一難去ってまた一難。
「危ない!うしろ!」
破壊活動にいそしんでいたミモザの危険を察知して声を上げたのは、アルベルと一緒に舞踏会に来ていたポニーテールの魔法使いだった。
彼女もここに連れてこられていたらしい。
彼女は危ないと声を上げつつ、ミモザを背後から殴ろうとした虚ろな目の魔法使いに突進した。
ポニーテールちゃんは虚ろな目の魔法使いを壁に激突させ、戦闘不能にしてくれた。
吸血鬼に飼い慣らされてしまった魔法使いは戦闘不能にしておくに限る。
みんなまだ学んでいるだけの身だが、それでも万一の時に泣いて狼狽えないだけの訓練は積んでいる。
ポニーテールちゃんに感謝しつつミモザが再び魔力封じの拘束具を壊し始めた時、黒い影がぬッと現れた。
「あっ……!」
数人の悲鳴が聞こえたと思ったら、間髪入れずにミモザの首が後ろから絞められた。
大きくてごつごつして、爪が凶器のように長い手だった。
ミモザは魔法壁を展開させるが、それはシャボン玉でも割るように壊されてしまった。
「生きのいい子ネズミにはどんな値段がつくのだろうか……私は知りたい」
地を這うような低い声が後ろから聞こえたと思ったら、べろりと首筋を舐められた。
ざらざらした感触と、冷たい温度に鳥肌が立つ。
「肉の味は悪くない……血はどんな味がするのだろう。いくらで売れるのか……知りたい」
ミモザはくるりと体をひっくり返され、その相手と対面することになった。
細い目に吸血鬼特有の瞳孔を持った、鼻の高い男の吸血鬼だった。
この独特の瞳孔。
これが吸血鬼たちの最大の武器、精神系の魔術の力の源だ。
ミモザはその眼から目を離さなかった。
だがそれが気に入らなかったのか、それともミモザが魔法を編んでいる気配に気が付いたのか、吸血鬼はミモザの首を絞める手に更に力を加えてきた。
「ぐ……っ」
首を圧迫され、変なところから声が漏れた。
苦しい。
息ができないので、叫び声の代わりに涙が出て来る。
……ああ、しまった。
こんな状況では集中ができない。
死にそうな状況でも体からの警告を無視して魔法を編み続けるなんて、今のミモザには到底無理だ。
クレー教官に特訓してもらった魔法を発動させれば脅威を一つ減らせると思ったのだが、発動は全然間に合わなかった。
「そいつを放せ!」
青い顔をしたポニーテールちゃんが啖呵を切って、吊られているミモザを助ける為に前に躍り出た。
しかしもう遅かった。
吸血鬼の本当の脅威は、その身体能力の高さでも、寿命の長さでもない。
彼らが扱う精神系の魔術というのが厄介なのだ。
吸血鬼は魅了の魔術をはじめ、幻術や催眠術を多用してくる。
そして、魔法使いがこれらに抗う術はとことん限られてくる。
防衛魔導学部で訓練を積んだ魔法使いでも強い魔術にやられてしまうのに、強襲魔導学部で攻めることしか学んでこなかったポニーテールちゃんでは太刀打ちできなくて当然だ。
一瞥。
ほんの一瞥だった。
吸血鬼の瞳孔が開き、ポニーテールちゃんを絡めとった。
ポニーテールちゃんは頬を染め、虚ろな目をしてあっという間に吸血鬼の配下に下ってしまった。
掛けられた魔術は、魅了の魔術だ。
吸血鬼は魅了の魔術を一番よく使う。
簡単で、単純に愉快だからだろう。
簡単に魔法使いを服従させることができる。
そして、愛を乞う魔法使いを足元に跪かせて血肉を啜るのが楽しいのだろう。
息ができなくて全身が動かないミモザは、他の魔法使い達が魅了の魔術にかかっていくところをぶら下がったまま見ているほかなかった。
いや、意識が飛びかけていて、見ていることすらままならなくなってきた。
……ああ、くそう。
あの天才眼鏡のユリウスは何をしているかな、とぼんやり考えた。
ユリウスがこの場にいたら心強かっただろう。
あの時は、すぐ戻ってくると言っていたのに。