学園祭といえばメイドと執事だろう、常識だ
「ユリウスさん、アイリーンさんは執事カフェなんていいのではと言っていました」
「羊カフェか?」
「いいえ、バトラーの方です」
「ああ……却下だ」
「では侍女カフェでしょうか。フリフリのスカートをはいてエプロンを付けたら雰囲気が出るかもですね」
「フリフリ……。いや、却下だ。お前はカフェから離れろ」
「む……。では防衛魔導学部ですからボディーガード屋さんなんてどうです?」
「そんなもの文化祭で需要はないだろ」
授業が終わり人がまばらになった防衛魔導学部の教室では、ミモザとユリウスが書類とにらめっこしながら話をしている。
もうすぐ、創立記念祭と言う大きなイベントが始まるからだ。
この学園創立記念祭では学部ごとに何か出し物をすることが通例だ。
それは学部ごとに伝統的に続いてきた出し物は主に2,3年次ですることになるが、一年次の間は食べ物の屋台であったりパフォーマンスであったり自由に決められる。
防衛魔導学部の主席であるユリウスは、教官に押し付けられて創立記念祭の指揮を任されていた。
そして、不愛想の権化のような彼が上手く皆をまとめることができるのだろうか、と心配したミモザが彼を手伝うために共に居残りをしているというのが今日の経緯だ。
この学園には、学園創立記念祭以外にも多くの伝統的な行事がある。
訓練遠征や武芸大会、音楽祭や他学園交流会など様々だが、今月末に控えている文化祭はその中でも一二を争う人気の行事だ。
ミモザにとっても、とても楽しみな行事である。
なぜなら文化祭当日は、難しい講義やきつい訓練がなくなるからだ。
「隣の空間魔導学部はお化け屋敷をするそうですけど、私たちもそれくらいインパクトがあるものにしたいですよね」
「インパクト……といえば花火か?」
「花火は航空魔導学部の2,3年が合同ででかいやつを打ち上げるそうですよ。花火と一緒に曲技飛行もするらしいです」
「そうか、空はやつらの管轄だからな。じゃあ花火案も却下だ」
ユリウスは書類に記された花火という文字を斜線で消していた。
こうして話し合いの末たくさんの案がボツになっていき、最後に残った二つ三つを学部の皆に提案して最終決定をすることにした。
「はいは~い!じゃあ、女装男装カフェに決まり~!」
学部の皆の前に立ち大きく手を挙げて盛り上がっているアイリーンを見て、ユリウスは大きなため息をついた。
先日、ユリウスが絞った無難な出し物の候補は皆の票を得られず、どうしてもカフェから離れられなかったミモザが提案だけはさせてくれとユリウスに懇願した男装女装カフェに票が集まったのが気に入らなかったらしい。
アイリーンと同じように喜ぶミモザの隣のユリウスは、見るからに不機嫌そうだった。
「何でこんなものに票が集まるんだ」
「二年になったら防衛魔導学部は3年と合同で殺陣を披露するのが伝統らしいではないですか。だから一年次のうちに羽目を外しておくべきだってルドルフさんが言ってました。だから、そう言うことなんだと思います」
「だからと言って女装はないだろ……」
「でもユリウスさんは顔が綺麗なので女装も似合うと思います」
「そんなもので慰めているつもりか?」
大きなため息をついているユリウスの横では、アイリーンやルドルフ君たちが盛り上がっていた。
どんな衣裳を着るかどんなメニューにするか、早速ワイワイガヤガヤやっているようだ。
「ユリウスー!」
その盛り上がりの中から、ルドルフ君がユリウスの方にやって来た。
彼の手には街の仕立て屋のチラシや、服飾のデザインブックが握られている。
「ねえユリウス!僕にはどんな衣裳が似合うと思う?お姫様風のドレスかな?それとも町娘風のワンピース?……あっ、ユリウスの好みを聞いたのは別に深い意味はないからさ、勘違いするなよ?」
「……黙れうるさい」
ただでさえ機嫌が悪かったユリウスはキャピキャピしているルドルフ君を見て、益々機嫌が悪くなった。
そしてユリウスの冷たい瞳で貫かれたルドルフ君は、ミモザの背中にピュンッと隠れる。
「……ねえミモザちゃん。ユリウス、何でこんなに機嫌悪いの?もしかして、女装したら僕が他の男に取られるとか思ってるから?はあ、僕は男には興味無いって言ってるのに……」
「……」
「ユリウスはかっこいいし頭いいし、友達としてはいい奴なんだけどさ、付き合うとなるとまた話が違うだろ?」
「……」
「ほら、僕はさ、申し訳ないけど女の子の方が好きな訳で。あいつの趣味にはちょっと付き合ってやれそうにないんだ」
ルドルフ君は後ろからミモザに引っ付いたまま耳元で喋り続けている。
このコソコソ話を止めてくれる気配はない。
「困った友達を持っちゃったな。でもあいつ、愛想なくて僕ぐらいしか友達いないからさ、出来るだけ仲良くしてやりたいんだ」
ルドルフ君がそう言って勝手に肩をすくめた時、ユリウスがミモザに引っ付いていたルドルフ君をわしっと掴んだ。
「消えろ」
目を丸くしたルドルフ君を掴んで、ユリウスは一瞬で教室から外にぶん投げていた。
ぶんっ、べしゃ、ばたん!!
