眠気覚ましの珈琲に敵うものはない
「さて。もう次の訓練の準備をした方がいいかもしれませんね」
何か言いたそうにしていたユリウスを遮ってパン屋の話を終わらせたミモザは、気を取り直して次の訓練に備えて準備に取り掛かった。
次は対物理防御魔法の実習訓練だ。
その名の通り、狼男の怪力などのあらゆる物理攻撃から自分と仲間を守るための防御魔法を上手く扱うための訓練だ。
防衛魔導学部の必修科目の一つである。
ミモザが制服のローブの上から防具を付けていると、視界の端にユリウスの姿が目に入った。
彼は準備もせずに、机に伏してぐったりとしていた。
先ほどまで普通に喋っていた筈なのに、力尽きたように動かない。
何か悲しいことでもあったのだろうか。
「大丈夫ですか?」
「……話しかけるな」
ミモザが防具の調整の片手間に心配すると、死体のようなユリウスから機嫌の悪い声が聞こえてきた。
「眠いのですね?」
「どこかへ行け」
「医務室に連れて行きましょうか?」
「……あっちいけと言っている」
「眠いのなら、珈琲ありますよ。飲みます?」
気分転換できる珈琲は魅力的だったのか、死体がゾンビのようにむくりと起き上がった。
「………………………………それは、貰う」
そう言ったユリウスは眼鏡の奥で長いまつ毛を伏せていた。
何を考えているか表情は読めなかったが、どんな顔でも絵になるから美形は得だ。
「はい、どうぞ」
ミモザは持参していた魔法瓶をカバンからさっと取り出し、良い香りのする茶色い液体を付属のコップに注いだ。
朝作ってきたミモザお手製の珈琲だ。
と、偉そうに言ったが挽かれた豆にザバッとお湯を注いだだけだ。
「お前はこんなものまで持って来ているんだな……」
ミモザから渡されたコップを用心深く受け取ったユリウスは、小さく感心したようだった。
そして湯気さえも味わうように目を細めてから、珈琲に口を付けた。
「あ」
「なんだ?」
何かを思い出したミモザが急に声を上げたので、珈琲を飲んでいたユリウスが首を傾げた。
「そのコップ、私も朝使ったものですけど、貴方はそういうの気にします?流石にこの歳で間接キスなんてどうでもいい事ですけど、一応」
「ゴホゴホゴホゴホゴホゴホゴホ!!」
何気ないミモザの発言に、物凄い勢いで咽たのはユリウスだった。
息ができなくて苦しかったのか、彼の顔が真っ赤になっている。
「お、お、お、お、お、お前!!」
「大丈夫ですよ。間接キスなんて、キスとは言いますけどただ同じコップを使ったというだけですよ」
「おおお、同じコップなんて使わせるな!」
「だってコップ一つしかありませんし」
「殺す気か!!」
「何故です?お隣さんを手にかけるわけないじゃないですか」
「っ、くそ!」
怒ったユリウスは一瞬戸惑ったが、律儀な性格故に残すのは悪いと思ったのか、ぐいーっと珈琲を飲み干して次の訓練で使う防具を引っ掴んで教室を出て行ってしまった。
疾風のような素早い動きだった。
……同じコップ使うの、そんなに嫌がらなくてもいいのに。
ミモザは呆気にとられながらも、そんなことを思っていた。