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「また今度」、今度なんて永遠に来ない



「ミモザちゃん、昨日と同じ場所でお昼食べようって言ったのに何で全然違うところに居るの?俺、そこら中探したよ」


「……!?」



教官たちにしごかれて疲弊しきっているミモザの唯一の癒しは、昼休みに静かな場所でとことんボンヤリしながらサンドイッチを食べることだ。


ミモザの一番のお気に入りの場所は第二庭園の隅っこにある目立たないベンチだったが、今日は違う場所にいた。

旧温室の裏にあるベンチだ。

人目に付かない日陰で、涼しい場所だ。

ここならば静かにボンヤリできると思ったのだが、アルベルは何故かミモザの居場所を突き止めていたのだった。


「俺の事避けてた?」


アルベルの困ったような笑顔は、会った時のように明るい。

昨日のショックからは一晩で立ち直ったようだった。


「ええと、まあ、そういうことになるのでしょうか。静かに休みたいので」


「そっか。ミモザちゃんは静かな方が好きなんだ。なら俺喋らないからさ、隣にいていい?」


「それでもやっぱり気を遣ってしまいますので……」


暗にどこかに行って欲しいなと伝えたのだが、それを無視したアルベルはミモザの隣に腰を下ろしてきた。

空気が読めないのか空気をあえて読まないのか、モテる男の考えていることはよく分からない。


「喋らないし、気も使わなくていいように寝てるから」


喋らないし寝るのなら、わざわざミモザの隣に来る必要もないのでは。

しかしそう抗議してしまうと、なんだかんだ会話が続いてしまう恐れがある。

イケメンチャラ男のコミュニケーション能力が卓越していることは何となく把握済みだ。




もぐもぐもぐ。


ミモザは極力隣で目を瞑っている存在を視界にいれないようにして、黙々とサンドイッチを食べ進めた。


今日のサンドイッチの具材はポテトサラダとチキンだ。

ユリウスはこれを教室で食べているだろうか。


最近ではユリウスが毎朝のように白パンをくれるので、そのお礼にと言っているうちにミモザもユリウスの分のサンドイッチを毎日作ってくるようになってしまったのだ。

恐ろしいことに、もうほとんど習慣化してしまっている。



「そうだ。喋らないって言ったけど一個だけいい?」


「なんでしょう」


「これあげる」


金髪碧眼で爽やかさの化身のようなアルベルは、いかにも女受けしそうな笑顔を作りながらミモザの手のひらに小さなものをコロンと落とした。


その小さなものは、今街で話題の柘榴チョコレートだった。

金の包み紙に包まれたチョコレートには、話題の店名が印字されている。

流行を追わないミモザでも耳にしたことがある店名だ。


「ミモザちゃん、甘いものが好きそうな顔してるから」


「えっ。わ、私太ってますか?」


「あはは、そういう意味じゃないよ。全然太ってない。俺の経験則では、綺麗な子は甘いものが好きなんだ」


「そうでしたか。良く分かりませんけど」


「分からなくてもいいよ。時々自分がどれだけ綺麗なのか分かってない子もいるからね。

で、俺も甘いものは好き。食べると元気出るよね」


頷いたミモザは早速チョコレートの包みを開けた。

そして中から出て来たコロンとして可愛いチョコレートを摘まみ、ポンと口の中に放る。


「……!」

ほろりと口の中で開いたチョコレートは、話題になるだけあって衝撃のおいしさだった。


なんだこれは。

甘くて酸っぱくて、爽やかで濃厚で。

柘榴とチョコレート、癖になりそうである。


「美味しい?」


「はい、美味しいです」


「よかった。ミモザちゃん嬉しそうな顔してる。明日も持ってこようか?」


「いいえ、大丈夫です」


「遠慮しなくてもいいのに」


「遠慮というか、今日か明日に自分で買いに行きますので」


食べることに強いこだわりは無いミモザだが、甘いものは割と好きだ。

そしてこの美味しいチョコレートは箱買いしたいかもしれない。

それから両親や2人の兄にも買って送ってあげたら喜ぶかもしれない。

ミモザの家族は全員揃って甘党なので。


「じゃあ一緒に行く?」


「え?」


「チョコレート買いに、デート」


微笑むアルベルはごく自然に提案してきた。

かっこいい男性に積極的に誘われたら、遊びだと分かっていてもときめくものなのかもしれないけど、ミモザの心臓は全くの平常運転だった。


それより真っ先に考えたのは、どう断るかだった。


「いつにする?」


「いえ、遠慮しておきます」


「俺はミモザちゃんに合わせられるよ」


「私はフラッといってフラッと帰りたいので……」


「じゃあ2人でフラッといってフラッと帰ろ。いつがいい?」


「約束するとフラッと行けなくなるじゃないですか」


「ミモザちゃんがフラッと行くのに俺がついてくだけだよ。いつ行くの?」


「うう……じゃあ、また今度ってことで」


アルベルの笑顔はハイという返事以外は聞かないと脅しているようだった。

世の中のチャラ男はこうも手ごわいのか。

こうして面倒臭くなってきたミモザは、最終手段である「また今度、と言って今度など永遠に来ない」という社交辞令作戦を決行することにしたのだった。


どうせアルベルもすぐミモザに飽きてくれるだろうから、こんな感じでいいだろう。

アルベルにはこうやって適当に言っておいて、チョコレートは一人で買いに行けばいい。



「ん、分かった。今度ね」


しかしミモザの予想とは違って、アルベルはニコッと満足そうに笑った。


彼がいい笑顔で笑ったのは何故だったのかは分からないが、もうそろそろ予鈴が鳴るころだ。

ミモザは深く考えずに、教室に帰ることにした。


頭の中では、今日の放課後か明日の放課後に、さっと一人でチョコレートを買いに行く計画を練っていた。





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