身分ではない。目立った者が勝者だ
逆十字同盟の舞踏会はかなり本格的で、今宵は中央都市でも名のある建物の広間を貸し切ってある。
物語の中の城のようなたたずまいで、全盛期の贅を尽くした建築のデザインがそのまま採用された煌びやかな内装と、広いダンスホールが中にある。
フィンガーフードや飲み物を載せた盆を持った給仕たちが、ドレスアップした生徒たちの間を歩いている。
楽団が奏でている音楽も聞こえる。
そんな会場内に入るのには身分証が要った。
受付にいた担当者はユリウスの会員証を見て微笑んだが、ミモザの学生証を見たときはにこりともしなかった。
逆十字同盟はエリート以外には見向きもしないのだ。
まあ、何でもいいけど。
エリートかそうでないかでは見向きもされなかったミモザだが、グレンの衣装が会場にもたらした破壊力は凄かった。
人の視線があからさまにミモザたちに注目していることが分かる。
ザワザワと話す声が、明らかにミモザたちの話題で持ちきりだ。
逆十字同盟に所属できるようなエリート生徒たちは、半数が由緒正しい家柄だったりお金持ちの家出身だったりするので、彼らの衣装にもお金がかかっていることは一目で分かる。
だが、同伴者と衣装を合わせることで圧倒的な世界観を作り出したミモザとユリウスは、会場で一番目立っていた。
これがグレンの望んだ”勝ち”である。
「えっ、マフィアの彼すっごいイケメン……」
「顔もいいけど、あの衣裳凄いわね。格好いいわ」
「あの子すごい可愛いな。胸もあるし」
「確かに。でもドレスもいいな。大陸風?このへんじゃあまり見ない感じだ」
ひそひそ言われていることは結構はっきり聞こえる。
ごめんなさい胸は偽物ですとミモザはのんびり思っていたが、ユリウスは機嫌が悪そうだった。
「これも掛けておけ」
ユリウスが肩に掛けていた、マントのように大きくて威厳のある毛皮を頭の上から毛布のように掛けられた。
途端に肩が重くなる。
そしてユリウスはマントをミモザの肩に掛けるだけでは飽き足らず、巻き付けてきた。
折角のドレスなのに、これでは何も見えなくてただの雪だるまのようではないか。
「動きにくいです。いりません」
「いいから掛けていろ」
「いらないです」
「掛けろといったら掛けろ」
「邪魔です」
「文句を言うな、掛けていろ」
睨みあっていると、後ろからユリウスの肩がポンと叩かれた。
人懐っこい笑顔で肩に置いた手の指をユリウスの頬に食い込ませたその魔法使いは、ミモザも見たことがある。
確か一学年上の防衛魔導学部の主席だった魔法使いだ。
「や、ユリウス。目立ってるじゃん」
「リリュシュ先輩か。指が食い込んでいる。やめてください」
「ちょっとくらいほっぺが抉れたって、君のイケメン度は変わらないから大丈夫だよ」
「痛いだろうが」
ユリウスと先輩は親し気に話し始めた。
このリリュシュ・ブラックボーンという2年次の魔法使いが、ユリウスの言っていた良くしてくれる先輩なのだろう。
リリュシュなんて可愛い名前の魔法使いだがれっきとした男性で、可愛らしい同伴者を連れていた。
「ね、ユリウス。眼鏡とってみた方がいいんじゃない?もっとワイルドな感じになると思うよ」
「おい、返せ。眼鏡が無いと殆ど見えない。知ってるだろ」
「見えないなら見えないで別にいいじゃん。その為に同伴者のミモザちゃんがいるんでしょ。手つないでもらえば?」
「ふ、ふざけるな」
先輩はハハハと笑ってユリウスから眼鏡を取り上げていた。
いるいる、こういう人畜無害な顔をしたドSの魔法使い。
……というか、何故先輩は平凡なミモザの名前を知っているのか。
一瞬不思議に思ったが、まあ何でもいいかと深く考えることはしなかった。
「じゃ、またあとでね」
無事に眼鏡を返してもらったユリウスはもう話しかけるなと返事をしていたが、先輩は嬉しそうに笑って手を振っただけだった。
「先輩とは仲が良いのですね」
「仲は良くない。だが世話にはなっている。あれで実力はあるからな」
「やっぱり強いのですか?」
「ああ、強いな」
ユリウスが強いと頷くということは、相当な使い手なのだろう。
にこにこと笑いながら他の人に話しかけている先輩の後ろ姿を見ながら、ミモザはふうんと息を吐いた。




