一撃必殺「生理的に無理」
「なに……?ああ。ユリウスか。ミモザちゃんは俺とデートしたいんだけど、何してるの?」
ユリウスが反射的に伸ばした手を見たアルベルは嬉しそうな、そして勝ち誇ったような顔をした。
唇が三日月型につり上がって、見下ろすように笑っている。
「俺とデートしたいミモザちゃんに迷惑でしょ。離しなよ」
「……」
「俺とデートできるのに、君に引き留められて喜ぶ女の子がいると思う?そんなことも分からないんだね、君は」
ここぞとばかりにユリウスにネチネチ攻撃をし始めたアルベルは、存在さえ忘れられていた屈辱を晴らす機会を得たと思ったのか、生き生きしだした。
意地の悪いイケメンである。
そして思わぬ攻撃を受けたユリウスは、ぐっと返答に困ってミモザの手を放してしまった。
自信満々なアルベルは引き続き自らのモテっぷりをユリウスに披露し、ミモザにはバチンとウインクをしてきた。
……うーん。
こんなに自身に満ち溢れた人の鼻っ柱を折るのはトラウマを植え付けてしまいそうでしたくないのだが、正直に言わねばデートとやらに連れまわされる運命が見える。
ユリウスが戦闘不能で、周りのルドルフ君やアイリーンはニヤニヤ笑って見ているだけ。となるとやはり自分でどうにかするしかない。
力で敵わないのなら、正論突破だ。
ミモザはふうと息を吸い込んだ。
「あの、私、アルベルさんとデートとかは行きたくないです」
「ん?今なんて?」
キッと視線を送っても、アルベルはきょとんとするばかりだ。
「私、アルベルさんとデートに行くの、嫌ですけど」
「え?照れてる?」
「照れている訳ではなくて、本気で嫌がってます。嫌です、貴方と二人でどこかに行ったりするのは本当に嫌です」
「ん?いや?」
「はい、嫌です。無理です」
「いやって、嫌!?」
ガーン!
大きな鐘がなったみたいに震えて、アルベルは行動を停止した。
「嫌………?俺が………?この俺とデートしなくないってこと……?まさかミモザちゃんはブス専……?それとも男嫌いか……?いや待てよ……そうかツンデレか!……ああそうだ。彼女はそうやって俺の気を引こうとしてるんだ……」
ブツブツブツブツ。
ミモザの手を放したアルベルは眉根を寄せて何かを呟いている。
「そうだ、よく考えてみればミモザちゃんの一連の行動はまさしくツンデレだ……嫌よ嫌よも好きのうちだからな……!」
良く聞き取れなかったので分からないが、アルベルの中で答えが出たらしい。
瞳に輝きを取り戻した彼は頭を上げて、ミモザの手を握りなおした。
「ミモザちゃん、君の不器用な表現しかできないところが堪らなく可愛い!本当は嫌じゃないんだろ、俺とデートするの!」
「嫌だと言ってるじゃないですか」
「そう言う恥ずかしがり屋なところも可愛いよ!」
「別に恥ずかしがってません」
「全く!そう言うこと言うけど、結局俺が気になってるんだよね?」
「早く手を放してください」
「嬉しいけど恥ずかしがって、気を引きたいからそう言うこと言っちゃうんでしょ?そういうことしちゃうよね、ツンデレの子って」
「私にそんなつもりは全くないのですけど」
「天然でやってるの?可愛い」
悪戯好きの子猫でも見るような顔で、アルベルはまたしてもミモザの頬に触れようとしてきた。
止めてくださいとは言うが、ミモザの片手はまだアルベルにぎゅっと握られているので、ミモザが彼の手を避けられる範囲は限られている。
バチッ!
