可愛ければ何をしても許される
振り返ってみると、いつかの綿菓子のような女の子が胸の前で両手を組んで、上目遣いにユリウスを見ていた。
「あ、あの、先日は助けてくださってありがとうございました」
「……ああ」
「先輩のおかげで間に合ったんです」
「よかったな」
「それから、昨日は先輩のカフェにも行きました。そこでは先輩には会えなかったんですけど、今日ここでお会いできてよかったです」
頼りなさげで可愛くて、なんとも庇護欲をそそる女の子だ。
ミモザがユリウスを女子寮に置き去りにしたとき、彼女はユリウスに助けられたらしい。
ユリウスは学園に見学に来て道に迷った彼女の道案内をしたと言っていたな。
それだけだろうか。
初対面の魔法使いには否定の沈黙か肯定のああしか言わないのに、この女の子に対しては、ユリウスが普通に受け答えをしている。
……なんでだろう。やはり可愛い子が相手だと違うのだろうか。
流石のユリウスも不愛想で冷たいが、好みの女の子には甘いのか。
ミモザは誰にも気づかれないように小さく唸った。
「ユリウス先輩」
少しづつ、女の子はユリウスに近づいてきていた。
ウサギが警戒しながらもニンジンに近づいていくような、そんな可愛さがある。
「あの、今度お礼をさせてください」
「俺は別に大したことはしてない」
「いいえ。私、すっごく助かったんです。今度お茶に誘わせていただけませんか」
「そういうのは別にいらない」
「それなら、何かお礼の品を……」
「……いや」
「あの、では、伝書梟飛ばしたいので連絡先を教えていただくことはできませんか」
静かに首を振ったユリウスを見て、女の子はじわっと涙目になった。
きっと彼女は、勇気を振り絞って連絡先を聞いたに決まっているのだ。
「どうしても、駄目ですか?」
しかし泣いては迷惑をかけると思ったのか、女の子は無理やり笑顔を作った。
可愛いうえに、いじらしい子である。
しかしユリウスは首を横に振っただけだった。
「……しつこくてごめんなさい」
と女の子はもう謝りながら後ずさりした。
そしてもう一歩後ずさり。
「きゃ!」
その瞬間、彼女はつんのめった。
涙を隠すのに夢中で足元がおぼつかなかったのだろう。加えて少し高いヒールを履いたことも要因か。
後ずさりしていたけれど、彼女はなぜか前に倒れてきた。
それはユリウスのいる方向である。
ぼふん!
ユリウスは倒れてくる女の子を見殺しにして、怪我をさせるような魔法使いではない。
バランスの崩れた女の子の体をきちんと支えてあげていた。
「あ、ありがとうございます……」
両腕で受け止めたユリウスに対して、女の子は頬を赤らめた。
そしてユリウスの腕の中で身を縮め、ふわっと笑う。
なんだか女の子が恋人に抱き付いているようにも見えるが、その一方でふわふわのウサギがユリウスに抱かれているだけのようにも見える。
その一部始終を見せられているミモザの方を振り返ったユリウスは、何とも言えない顔をしていた。
ミモザの方は、特にいつもと変わらない表情をキープしている。
確かに人によってはイチャイチャしているともいえる場面を見せられて、どうすればいいのだろう。
アイリーンのように盛り上げればいいのか?ルドルフ君のように茶化せばいいのか?
もう分からないので、デフォルトの表情をキープなのだ。
「もう立てるな」
溜息をついたユリウスは、なかなか離れようとしない女の子を押し出して立たせようとしていた。
しかし女の子はなかなか離れようとしない。
「ハア。早く立て」
「あ……」
ユリウスの隠そうともしない溜息は、彼女にも聞こえてしまったのだろう。
彼女はキュッと眉を寄せて悲しそうな顔をした。
でもその悲しそうな顔を笑顔に変えて、ゆっくりと一人で立つ。
「来年、私ここに入学するので……あの、また……」
そんなことを言いながら、彼女はタタタタタと靴を鳴らしてユリウスから離れていった。
と思いきや、途中でピタリと立ち止まる。
見ていたら、彼女はくるりと振り返った。
「あの、私、リアーネ・メルドランといいます。覚えておいてくださると……嬉しいです。ユリウス先輩」
ふわっと笑ったリアーネは、今度はしっかりと人込みの中に消えていった。
ミモザはユリウスの顔を仰ぎ見てみる。
パッと目が合った。
「あれは……」
「なんです?」
「あ、あの迷子は別に知り合いでも何でもないし、これからも知り合うつもりはないし……」
「そうですか。どうでもいいですけど」
そう言ってやったら、ユリウスは悲しそうに眉をひそめた。
適当に返事をしたから嫌だったのだろうか。
……でも、どうでもいいと思ったのは本当である。
いやまあ、ほぼ初対面にもかかわらずあの女の子とはよく話してたなとか、なんか距離が近かったなとか、あの子は来年入学してくるんだなとかいろいろ思ったけど、これはどうでもいいのうちに入っている筈である。
それからあまり喋ることもなく、ミモザとユリウスはさわさわ木が揺れる裏庭までぼんやり歩いてきた。
裏庭は表とは違って人が少ない。
のんびり休んでいるカップルや、少人数の友達グループがいるだけだ。
皆歩きすぎて疲れたか、はしゃぎすぎて疲れたのだろう。
「ではこのあたりでカレーでもいただきましょうか」
「そうだな」
適当なベンチに腰かけて、ミモザは買ってきたカレーテイクアウェイボックスを膝の上に乗せた。
その横で、いつの間にか荷物が増えていたユリウスが何かごそごそやっている。
「何か買ったのですか?」
「ミルクティーだ。お前は濃いやつと甘いやつ、どちらがいい」
「甘いのがいいです」
「そう言うだろうと思った。あと蜂蜜ケーキもある」
「それ食べてみたいと思ってたんです」
カレーの準備をしていたミモザに、甘いミルクティーの大きなカップがひょいと手渡された。
「ありがとうございます」
それから2人は、のんびりとカレーを食べてミルクティーを飲んだ。デザートの蜂蜜ケーキも忘れずいただいた。
裏庭を流れる空気はゆっくりで、秋の季節の突き抜けるような空は綺麗だった。