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いきなり始まるバトルの予感に震えて眠れ



腰が痛くて気が付いたミモザがいたのは、埃の積もった部屋だった。

壊れた高級な椅子や、古そうな肖像画、冷え切った暖炉、それらも埃をかぶっていた。


……どこだろう。ここは。

全く知らない場所だ。


手をついて上半身を起こすと、床だと思っていたものが呻いた。

温かくてグニグニする。


ミモザの下にあったのは、生きている魔法使いだった。

下敷きにしてしまっているままでは可愛そうなので、ミモザは慌てて埃っぽい床の上に移動した。


暗がりに目を凝らしてみれば、部屋の隅にぐったりした魔法使いの女の子達が溜められていた。

皆、派手なドレスを着ている。

ミモザも、赤いドレスを着ている。


そこまで気が付いたところで、自分が舞踏会に出席していたことを思い出した。

そこで突然眩暈がして、救護室で寝て、そして気がついたらこの埃っぽい部屋にいたのだ。


……どういうことだ?


「何がなんだか……」


剥げかけた壁に手をついて立ち上がる。

ぐらりと揺れた時、まだ少しだけ眩暈がした。


ミモザは埃をかぶった床の上を、音を立てないように移動する。

曇った硝子窓から外を覗いた。


そこに広がっていたのは、針のような黒い林だった。

そして林の向こうには街の明かりが見える。空には月が見える。


どうやらミモザがいるのは、黒い林に囲まれた古い建物の中らしい。

月明かりを頼りに黒い林の中を走り街の明かりに到達することができれば、とりあえずこの異常な状況から脱出することができるかもしれないが、なにせ何が起こっているかまだ分からない。

屋敷の中が林の中より安全かもしれないし、街の明かりは幻覚かもしれないし、はたまた逆十字同盟の先輩方が仕掛けたドッキリだという可能性もある。


暫く大人しく様子を見ることにした。


ミモザは自らのお尻の部分に手をやってそこに鉄版があることを確認した。

そしてそれを抜き出し、胸の部分に再びねじ込んだ。

気休めの鎧だ。

本当に何かあった時身を守る盾は自らの魔法である。


キュッと唇を結んだミモザは、部屋の扉の取っ手に手を掛けた。


ギシ

小さな音を立てた扉は開かなかった。


バタン!

その瞬間、開かなかった扉が大きな音を立てて外側に開いた。

寸でのところで声を飲み込んだミモザは、咄嗟に扉の後ろに身を滑り込ませた。


足音を立てて入ってきた人影は3人で、土人形のようないで立ちの魔法使いだった。

肌は青白く、目は虚ろで焦点が合っていない。


彼らは部屋の隅に溜められていた、気を失って力の入っていない魔法使いの女の子達を米俵のように担ぎ、一人づつ運び出していった。


3人の虚ろな魔法使い達は、部屋の隅に溜まった女の子たちがみんないなくなるまで、無機質に作業を続けていた。

その光景を、ミモザは扉の陰で静かに観察する。

3人の虚ろな魔法使い達はミモザに気づくことはなかった。

己の仕事以外の事に気を回さなくてもいいと命令でもされているようだった。


そんな淡々とした彼らの作業を見ていて、一つ気が付いたことがあった。

彼らは絶対に同じ側の肩で女の子たちを担いでいく。

そして女の子を担いでいない方の肩をよく観察してみれば、4つ丸い傷がついていた。


大きな動脈が通る首筋の柔らかい部分に付けられた特徴的な傷跡。

あの4つの丸い傷が表すものは一つだ。


吸血鬼。


吸血鬼の4本の牙で噛まれた跡があるのにまだ生きているということは、あの3人の虚ろな魔法使い達は吸血鬼に飼われている可能性が高い。


吸血鬼の生態は、防衛魔導学部のクレー教官に徹底的に教え込まれた。


吸血鬼は魔法使いの血肉を啜って生きている。

いつもは夜の国にいて、基本的には夜が接する場所ならばどこにだって現れる。


しかし魔法使い達は国の守りを強くし、夜の街をランタンの灯で満たした。

そして国防本部が皆を守り、日々吸血鬼たちの巣を潰している。

が、それでも吸血鬼は魔法使いの都市に入り込んでくる。

魔法使いの血を啜らないと生きていけないのだから向こうも必死だ。あの手この手で食い繋ごうとしている。

魔法使い達があの手この手で吸血鬼を撃退しているのと同じだ。



「でも、ちょっと厄介ですね」


3人の虚ろな魔法使い達が全員運び終わって部屋ががらんどうになった時、ミモザは呟いた。


喉が乾けば生き血を吸い、腹が減ったら肉を食う、短絡思考なのが低級の吸血鬼だが、パーティに集まった魔法使いを何人もまとめて攫うことを計画したような吸血鬼は上級の可能性がある。


上級の吸血鬼は魔術は勿論、毒も使うし武器も使う。

そしてなにより気ままで自分本位。思惑が読めない。

過去には、魔法使いの牧場を作っていた吸血鬼がいたという事例もあるし、食用ではなく愛玩用に魔法使いを囲ってハーレムめいたものを作っていた吸血鬼がいたという事例もある。


しかし状況は絶望的ではない。精神系魔術の耐性があるミモザは吸血鬼の天敵だ。

吸血鬼が多用する魅了の魔術が効かないからだ。


ミモザは扉の裏から這い出て、開け放たれたままの出口から廊下に出た。

そして、虚ろな魔法使い達が出ていった方向に、音を立てずに駆けだした。




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