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スイッチを切ればなんでも止まる



「お前、資料ちゃんと読んだか!出力は相手の耐性よりほんの少し上げるだけだ!いきなり最大にしてどうする!」


ふぎゅ!と何かがぶつかる音がしたと思ったが、ミモザがルドルフ君に襲われることはなかった。

代わりに頭上に影が落ちた。


ユリウスだった。

そして、寄ってくるものを全て拒絶するような色をした大きなドーム型の魔法壁が、ユリウスとミモザを獣と化したルドルフ君から守ってくれていた。

ミモザとルドルフ君の間に割って飛び込んできた一瞬でこんなすごいものを形成できるなんて、やはりこの男は天才なのだろう。



「ごめんなさい。でも、助かりました!」


「!……出力も、下げてないのに、目、合わせるな、馬鹿……!!」


すっかり助かった気になって笑顔で顔を上げたら、ユリウスと目が合った。


アッと思ったのも束の間、ユリウスが眉をしかめて苦しそうに呻いた。

装置が起動している間に目を合わせたが故に、うっかりユリウスにまで魅了魔術がかかってしまったのだった。



……しまった。

魅了魔術の出力全開でこんな密室に閉じ込められていたら、ルドルフ君の時より状況はヤバそうだ。

いや、防御魔法の申し子である天才様なら最大出力でも耐え切って見せるだろうか?

うんそうだな。普通に耐え切ってくれそうではある。


ミモザが悠長に頷いたその瞬間、ユリウスが膝を折り、後ろから崩れるように腕を回してきた。

思わずビクッと反応すると、さらに強く腕を絡められた。


「逃げるな……」


彼は覆いかぶさるように、拘束するように抱きしめてくる。

力が強い。

ミモザは振りほどくことも出来ず、動けないままでいる。


「だから、これを耐えるのは無理だ」


熱い息が首筋にかかる。

甘いにおいがする。

首筋に、唇の柔らかい感触がする。

ユリウスの深い藍色の髪が頬をかすめる。


「どこにも行くな、他のやつがいいなんて聞きたくない。俺のところにいろ」


肩口に顔を埋められて、低くてかすれた声が耳に響く。

耳を小さく舐められた気がした。


「大人しくここにいろ……………………」



が、学習したミモザは素早く容赦なく装置を停止させた。


これでもう安心である。




「な、な、な、何をしている!!!は、は、は、は、離れろ!俺から離れろ!」


我に返ったユリウスは顔を真っ赤にして、ミモザからものすごい勢いで距離を取った。

ちょっと涙目だけど、大丈夫だろうか。


「抱き付いてきたのはそっちですけどね」


「じゅ、術をかけたのはお前だろうが!俺が被害者だろうが!わ、わ、わ、忘れろ!いいな、全部忘れろ!次の瞬間で全部忘れろ!いいな?!」


「はい、貴方が抱き付いてきて私の初めてを奪って言ったことは、全部忘れて差し上げます」


「は、は、は、初めて?はあああ?!?!」


「私、男の人に抱き付かれたのは初めてだったのですけど」


「そ、そ、そんなことを言ったら俺だって初めてだ!!」


まるで野生のワイバーンか何かと対峙しているかのようにミモザから最大限距離を取って、顔を真っ赤にしているユリウスだった。

ミモザは、そんな彼をじっと見つめた。


……抱き付かれた時びっくりしたけど、いい匂いしたな。


会話の途中にもかかわらず、ミモザはぼんやり思った。


……それに、案外筋肉質だったな。鍛えているのだろうな。


タイムラグを伴って、今更抱き付かれた実感がミモザの中で沸いてきたようだ。





「………………だが、嫌な気分にさせてすまない」


「え?」


「事故とはいえ…………すまない。別に、絶対に、さっき口走ったような、あんなことは絶対思ってないから、安心しろ……」


律儀なユリウスは、ミモザが抱き付かれて悲しみに暮れているとでも思ったのか、きちんと謝ってくれた。

しかし彼の方がミモザよりよっぽどしょんぼりとしてしまっている。




「特に嫌ではなかったですし、大丈夫ですよ」


「は、はあ?…………い、嫌じゃなかったのか?」


「少し驚いただけです。でも、どうしても謝りたいというのならリボン二個くらいで手打ちにしましょう」


「リボン、二個でいいのか?」


「それから私も不注意でユリウスさんに術をかけてしまいましたし、サンドイッチ二週間分くらいで許してはもらえませんか」


「…………三週間分だな」


「なんです、欲張りですね!ユリウスさん、本当に悪いと思ってますか?」


申し訳なさそうにしょんぼりしていたユリウスは、ほんのり頬を赤くしてなんとか元の調子に戻ったようだった。

そんなにお詫びのサンドイッチが嬉しかったのだろうか。

まあ、作ったものを喜んでもらえることに悪い気はしない。





後日。


特殊な検査によって分かったことなのだが、ミモザには精神系魔術への異常な耐性があった。

精神系魔術は、夜の国に住み魔法使いの生き血をすする吸血鬼や、魔法使いを魅了し海に引きずり込んでしまうセイレーンなどが良く使う術である。

彼らは魔法使いにとって害敵で、ずっと戦い続けてきた相手だあるのだけど、それらの敵に圧倒的に優位に立てる耐性を、ミモザは持っているらしい。


しかもミモザのそれは、軍の第一線で活躍している軍人たちに匹敵しうる高い数値だった。


この事を受け、教官たちはミモザに対しさらに厳しくなった。

物凄い耐性を持ってはいるものの、それ以外の事が圧倒的に平均点だったからだ。

防御魔法も平均点、外敵たちに対する知識も平均点、身体能力も平均点。


これをきっかけに、宝の持ち腐れをさせてなるものかと、教官たちはより一層ミモザの動向に気を配るようになったのである。



「ユリウスさん、今日もまた教官たちに恐ろしい量の宿題を出されました。これを明日までに仕上げないと恐ろしいことになるんです」


「……で、俺に何を手伝ってほしいんだ」


「これとこれとこれとこれです」


「それは全部だろうが。ふざけるな、自分でやれ」


「でもお恥ずかしいことにほぼ全部、分からないんです……」


しょんぼりと頭を垂れる。

既に突出した天才どもにも追い付けるようにと、平凡なミモザに詰め込み教育を施そうとする教官たちの無理難題は本当に無理難題なのだ。


「………………分かるところだけやったら持って来い」


「ユリウスさん!!」


可哀そうなミモザの為に折れてくれたユリウスの返答に、ミモザはぱあっと顔を輝かせた。


「いいか、今回だけだぞ!お前がしつこいから今回だけ仕方なくだ!」


天才眼鏡のユリウスは、昨日もそう言って凡才故にヒイヒイ言っているミモザを手伝ってくれた。


いいやつである。

今度、またお礼にサンドイッチをたくさん作って持ってきてあげよう。




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