「開けろよ~ユリウス~!」
教室から締め出されたルドルフ君は扉をバンバン叩いて許しを乞うていたが、ユリウスはガン無視だった。
殺気が駄々洩れのユリウスだが、流石にルドルフ君を握り殺すのは思い留まったようだった。
ぎゅっ……。
ルドルフ君がようやくいなくなったと思いきや、またミモザの背中にくっついてきたものがあった。
「ミモザちゃん……私、男装したミモザちゃんとあんなことこんなことしたいな……」
わかめのような黒い長髪を、でろでろと垂らしたリリーナちゃんであった。
「ええと、私は食事を作る係に立候補したいなと思っていまして。男装はしないと思います」
「じゃあ……男装した私とあんなこととか、しよう……?」
「え?まあいいですけど」
「いいの……?嬉しい……!」
「ところで、あんなこととかってなんです?」
「うふふ……それは、私が……」
じゅるり。
適当に安請け合いしたミモザの返事を聞いて、リリーナちゃんが舌なめずりをした。
長い髪の間から覗く彼女の瞳が興奮して輝いている。
「あとで……いろいろ……教えてあげるね……」
「?」
一人男装した女の子二人組でするあんなこととかこんなことといえば、恋人ごっことか結婚式ごっことかだろうか。
そういえば以前、従姉の息子が恋人ごっこや結婚式ごっこをやりたいと言ったので、付き合わされた記憶がある。
ミモザがやれやれと首を傾げた時、教室の中央にいた人だかりがワーッと歓声を上げた。
「見て!これがあたしの実力よ!」
声のする方を見ると、ふんぞり返るアイリーンを囲んである者は念写を撮りある者は拍手をしていた。
何事かと思ったミモザが、リリーナちゃんをまとわりつけたままアイリーンの手元を覗くと、そこには見たことのない体格の良い女子生徒がいた。
髪を緩く巻いて、目元をぱっちりとさせた可愛い女の子。
だがこの女子生徒、ローブの下にパンツをはいているようだ。普通女子の制服はローブの下にスカートなのだが。
「これ、ライナスだよ!めっちゃ可愛く仕上がったよね。これならうちらの男装女装カフェ成功間違いなし!」
「えっ!これがライナスさんですか」
「そ~だよ~。あたしのメイクすごいでしょ」
カツラを付けてアイリーンにメイクをしてもらったらしいライナス君は、防衛魔導学部の生徒の一人だ。
たしかライナス君は男らしい顔をしていたと記憶があるのだが……。
女子生徒になったライナス君は確かに面影はあるが、普通に女の子になっていた。
メイクでここまでできるものなのだろうか。
アイリーンは防御魔法の才能は皆無だが、もしかしたら変身魔法でも使えるのではないだろうか。
「当日のみんなのメイクはあたしが担当してあげるね!」
胸をどんと叩いたアイリーンはまたしても喝采を浴びていた。
たしかに、この完成度ならばカフェの成功は間違いなさそうだ。
……そんなこんなでミモザたちは創立記念祭の準備を始めたのだった。