食べ物をくれるやつに悪人はいない
「昨日、お前は昼を食べていなかったな」
次の日の朝、ミモザが席に着くと、左隣の眼鏡男が少しだけ申し訳なさそうに呟いた。
ミモザの方を見てはいないが、ミモザに対して話しているのだろうと言うことは分かった。
「誰かさんにあげてしまいましたから。まあ、食堂にでも行けばよかったのでしょうけど、おなかはすいていませんでしたので」
「これをやる」
眼鏡男が差し出したのは、フワフワの白パンが入った紙袋だった。
眼鏡男の鋭い印象とは正反対の、穏やかな色をした袋に入ったフワフワのパンだ。
「ちゃんと食べろ」
「昨日の貴方こそ、ちゃんと食べていなかったのではないですか?」
「朝はなかなか起きられない」
「でも、今日はちゃんと起きられたのですね」
「それはどうでもいいだろ」
「まあどうでもいいですけど。でも丁度良かったです。私、今日の朝食べ損ねましたので、早速いただいていいですか」
「好きにしろ」
膝の上にパンの包みを置き、それをガサガサやってフワフワのパンを取り出した。
「いただきます。あれ、まだ温かいですね。焼き立てですか?いいにおい。貴方も一口いかがです?」
「い、いらない。全然焼き立てじゃない。お、俺はもう行く」
「どこへ行くのです?もうすぐ予鈴鳴りますけど」
ガタンと音を立て眼鏡男は立ち上がってどこかへ行こうとしたが腕時計を確認したミモザが呼び止めると、彼はすごすごと自分の席に帰ってきた。
一瞬目が合って、恨めしそうな顔で睨まれた。
その時、少し頬が赤いなと思ったのは気のせいだっただろうか。
ミモザが彼を2日間眼鏡男、と呼んでいたのは名前を知らなかったからだ。
しかし、次の実習訓練の時間に彼の名前はユリウス・グレイシャーというのだと判明した。
誇らしそうに彼の名前を呼んだ教官が彼は防御魔法の申し子だと、そんなようなことを口走っていた。
その実習で彼が見せた実力は、防御魔法の申し子そのものだった。
恐ろしく強固で、恐ろしく頑丈。まるで城塞のような魔法壁を一瞬で展開していたのだ。
国防本部が日夜相手にしている、魔法使いの肉が好物の人狼や狡猾な吸血鬼達とも、既に渡り合えるレベルなのではないだろうか。想像だけど。
教官に褒められて彼はうんざりした顔をしていたが、ミモザはやっぱりなと思っていた。
席は隣ではあるが、天才と凡才の間には大きな壁がある。
ご近所のよしみでサンドイッチはあげたりしたが、元々はミモザとは全然違う世界の住人なのだ。
多分、天才と凡才とで見えている光景は違うんだろう。
何もかもうまくいくことが当たり前で、きっと何不自由なく充実した日々を過ごしているんだろう。
その才能の高みから見える景色はどんなものだろうか。
……まあ、ミモザには関係ないことなのだから、どうでもいいのだけれど。