呪いの基本は掛け逃げです
創立祭も二日目。
今日は出し物のカフェは閉店し、思いっきり祭りを見て回る日である。
ちなみにカフェの売り上げは皆が満面の笑顔になる程あって、目標だった三日月ビストロというちょっといいレストランで打ち上げすることも叶いそうだった。
「ユリウス、友達として一緒にまわることは大歓迎だけどさ、文化祭はやっぱりミモザちゃんみたいな可愛い女の子と回ってこそだと思うんだよね。ということでミモザちゃん、一緒に回る?向こうにあったお化け屋敷楽しそうだったよ」
「よしこれから祭りを楽しむぞ」と教室で気合を入れたミモザの隣に現れて、笑って手を引いたのは無邪気なルドルフ君だ。
勝手にテイクアウェイの注文を取り始めて厨房を修羅場へと誘った空気の読めないルドルフ君だが、その恨みはもう水に流した。
だからお化け屋敷に誘ってくれるというのなら一緒に行くのもいいだろう。
「いいですよ。お化け屋敷行きましょうか」
「いや、お前はひとりで行け」
しかし、横からルドルフ君に突っかかった影があった。
何故か親の仇のようにルドルフ君に冷たいユリウスである。
「やだよ、お化け屋敷なんて一人で入ったら怖いよ」
「慣れろ」
「もう何言ってるのユリウス。確かに慣れたらもう怖くないかもしれないけど、怖くなくなったらお化け屋敷の楽しみも無くなるって。お化け屋敷って言うのはさ、」
「もう何でもいいからお前は一人で行け」
最後まで聞かず、ユリウスはルドルフ君をお化け屋敷に投げ込んだ。
薄暗いそのお化け屋敷の中で、いきなり飛び込んできたルドルフ君に驚くお化け役の生徒たちの声と、おばけを見て驚くルドルフ君の悲鳴が響いた。
「じゃああたしと一緒に回ろっか。あたしがユリウスで、ほら、ミモザちゃんはこいつ!ミモザちゃんに合いそうなフリーの男連れて来てあげたよ!」
「はい?」
「なんかダブルデートみたいでいいでしょ?うちらと楽しも~」
親切顔してウインクを飛ばしてきたのは、男性魔法使いを一人連れたアイリーンだ。
「ほら、ミモザちゃん優しい人が好きじゃん?」とその男性魔法使いはミモザの目の前に押し出された。
もちろん、全く見ず知らずの魔法使いだ。
アイリーンは隙あらばミモザや友人の女の子たちに男性を紹介してくる。
これはもはや彼女の持病と言ってもいい。
そしてアイリーン本人は、あの人もいいこの人もいいと言いながら、ユリウスの腕にも巻き付こうとしている。
「さ、ユリウスはあたしと行こっか」
「待ってアイリーン」
そう言って上目遣いのアイリーンの動きを遮ったのはユリウスではなく、アイリーンが連れてきた魔法使いだった。
「っていうか、実は俺、アイリーンと2人で回りたいと思ってたんだけど」
「えっ?」
「アイリーンに誘われたと思ったのに他の子紹介されたとか、傷ついたんだけど」
アイリーンが連れて来た男性魔法使いは、真剣な表情で告白した。
なるほど、彼はアイリーンが好きだったのだ。
「えっ、まじか!早く言ってよ!じゃあ普通に2人で回ろ!」
告白を聞いたアイリーンはユリウスから離れ、たちまち笑顔になった。
自分に気があると言ってくれた男性魔法使いに夢中で、もうユリウスの方を見ていない。
彼女は恐ろしい程の恋愛単細胞だ。
「じゃ~ね~ユリウス~、ミモザちゃ~ん!」
嬉しそうなアイリーンは、早速隣の男性魔法使いと共にステップを踏みながら教室を出て行ってしまった。
嵐だった。
びゅうと吹いたかと思いきや、次の瞬間にはすっかり消えていなくなっている。
アイリーンという嵐が教室を去ったあとには、ミモザとユリウスだけが残された。
取り残されたユリウスはぽかんとしていた。
「なんだあいつ」
「振られちゃいましたね、ユリウスさん」
「どうでもいい」
「じゃあユリウスさん。どうです、余り者同士一緒に回ります?」
「………………えっ、いや、誰がお前なんかと」
「……」
アイリーンにパッと手のひら返されて可哀そうだと思って誘ったのに、なんてことを言うのだ。
そんなに嫌がらなくてもいいではないか。
友人として上手くフォローしてあげたつもりだったのに、それを拒絶するなんて酷いやつだ。
半目しか開かなくなってしまったミモザに、がしっ!っと引っ付いてきたものがあった。
「駄目……!」
リリーナちゃんだ。
アイリーンという嵐が去ったと思ったら、リリーナちゃんという爆弾が引っ付いてきた。
「ミモザちゃん……ポンコツ男と創立祭まわると……楽しくないから……駄目だよ……」
リリーナちゃんが威嚇しているポンコツ男、とはどうやらユリウスの事らしかった。
