛魔導学部の魔法使いが高度呪詛魔法であるである自白の呪いをかけ、救護師が巧妙な幻術にかかっていることを暴いた。
そこから芋づる式に、何人かの給仕も幻術にかかっていたことが分かった。
仲間の失踪に吸血鬼が絡んでいると判断した逆十字同盟は見事な手際で人員を分け、救護師や給仕の供述から目ぼしい場所を探した。
そうしてユリウスやリリュシュ先輩の捜索隊がミモザたちを見つけてくれたと言う訳だ。
逆十字同盟の皆さんはやっぱり己と選ばれたメンバーの実力に誇りを持っているようで、今回何人もの魔法使いが消えたのに真っ先に国防本部に協力を仰ぐことはなかったそうだ。
学園で主席を張る自分たちに喧嘩を売ったことを、この手で後悔させてやるとばかりに皆息巻いていたらしい。
吸血鬼が去った劇場の跡地には、連絡を受けた他の捜索隊のメンバーが集まって来ていた。
製薬魔導学部の魔法使いと思われる生徒は吸血鬼が残した血液を採取していたり、救命魔導学部の魔法使いはもともと吸血鬼に飼われていた虚ろな目の魔法使い達の応急処置をしていた。
駆け付けた魔法使いの中にはアルベルの姿もあり、抱き付いたポニーテールちゃんの背を優しくなでていた。
リリュシュ先輩はパートナーだった可愛らしい魔法使いに「君は俺の目の前で吸血鬼に媚を売ってたんだよ?お仕置きは何されたい?」と目を細めて怒っていた。
一方でユリウスは、先ほどからあれやこれやと世話を焼いてくる。
「首、青くなっている。大丈夫か」
「内出血をしたようです。でも大丈夫です」
「もう呼吸は問題ないか」
「この通り大丈夫です」
「熱はないか」
「平熱です」
「毛皮を掛けておけ」
それから、また誘拐されるとでも思っているのか、秘かに手を握ったまま放してくれなくなってしまった。
周りは後処理にバタバタしているので、誰もユリウスがミモザの手を握りこんでいることには気づいていないだろう。
「そういえば瞳孔縛り、出来るようになったんだな」
「クレー教官に鍛えられたんです。ユリウスさんにも愚痴を聞いてもらったことありますね。クレー教官って優しそうに見せかけて物凄く怖いのですよ。だから必死で練習しています」
「期待されてるんだろ。耐性持ちの瞳孔縛りがあれば、さっきのように吸血鬼相手に幻術を気にしない普通の戦いができるからな」
「期待、されてるんでしょうか」
「されてるに決まってるだろ」
平凡なミモザは隣を歩くユリウスを見上げた。
「そうですかね」と返事をして、それから改めてお礼を言った。
心配してくれていることと、攻撃を避けるために動けば瞳孔縛りの魔法の集中が切れてしまいそうだったあの時、喉を掻き切られる前にミモザを守ってくれたことに対してのお礼だ。
「あれは、つ、ついでだった」
「そうですか。まあ、別になんでもいいのですけど」
ミモザを離さない手が温かくて優しくて、細かいことはどうでも良くなったミモザであった。
ミモザちゃんの能力を披露してから終わろうかなと思ってねじ込んだエピソードでした(Д)