アルベルの手がミモザの頬に触れる前に跳ね返された。
手と頬の間に、小さな防御魔法が展開されたからだ。
正確で緻密で、薄いのに強度があるこの魔法壁はユリウスのものだ。
「……突き指するとこだったんだけど。ユリウス、君は負け犬らしく引っ込んでてよ」
弾かれた手をブラブラさせて、アルベルは薄く笑った。
そのアルベルの前に、ユリウスは静かに立っている。
「……こいつは嫌だって言ってるだろうが」
「嫌だって泣いてるわけじゃないし、なにより俺と手は繋いだままでしょ。ミモザちゃんはただツンデレなだけ。嫌だって本気で言ってるわけじゃない。俺たちはじゃれてるんだよ。そんなことも分からないの?」
確かにミモザは泣いてはいないし、ずっとアルベルと手を繋いだままである。
それをちらりと横目で見たユリウスが、心なしかしょんぼりしながらミモザに問いかけてきた。
「お前はその、こいつが言うようなツンデレ……なのか」
「まさか。私は本気で嫌がってます」
「では手は……」
「手はですね、アルベルさんの握力が強すぎて全然振りほどけないんですよ。さっき防御魔法も展開してみたのですけど、アルベルさんびくともしなくて……」
飄々とした顔のアルベルの手には、猫に引っかかれたような傷があった。
これがミモザの仕業なのだが、強襲魔導学部のエース・アルベルにとっては蚊が刺した程度の傷なのだろう。全く歯が立たなかった。
「なら、恥ずかしがっている訳では……ないんだな」
「はい、ないです」
「そうは言ってるけど、どうせもう好きになってきてるんでしょ、俺の事。ほら、俺とこのユリウスだったら勿論俺の方がいいでしょ?」
ミモザがしっかり嫌がっているのを見てもまだ、アルベルは勝ち誇ったような顔をしている。
唯我独尊男は、とんでもないポジティブ野郎でもあるらしい。
「ね?ミモザちゃん」
「まあ、アルベルさんと比べるなら、ユリウスさんの方がいいですけど」
「え?!」
「はああああ!?」
特に考えず間髪入れずにミモザが返事をすると、アルベルとユリウスは声を上げて驚いていた。
そんなに驚くようなことだっただろうか。
アルベルはちょっと強引な奇行が目立つから、勉強を教えてくれるユリウスの方がいいに決まっているではないか。
「お、お前っ……その……」
「待って待って!俺は女の子に優しいし、喜ばせ方も泣かせ方もみんな心得てるよ……?ユリウスは見るからに不愛想じゃない?目も鋭いし……」
ユリウスは壊れたようにソワソワしだし、アルベルは焦ったようにミモザに縋りついてくる。
「個人的には、アルベルさんよりユリウスさんの方がモテると思いますけど」
アルベルは明るくて爽やかで人気があるのかもしれないが、ユリウスの方が何だかんだ面倒見もいいし優しいと思う。
ほら、アイリーンだってアルベルには興味がなさそうだが、ユリウスの事は狙っていると言っていたし。
「待って待って待って。仕切り直そ。もう一回聞くけど、俺の方がいいよね?ツンとか無しで真剣に教えて、ミモザちゃん」
「とりあえず、アルベルさんは苦手なタイプです。割と生理的に無理です」
このミモザの個人的な意見は、プライドの高いアルベルに致命傷を与えることとなった。
「……え?……いや、意味わかんないんだけど……てか俺振るとかないだろ……そうだろ……?俺が一番強い、俺が一番モテる……だろ……?」
先ほどまでドヤ顔をしていたアルベルは、完全に戦意を喪失したようだった。
彼は生気のなくなった顔でフラフラと教室を出ていく。
焦点の合わない目をしていた。それに足取りもおぼつかない。
……うーん、大丈夫だろうか。
小石にでも躓いて、こけて頭を打って死んだりしないだろうか。
少し言い過ぎたかなと思いながら、ミモザはアルベルの背中を見送った。
その後、ニヤニヤしたアイリーンが耳元で教えてくれた。
「アルベル様はモテモテのツヨツヨで常にトップを走ってきたような人だからな~。ミモザちゃんに言われたことがショックだったんだろうな~。生理的に無理って。しかもみんなの前で」




