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絆創膏、持ってくるのと貼ってあげるのはセット






「一応、薬と絆創膏を持って来た……が」


ライナスが消えるか消えないかのタイミングで、後ろから声がした。

先ほどのライナスとは違って、警戒でもしているかのように距離を開けてそこに立っているのはユリウスだった。

幽霊でも見たかのような顔をして立っている。

どうしたのだろう。


「ありがとうございます。薬と絆創膏助かります。まだまだサンドイッチを作らなくてはいけませんので」

「ああ、うん……」

「どうしたんです?」

「いや別に」

「なんかぼんやりしてません?」

「いや、そんなことは」


タオルで濡れた手を拭くミモザに、ぼんやり顔のユリウスは強引に薬と絆創膏を押し付けてきた。

そしてそのまま、踵を返してさっさと仕事に戻ろうとする。


ミモザは去ろうとしているユリウスと、利き手の火傷、それから絆創膏と薬を見比べた。


「待ってくださいユリウスさん。ついでに絆創膏を貼っていってくれませんか」


「……他の奴に頼めばいい」


「そう言わずに。絆創膏を持ってくるのと貼るのはセットですよ」


「他の奴に……」


「でもみんな忙しそうですから」


見回せばわかる。みんな忙しさを絵にかいたように忙しそうだ。

ライナスは沸騰して零れたスープの後始末と新たな注文に追われ、ミートパイ担当の魔法使いは皿をもう二度と割ることが無いように、血走った目で一枚一枚に防御魔法をかけていた。そして未だに生クリームと格闘している木の実ケーキ担当の魔法使いは半べそをかいていた。

軽く地獄絵図である。


「あ、ああ……」


その厨房の慌ただしさに圧倒されて調理担当であるミモザを早く仕事に復帰させなければと思ったのか、ユリウスは素直にミモザに従うことにしたようだった。

そそくさと戻ってきて、丁寧に絆創膏を貼ってくれた。

患部には触らないように、というかミモザの手にはあまり触らないように注意しているようだった。








「それにしても、忙しいですね」


火傷から復活したミモザは具材をパンに挟んでいくだけの簡単なお仕事を進めながら、隣で盛り付けを手伝ってくれているユリウスを見上げた。


「ああ」


ミモザが火傷をしてから、ユリウスはどこかおかしい。

何を言ってもああしか言わない。

ミモザはああだけを言う機械に向かって話しかけているわけではない。

忙しい作業の中でも、サンドイッチ作りの相方とコミュニケーションを取ろうとしているのだ。


「本当に、忙しいですね」


返事を求めて脅すように言うと、ミモザの思いを汲んでくれたのかユリウスは目を細めた。


「ああ。……注文を取るやつらはたくさんいるのに、その注文を仕上げる厨房が数人では忙しいに決まってる」


「ええと。でも元々、調理班は温めて盛り付けるだけだから4人で大丈夫だろうって言ってたんですよ」


「ああ、それはテイクアウェイの所為だな。ルドルフの奴がテイクアウェイも出来るとか勝手に宣伝したから余計な仕事が増えて、厨房が回らなくなった訳だ」


「元凶はルドルフさんでしたか。予定通りイートインだけだったら席数も限られてますから忙しさも限られたはずですが、テイクアウェイで無限の注文が取れるからこんなに忙しい訳なのですね」


誰が準備したのかいつの間にやら紙箱やテイクアウェイのスープカップが用意され、接客係たちはさも当たり前のようにテイクアウェイオーダーをとってきていたのでミモザたち厨房は疑問に思う間もなく注文をさばいていたが、やっぱりそういうことか。

この驚きの忙しさは予想外のテイクアウェイの所為なのだ。


……まあ、人気が無くて暇なよりは、忙しい方がずっといいけれど。





ユリウスも普通に会話してくれるようになったことに安心しつつ、ミモザはトーストしているパンの具合を見に行った。

そしてこんがりきつね色に仕上がったパンを持って作業台に帰ってくると、ユリウスが何か言いたげな顔をしていた。


「さっき……」


「さっき?さっきどうしたのですか?」


「仲がいいというか……」


「仲がいい?」


「だから、」

「ミモザちゃん……!!サンドイッチ3、テイクアウェイ……おねがい」


ユリウスが言い切る前に、執事姿のリリーナちゃんが厨房ににゅっと顔を出した。

そしてそのまま厨房まで入って来て、ミモザとユリウスの間にぎゅっと身をねじ込んできた。


「ミモザちゃん……隣に足手まといがいるね……大変そう……私がミモザちゃんを手伝う……」


厨房の忙しさを目の当たりにしたリリーナちゃんは、何故かユリウスを睨みつけた。

皿を割ったのも生クリームを床にまき散らしたのはユリウスではないし、バターを四方八方に飛ばしたのはミモザだ。

ユリウスを睨むのはとばっちりと言うものだ。


だが弁明しても意味がなさそうなのでそのままにして置いたら、リリーナちゃんはジャケットをその場で脱いで腕まくりを始めた。

そうしてユリウスをわきに追いやって、ミモザの隣に陣取った。


「お、おいこら、割り込むな」

「ああ……?あんたは迷子係でしょ……厨房には……立ち入り禁止……」


ぬらりとした目で、リリーナちゃんはユリウスを威嚇しているようだ。


「お前こそ接客に戻れ」

「私……接客向いてない……さっきのテイクアウェイオーダーが……私がとった初注文……」

「ずっと表にいたのにさっきのが初注文なのか?確かにお前は接客は向いてなさそうだが……」


「そうですね。ではリリーナさん、具材を挟んでいってください。私はそれをトーストしていきます」


リリーナちゃんが接客向きの性格でないことは納得できるところだったので、ミモザはそのまま厨房を手伝ってもらうことにした。

厨房はまだまだ猫の手を募集している。



「おーい、ユリウス。そっちに人増えたんなら、お前はこっちでスープ混ぜるの手伝えよ」


厨房の反対側で、テキパキと注文をさばいていくライナスから声がかかった。

呼ばれたのが自分の名前だと気が付いたユリウスは、ゴキブリでも見るような顔をした。


「……は?」

「おいおいなんだよ。なんでそんなに嫌そうな顔すんだよユリウス」

「元々こんな顔だ」

「そうか?ミモザちゃんと話してるときは楽しそうにしてるじゃないかお前」

「何を言っている意味が分からん黙れ」


叩き潰そうと思ったゴキブリがこちらに跳ねてきたので驚いたような顔をして、ユリウスはライナスを黙らせようとすっとんでいった。



だが、そんなユリウスの手に一つの大きなお玉が手渡される。


「じゃ、これ混ぜてな」


懐に突っ込んできたユリウスに、まんまとお玉を持たせることに成功したライナスはニカッと笑った。

いかにも兄貴っぽい余裕のある笑顔である。


「……くそ」


持たされたお玉を床に投げ捨てるわけにもいかず、任されたスープを見捨てるわけにもいかず、ユリウスは渋々スープの面倒を見始めた。


「お前ほんとはいいやつだもんな。だからお前とはずっと仲良くしてみたいと思ってたんだよ俺は」


ライナスはユリウスの隣に並び、スープをよそったりテイクアウェイの準備をしたりすることにしたようだ。

助手を手に入れて、ライナスは楽しそうだった。


一方のミモザはリリーナちゃんを新たな助手とし、サンドイッチを再び作り始めた。




こうして厨房は新たな人手を確保し、閉店までノンストップで仕事を続けたのであった。




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