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ランチタイムの厨房は戦場




「ミモザちゃん、サンドイッチ5、それからテイクアウェイで6頼める?!」

「うん!」

「肉肉スープ3人前よろしく!」

「おうよ!」

「ミートパイ、あと何分で上がる?!」

「あと30秒!」


客入りはなかなかで、ミモザたち調理係は嬉しい悲鳴を上げていた。

スープはいくつもの鍋に作り置きがしてあって温めるだけだし、サンドイッチは具材を挟んでこんがり焼いていくだけ。ミートパイは注文が入ったら温めなおすが、木の実ケーキはクリームを添えて出すだけ。

メニューは美味しく簡単に吟味したのだが、注文が一気に入ってくるとやはり忙しい。

その上誰がアドリブで言いだしたのか分からないが、テイクアウェイまで承りはじめた。


「ミモザちゃん、さっきこれトマト抜きでってお願いしたやつトマト入ってる!」

「ああ、ごめんなさい!」

「ごめん、肉肉スープお盆にこぼしちゃった!新しいのください!」

「おいおい、勘弁してくれよ。ったく仕方ねーな」

「木の実ケーキ、クリーム乗せ忘れてるよー!」

「えっ、やだ私ったら!」


接客係とのコミュニケーションも戦場のようだったが、厨房内は更に修羅場のようだった。


「ちょ、ミモザちゃん、バターナイフそんなに振り回したら危ないって……あっぶね、防御魔法使ってなかったら顔面にバターぶち当たってたとこだった」

「あ、ごめんなさいライナスさん」

「きゃー!またガシャーンって!ライナスさんごめんなさい!」

「大丈夫か?俺箒もってくるから触んな!……てか皿割ったの今ので何回目だよ。このままだと使える皿なくなるぞ」

「ライナスさん、早く作らなきゃと思って出力最大にしたら生クリームの泡だて機械が壊れました!生クリームが飛び散るんです、直してください~!」

「おいおい!それは壊れてるんじゃなくて最大出力にするから駄目なんだって!厨房生クリームまみれじゃねーか!」


バターが宙を舞い、皿が粉々に砕け、生クリームが床を覆う。

まさに厨房は修羅場であった。


それでも注文はあとからあとからやって来るのでテンテコ舞いをしていたら、ミモザの横にすっと長い影が立った。



「おい、箱に詰めるくらいなら俺にもできる」


壁に張り付いた生クリームに顔をしかめながら、そう言ったのはユリウスだった。

執事の衣装はどこかに脱ぎ捨てて来たらしく、身軽な服装だ。


「あ、ユリウスさん。迷子係を放り出して何しに来たのですか」

「は?まだ言ってるのか。そんなものはしていない」

「需要があるのに」

「そんなものもない」

「まあ、どうでも良いのですけどね」


「それより、箱に詰めていけば手伝えるか?」


ミモザが忙しく動かしている手元を覗き込んだユリウスは既に腕まくりをしている。

まあいい。猫の手も借りたかったところではあるのだ。

試食係はクビにしたが、箱詰め係としてならまた採用してあげてもいい。


「厨房はこのとおり戦場ですけど、ユリウスさんは我々についてこれますか」

「箱に詰めるくらいなら」

「ではまず、サンドイッチの箱詰めを4つお願いします。私は向こうでトーストしてきます」

「わかった」


真剣な顔のユリウスがコクリと頷くのを確認して、ミモザはトースターに駆け寄った。

途中で生クリームを踏んだが、もう気にしていられない。


サンドイッチの箱詰めをしながら、サンドイッチの具材を挟んで、サンドイッチをトーストする。

注文が一気に入るとどれも大変な作業になるのだが、

このトーストする過程が一番じれったい。


焼いている時間に他の事をしようと目を放して、ミモザはもう二度もパンを焦げ焦げにしている。


トースターの中を覗き込むと、もうアウト5秒前のところだった。

ギリギリだった。早く取り出さなくては。



「あ、熱!」


ジュッと音がして、思わず声が出た。

トースターの中に手を突っ込んでパンを外に出そうとして、指がトースターの内側に触れてしまったのだ。


「大丈夫か?!」

「火傷?大丈夫かよ?」


パンだけは焦がす前にトースターから出さないといけないという責任感に駆られ、指を庇いながらパンを引っ張り出していると、2つの影がミモザの所に殺到した。


テイクアウェイの箱をほっぽり出したユリウスと、同じ調理班の仲間であるライナスだった。

お玉を持ったままミモザを心配してくれたライナスは、以前アイリーンのメイクの見本になっていた魔法使いだ。

だが実は接客組ではなくミモザと同じ調理組で、肉肉スープのシェフである。

男らしいライナスの男の料理である肉肉スープは試食したが、肉が柔らかくてとても美味しかった。


「なにやってんだ。ミモザちゃんはほら、すぐ冷やす。ユリウスはそのパントースターから出しといて。焦げちまうから」


テキパキと指示を出したライナスは、ミモザの火傷した手をぐいっと引いた。

分厚くて大きいライナスの手はミモザの手を強引に水道まで誘導し、勢いよく出てくる冷水に突っ込んだ。


「火傷したらすぐ冷やす。パン焦がさないようにしたかったのかもしれないけど、火傷の処置は速さが大切だろーが」


ザバザバと水を流している間、ミモザの手はライナスに後ろから握られて固定されたままである。

ミモザの火傷した方の手は勿論だが、ライナスの手にも一緒に冷水がザバザバかかっている。


ザバザバザバザバ。


一緒に調理班になってよく話すようになったのだが、ライナスは気さくな魔法使いだ。

この創立際の準備をきっかけに、色々話してくれるようになった。

彼には妹が三人いるらしく、料理を作るようになったのは両親に代わって家事をするようになったからだとか。

そのせいか面倒見がよく、親しみやすい。

総じて兄貴属性の魔法使いだ。


だから心配してくれているのは分かるけど、えーと、いつまでこの姿勢でいればいいのだろうか。

後ろからぎゅっと手を固定されているなんて、なんだか手洗い指導を受けている子供にでもなった気分である。


目を離したらミモザが火傷も顧みずサンドイッチ作りに戻ってしまうことを心配しているのだろうか。

でもそんなに臨戦態勢でつきっきりの心配しなくともいいのに。


「えーと、肉肉スープ、沸騰してますから鍋の方に行った方がいいですよ」


「え?あっ、やべ!」


ライナスは慌ててボコボコ煮立っている肉肉スープの方に駆けて行く途中で、大人しく手に冷水をかけていたミモザの頭をポンポンと撫でた。

ミモザには兄が二人いるのだが、その動作は何となく一番上の兄を彷彿とさせた。






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