主役は何があっても死なない
ミモザの意識が途切れるその瞬間。
隕石でも落下したのかと思うほどの轟音が響いた。
床が揺れ、埃が舞い、壁が粉々になって飛び散った。
この冷たい魔力の感じ、ビリビリ来る圧力。
これはユリウスのものだ。
だとすると、彼の防御魔法がこの建物の壁を破ったのかもしれない。
相変わらず超攻撃的な防御魔法を使うやつだ。
轟音に驚いた吸血鬼に振り払われたミモザは吹き飛んだが、壁や床に激突することはなかった。
なんだか布団のように温かいものに受け止められたからだ。
ゴホゴホゴホゴホ!ゴホゴホゴホゴホ!
吸血鬼の骨ばった手から離れることができたおかげで、空気が肺に入ってくる。
暫く咳こんでいると、段々と意識が回復してきた。
「大丈夫か、他に怪我はあるか!」
ようやく周りの声が聞き取れるようになってきて、一番に耳に届いたのは聞き慣れた声だった。
「いや、すまない。今は喋るな」
吹き飛んだミモザを受け止めてくれたのは、ユリウスだったらしい。
羽織っていた毛皮のマントでミモザを包み、守るように背中をさすってくれている。
苦しい思いをしたが、激しい咳が段々と収まってきた。
ミモザは大丈夫だという意思を込めて小さく頷いた。
回復を始めた視力で見れば舞台の客席が丸々抉れ、屋根が吹き飛び、その向こうに黒い林が良く見えた。
客席に座っていたはずの吸血鬼たちは忽然と姿を消している。
愉快なオークションがおじゃんになったと察して、もうこの場に用はないと思ったのかもしれない。
だからここに残っているのは、あの男の吸血鬼だけだ。
鼻の高い、銀の髪の吸血鬼。
「その子たちさあ、逆十字同盟のメンバーのパートナーだよ?その子たちにそんな糞みたいな幻術掛けて寝取ったら、俺等からどんな酷いお仕置きが待ってるか考えられなかったわけ?おっさん」
愉快そうな、でも心底怒っているような声が聞こえてきた。
親しみやすい笑顔を引きつらせて、月の光に舞う埃の中から出て来たのはリリュシュ先輩だった。
よく見てみると、先輩が連れて来ていた可愛い魔法使いが、他の魔法使い達と一緒になって吸血鬼の足元にまとわりついている。
早く私の血肉を啜って犯してくださいとメロメロになって絶賛欲情中である。
……うん。これは寝取られ案件だ。
先輩がガチギレなのも無理はない。
「装飾もされていて食欲をそそる見た目の……柔らかい肉を狩って……何か問題が?」
吸血鬼はきょとんとした顔で口角を釣り上げた。
……笑ったが、次の瞬間はね飛ばされた。
柱のような形状の、恐ろしい攻撃力を持った魔法壁が吸血鬼にぶち当たったのだ。
リリュシュ先輩の防御魔法だった。
ユリウスの魔法壁のような圧倒的な難攻不落感はないが、コントロールが限りなく正確で鋭い。
生々しい音を立て、吸血鬼は首から床に突っ込んでいった。
だが奴は、何事もなかったかのようにすぐに立ち上がった。
不自然な方向に折れた首から血をだらだら流しても尚、うっそりと笑っている。
骨が折れて皮膚をぶち破っていても、血が滝のように流れ出ていても、吸血鬼は意に介さない様子だ。
折れた首の吸血鬼は飄々としている。
何故なら、吸血で獲物の生命力を奪えば吸血鬼の傷はたちどころに回復するからだ。
「お可哀そうなウランメーテル様!どうぞ私の血をお使いくださいませ」
「私の肉を、どうぞ貴方様の一部としてください!」
魅了の術に掛けられた魔法使いの女の子たちが、首を折られた愛しの吸血鬼に殺到していく。
我先にとその身を差し出そうとする。
リリュシュ先輩のお連れの方もその中の一人だ。
チラリ、とリリュシュ先輩をみると、やっぱり恐ろしい顔で笑っていた。
そして先輩の後ろには数人、逆十字同盟のメンバーだと思われる魔法使い達がいた。
冷静な一人は科学魔道具で他の捜索班に連絡を取っているようだが、他のメンバーは魅了の術の卑劣さに青筋を立てているようだ。
「俺はね、だからなにより吸血鬼が一番嫌いなんだよ……夜になると這い出てきてゴミみたいなテーブルマナー晒す変態野郎。刺して燃やして潰して、今夜生ごみと一緒に捨てるから」
怖い顔したリリュシュ先輩に続いて、後ろに控えていた同盟のメンバーたちも一歩前に踏み出した。
皆各学部で主席を張っているような魔法使いである。
上級の吸血鬼相手でも、臆する素振りは全く見せなかった。




