薬がキマったヒロインの末路
「ユリウスさん」
浮かれて掠れた声が出た。
目の前の魔法使いに対する思いが狂ったように溢れてくる。
その手が、喉が、瞳が、肩が、唇が、全部全部魅力的に見える。
冷たくて、でも熱くて、鋭くて、でも優しくて。
名前を呼ぶだけで心臓がうるさくて、体温が上がっていく自覚がある。
惚れ薬チョコレートの効き目すごいなあと冷静に考えている理性の部分が、もう焼き切れそうである。
ジリジリジリジリ。
……ブチッ。
本来のミモザが、焼かれて切れて消えて無くなった音がした。
目の前にいる人のこと以外何も考えられなくなって、熱が込み上げてきて、その熱さに全神経が侵される。
目の前にいる好きな人の事しか考えてはいけないと、溶けてイカれた脳みそが全身に指令を出している。
「ユリウスさん……」
「な、なんだ……そんなに近づいてくるな」
嫌々をしているユリウスをあっという間に窓際まで追い詰めて、ミモザはふっと笑った。
「近づかれるのは嫌ですか」
「い、嫌に決まっているだろ、来るな」
「触っては駄目ですか」
「当り前だ、触るな」
「私のことが嫌いですか」
「き、嫌いに決まってるだろ」
「えっ……」
……嫌い。
嫌い、だって?
なんて酷い言葉だ。
好きな人にそんなことを言われるなんて、ここは地獄か。
ああ、地獄に違いない。
惚れチョコレートに体の主導権を奪われているミモザは、好きな人とイチャイチャすることしか頭にない。
なのに嫌いなどと言われては、もう生きてはいけない。
先ほどまでの笑顔は消えて、ミモザは崩れるように床に蹲った。
「なんで!私はこんなに好きなのに、大好きなのに!」
「くそ、やっぱりあの例のチョコレートを仕込んだな、あのわかめ頭……」
ユリウスは困り果てた顔で舌打ちをした。
サアッ、とミモザは更に青ざめた。
好きな人の困った顔なんて見たくない。
嫌そうな顔なんて見たくない。
好きな人が自分に好きだと囁いてくれる光景しか見たくない。
「私はユリウスさんのことが好きなのに、ユリウスさんは私のことが嫌いなんです!そうだ、やっぱりさっきの女の子が好きなんですね!ユリウスさんはさっきの女の子にすごく優しかったですもんね!抱きしめたりしてましたもんね!」
「はあ?!」
「失恋しました!そんなの泣く以外に何もできないじゃないですか!うわああああん!」
ミモザは床に伏して、泣き出した。
泣くのが正解だとか不正解だとか、そんなことはもう考えられない。
悲しいから泣いている。
好きな人の一挙一動はそのままミモザの全身に影響するのだ。
「泣くな……」
わんわん泣くミモザを心配したユリウスは床に膝をつき、恐る恐るミモザの顔を覗き込んだ。
「ユリウスさんに嫌われたら泣くしかないのです!うわああああん!」
「泣くな、その、お、俺は、お前のことが嫌いなわけではない……から、泣くな……」
どうしたらいいか全く分からない様子のユリウスは、困果てた顔のままだ。
「嫌いではないなら普通ということですか!嫌いよりはましですけど、それでも私の片思いです!うわあああああん!」
「お、落ち着け。お前は変なチョコレートを間違って食べただけで……」
「そんなことより好きです!ユリウスさん!ユリウスさんはやっぱり私は生理的に受け付けませんか?!」
「そ、そんなことは言ってないだろ……」
涙をボロボロこぼしながらミモザがグイグイ迫ると、ユリウスの背は壁にぶつかって、それ以上逃げられないところまで来た。
「ユリウスさんが好きです!」
ここで、床に座りこんだまま壁ドンである。
ユリウスが顔を背けていなかったら、そのままキスでもしていたところだった。
「だからそれは変なチョコレートの所為で……」
「そんなもの知りません!好きなものは好きなんです!ユリウスさんは私のこと好きになってくれませんか?!」
「それは……」
「ユリウスさん、ハッキリ言ってください!あっ、やっぱり言わないでください!嫌いなんてもう聞きたくないです!」
壁とミモザに挟まれているユリウスが耳まで真っ赤にして嫌がっているので、傷ついたミモザは強硬手段に出た。
ぎゅっと抱き着いたのである。
しかし、間髪入れずにユリウスの両腕がぐわっとミモザを引き剥がした。
「さささささ、触るな!!!!」