なるほど。
ポンコツの謂れは良く分からないが、ユリウスもイケメンなのでリリーナちゃんに嫌われているのだろう。
ユリウスがルドルフ君に厳しいように、リリーナちゃんはイケメンに当たりが強い。
「それより……ミモザちゃんは私と……人気のない教室であんなこととか、しよ……?」
「お祭なのに、出し物を見て回らないのですか?」
「出し物なんかより……もっとすごい天国、見せてあげるから……ね、いい……?」
ペットリとくっついてくるリリーナちゃんはわかめのようで可愛いが、ミモザの横にいるユリウスは眉をしかめたようだった。
「こいつとまわるのは止めた方がいいと思うぞ」
「ああ?ポンコツヘタレの癖に……嫉妬……?醜いよ……」
ミモザには聞こえなかったが、リリーナちゃんがボソボソとユリウスに何か言って、ユリウスはイラっと怒ったようだった。
しかし2人の口論が始まる前に、新たな乱入者が現れた。
「ミモザちゃん、良かったまだ教室にいた!俺と創立祭まわろう。誰よりも楽しませてあげる」
扉がパアンと開き、輝かんばかりに颯爽と現れたのはアルベルだった。
そしてなぜか、廊下の角でこちらの様子を窺っている勝ち気な顔のポニーテールの女の子が見え隠れしていた。
「ミモザちゃん、ほら、俺の手を取っていいよ」
「……駄目……」
ミモザに手を差し伸べるアルベルとの間に割って入り、睨みつけたのはリリーナちゃんだ。
「……ミモザちゃん……まつ毛が長い男と文化祭なんて回ったら……手籠めにされちゃうよ……」
「ねえ君さ、なんでそんなに僕のこと睨んでる訳?髪で顔隠してちゃ勿体ないよ。まあ一応?女の子なんだから」
「ああ……?気安く指図するな……この淫乱男……」
ミモザを物理的に間に挟み、背中に引っ付くリリーナちゃんと目の前で手を差し出すアルベルは火花を散らしていた。
アルベルはまだ苛立ちを笑顔の下に隠しているが、リリーナちゃんは狂犬さながら威嚇している。
「そんな暴言言っちゃ駄目でしょ、わかめちゃん。益々モテなくなるよ?」
「……変な名前で呼ぶな、自信過剰男……」
「あ、根暗酢昆布ちゃんとかの方がよかった?っていうか君はミモザちゃんに引っ付いてるけどさ、よく考えてみなよ。ミモザちゃんは君といるより俺といた方が楽しいに決まってるでしょ」
「そんなこと……!っ、もう、お前は呪う、呪う、呪う……破滅の呪いにもがき苦しめ……!その忌まわしい臓器を破壊してやる……!
制約も開示する……この呪いの発動条件は次にお前がミモザちゃんの名前を呼んだ時だ……!この呪いがかかれば、お前はもう男として機能しない……!お前は不能……!きっと一生……!」
笑顔で嫌味を言ったアルベルに堪忍袋の緒が切れたのか、リリーナちゃんが爆発した。
本気のリリーナちゃんの髪が、風も無いのにぬらりと揺れた。
何かの舌が這いずったような空気に包まれて、リリーナちゃんの呪いがアルベルに編み込まれたのだと肌で感じ取ることがでる。
これがリリーナちゃんが破滅の呪いと銘打った呪詛魔法。
臓器を破壊する呪いなんて、超高度呪詛魔法ではないか。
なんとも強大な、そして薄気味の悪い呪いだった。
というかリリーナちゃん、こんなすごい呪いが掛けられるのに、なんで呪詛魔導学部じゃないんだ?
呪詛魔導学部に入っていたら主席にでもなれていたのでは?
ミモザはぼんやりとそんなことを考えていたが、アルベルは顔を真っ青にしていた。
「待て待て!クソ、なんだよこの呪い!超やばいやつだろ!なんで防衛魔導の奴がこんな呪い使えるんだよ!!!呪詛魔導学部に行っとけよ!」
「知らないんだね……?呪詛魔導学部の学生は呪詛魔法の発動が制限される校則があるけど、防衛魔導学部の生徒である私には適応されないんだ……便利だよ……」
「っ、恐ろしいな!早く解け、わかめ!」
「解くものか……お前のような細面は……ミモザちゃんに一生近付くな……」
そう言い残し、リリーナちゃんはその場から脱兎のごとく逃げ出した。
合同訓練でアルベルの身体能力の高さを目の当たりにしていたリリーナちゃんは、呪いを相手に掛けたらあとは相手が弱っていくのを遠くで見ているスタイルを取るつもりのようだった。
呪いは発動すれば強いが、発動に色々な制限がある。
その間にやられてしまう可能性もあるから、呪いは掛けたら即撤退が基本だ。
プロの呪詛魔法使いもみんなそんな感じだ。
アルベルは全力で追いかけていたが、リリーナちゃんはまさに魔女のような笑みを浮かべて女子トイレに逃げ込んでいた。
ぽつん。
再び取り残されたのはミモザとユリウスの二人だ。