その茶色い物には気を付けろ
昼食がひと段落したら、小劇場で他学部の生徒の劇を見たり手品を見たり、錬金魔導学部の蚤の市で面白いものを見つけたり、推命魔導学部の占いの館に行ってみたり、ミモザとユリウスは一通り創立記念祭を楽しんだ。
ある程度楽しめて満足したので、2人は何となく教室に帰ることにした。
静かな校舎内に入り、長い廊下を歩く。
教室の前に到着して大きな扉を押し開けると、中には一つの人影があった。
「あ!ミモザちゃん……どこ行ってたの……私、ずっと待ってた……」
悲しげな顔をしたリリーナちゃんだった。
何となく、責めるような目をしている。
もしかしてリリーナちゃんは、ミモザと祭りを回るためにずっと待っていたのだろうか。
リリーナちゃんはアルベルと追いかけっこをしていたので、もう祭りを一緒に回ることはないだろうと思い込んでしまっていた。
もうアルベルの件は解決したのだろうか。
解決していたのなら、ずっと一人ぼっちにさせていたことになる。可哀そうなことをした。
「ごめんなさい、リリーナさん。ええと、今からでも一緒に屋台を見に行きますか?」
「ううん……もういいの……」
「すみません……」
「でも、後夜祭は一緒がいい……花火、見よ……」
「はい、花火見ましょう」
黒髪に隠れた目をぐしぐしとやるリリーナちゃんに、ミモザは優しく謝った。
創立記念祭の後夜祭では、航空魔導学部の伝統ともいえる花火の滑空ショーがあるし、科学魔導学部のイルミネーションもある。
それらはリリーナちゃんと見ることにした。
「あのね、ミモザちゃん……花火見るの……私の部屋からにしよ……?」
「外で見た方がよく見えそうではないですか?」
「だって、人がたくさんいるの……あんなこととかこんなこともできないよ……?」
リリーナちゃんは人混みが苦手そうだから部屋で見たいのだろうかと結論付けたミモザは、部屋で見ることを承諾した。
うふふと笑ったリリーナちゃんはとっても嬉しそうだった。
「そうだ、ミモザちゃん……これ……あげるね……私もう待てないから、今ここで食べて欲しいな……」
「お菓子ですか?ありがとうございます」
リリーナちゃんは、おずおずと綺麗な箱に入ったチョコレートを差し出してきた。
ミモザと仲直りできた記念だろうか。
良い友達だ。
「いやお前、待て、」
「ワカメちゃん、見つけた!もういい加減呪い解けこの悪魔!」
チョコレートを受け取って笑うミモザに対し、ぎょっとして何か言おうとしたユリウスを遮ったのは、教室に飛び込んできたアルベルだった。
野生の豹か何かのように、見つけたリリーナちゃんに飛び掛かっていく。
椅子をはね飛ばし、机の上を跳びながらリリーナちゃんに迫る。
呪いの件は、まだ解決していなかったようだった。
「しつこい……!」
リリーナちゃんはバッと身を翻すと、影のような俊敏さでアルベルの攻撃を避けた。
そしてアルベルの鋭い眼光に掴まる前に、煙のように姿を消してしまった。
「くそ!まるで捕まらない!これはどうやら細かい呪いにもかけられてるな……」
アルベルが舌打ちをする。
それにしてもあのリリーナちゃんがこの運動神経の塊のような魔法使い・アルベルから一日逃げ続けているという事実は奇跡に近い。
アルベルの言う通り、痕跡が分かりづらくなるとか触れられる前に一瞬反発する呪いとか、そういう細かい呪いにもかけられているのだろう。
第一線で活躍している呪詛魔法使い達は、大きな呪いを隠れ蓑に保険として幾つもの小さな呪いをかけると聞いたことがある。
何重にも呪いを張り巡らせて、まるで蜘蛛のように敵を絡めとっていくのが呪詛魔法使いだ。
「だが……この俺から逃げ切れると思うな」
中々捕まらないことに苛立っているらしく、大きな歯ぎしりをしたアルベルはリリーナちゃんを追って再び走り出した。
またしても、嵐のような騒々しさだった。
それも一瞬で終わったが。
「リリーナさん、またいなくなってしまいました」
追いかけっこを見ているだけのミモザは、暢気に貰ったチョコレートに口を付けた。
丁度小腹もすいたし、甘いものが食べたかったところだ。
「お、おい!不用心にチョコレートを口にするなとお前が言っていたんだろうが!」
ぱき。
もぐもぐ。
ごくん。
「え?」
そういえばユリウスと惚れ薬チョコレートの話をしたっけなと思い出した時には、時すでに遅しである。
チョコレートを食べてから一番最初に視界にいれた魔法使いに惚れてしまうんだったっけか。
なんでリリーナちゃんがこんなチョコ持ってるんだ。
片思いの人にでも渡すつもりで間違えちゃったのだろうか。
だがそれも、気付いた時にはもう遅い。
教室に一人残されたユリウスの姿を、ミモザは既に視界に入れてしまっていた。