約束はすっぽかすためにある
昼休みが終わった次の授業は、対術防衛魔導のクレー教官の講義だった。
クレー教官は、ミモザに術耐性があることが分かってから人が変わったようにスパルタになった教官のうちの最も恐ろしい一人だ。
自分が対術防衛魔導の専門だからミモザが不出来だと我慢がならないのか、ミモザにだけ常軌を逸した厳しさを見せてくる。
そして今日のミモザはやらかしてしまった。
しっかり予習をしていたはずなのに、教官が必須だと念を押していた箇所を間違えてしまったのだ。
当てられて答えを発言したミモザの隣でユリウスが「そっちじゃなくて、第二術式の方だ」と小声で教えてくれたが、時すでに遅し。
「ミモザさん。先日私が3回も繰り返した重要な術式を、貴方はすっかり忘れてしまったようですね……?」
ミモザの致命的な間違いを指摘したクレー教官は、ミモザに大量の宿題を提出するよう要求した。
……終わった。
今日の放課後、チョコレートを買いに行く暇なんてもう微塵も無くなった。
……
その夜。ミモザが必死こいて勉強をしていると、真っ白でフワフワな梟がミモザの部屋の窓をコンコンとノックした。
梟の手紙だ。伝書梟は魔法使いにとって最も手軽な連絡手段なのである。
窓を開けて中に迎え入れてあげたその梟がくわえていたのは、アルベルからの手紙だった。
上品な羊皮紙に、藍色のインク。
流れるような筆跡だった。
一緒にいて楽しかった。のんびりした。可愛いね。綺麗だね。他の女の子とは違う気がする。明日の昼も一緒に食べよう。
そのようなことが書かれていた。
流石、くさい言葉がつらつら書かれている。
……でも、今はそれどころではないんだ。
ミモザには、明日の昼の事を悠長に考えていられるような時間はない。
手紙をさくさくっと読み終わってから、また宿題とのにらめっこに戻った。
宿題が終わらない。
宿題地獄だ。
やってもやっても、終わらない。
調べても調べても分からない。
多分今日は寝る暇などない。
これを明日の朝までに終わらせなければ、恐ろしいクレー教官がミモザを待っているのだ。
次の日の早朝、全く寝られない夜を過ごしたミモザはユリウスに宿題について教えを乞うて、何とか無事に宿題を提出した。
それからは気合で眠気を堪えて講義を受け、船をこぎだしそうになる自分自身を必死に叱咤して、ミモザはなんとか昼休みまで耐えきった。
「午前の講義、良かった全部終わった……!」
昼休みが始まる鐘が鳴る。
何とか耐えきった!
だがもう限界だ。
昼休みはなにか予定があったような気がしなくもないが、もう無理だ。
眠たい。
「ユリウスさん、昼休みが終わったら起こしてくれませんか……」
既に半目のミモザは最期の力を振りしぼり、隣の席のユリウスに話しかけた。
「こ、ここで寝る気か」
「もうどこでも寝られる気がします」
ユリウスの隣の席で目を閉じたミモザの眠気は限界を超えていた。
今少しでも寝ておかないと、午後の訓練で絶対に死んでしまう。
「あ、忘れるところでした。ユリウスさんのサンドイッチ、はいどうぞ……ここで食べてくださいね……すう」
徹夜だったがサンドイッチ作りはもはや習慣になってしまっていて、朝半分寝ていても手が勝手に動いて完成させてくれていた。
そんな訳で忙しいのに作ってしまった今日のサンドイッチをユリウスに手渡し、ミモザは自分の席に突っ伏した。
そして速攻で寝息を立て始める。
「お前は……」
「すう……」
「ここで食べろというが、俺はいつもここで食べてるだろ。お前がどこかに行くだけで……」
「すうすう……」
ユリウスの困ったような顔を最後に、ミモザの意識は完全に途絶えた。
「おい……ポンコツ……ミモザちゃんが寝てるときに、誰も見てないと思って髪に触ったりしないで……」
「は、はああ?!そんなこと頼まれてもするか!」
「ああ?……今ミモザちゃんの事めっちゃ見てただろ、このポンコツ……」
「み、見てない!こいつの机を見てたんだ!」
「ああ……?」
「も、木目を数えていたんだ!」
「……はあ……こんなポンコツの癖に、ミモザちゃんの寝顔見ながらミモザちゃんのサンドイッチ食べるなんて幸せ享受して……許せない……呪ってやる……ふんっ!」
「おい、本気で呪うな!」
「ポンコツの癖に呪詛返し……生意気」
「いや、生意気とかではなくて……
それよりお前、こんな高度な呪いを編めるのか。なら防衛魔導学部ではなくて呪詛魔導学部の方が向いてるんじゃないか」
「……私は対呪術防御魔法、呪詛返しが一番得意なの……だからミモザちゃんと一緒の防衛魔導が一番向いてるんだ……」
……夢の外側から聞こえてくるようなこの声は多分、ユリウスとリリーナちゃんだ。
何を言っているかは聞こえないが、楽しそうに話をしている感じが伝わってくる。
2人とも仲がいいようで何よりだ。むにゃ。




