全力で嫌がられると、逆にすっきりする
「今日の実習訓練は対魅了魔術の訓練です」
訓練場に集合したミモザたちは、対術防御魔法を専門とするクレー教官の話を静かに聞いていた。
「皆さんが既に学んできたように、吸血鬼やセイレーンは精神系の魔術を多用します。そしてこの魅了魔術は彼らが好む魔術の一つです。防衛学部に配属されたからには、皆さんはこれらの精神系の術からも仲間を守れるようにならなければなりません。
疑似魅了魔術発生装置隣は装着済みですね、はいよろしい。注意事項と訓練手順の資料は確認してきましたね?」
クレー教官は生徒が既に装着している疑似魅了魔術発生装置を一つづつ確認し、頷いた。
「今日の基礎訓練は二人一組で行います。片方が吸血鬼役として魅了魔術を発生させたら、もう一人はそれに耐えきるというものです。一分間隔で交代です。気を抜かないように。では時間を無駄にしている余裕はないので早速始めましょう。用意……」
「相手を替えろ」
クレー教官の言葉を不躾に遮ったのはユリウスだった。
「こいつとは絶対にやりたくない」
今日の実習訓練は、教官も宣言したように、精神系の魔術耐性を付ける訓練だ。
魔術を実際にその身に受けて、それに耐え切るということをひたすら繰り返す、超実践的な訓練だ。
吸血鬼が操る魔術を模した装置を使ったこの訓練では、ミモザは隣のユリウスと組む流れになっていた。
しかしミモザが疑似魅了魔術発生装置を装着し、「さてこの防御魔法の天才ユリウス様に魅了魔術でも掛けてみますか」と構えたところ、ユリウスが嫌がりだしたのだ。
最初、クレー教官は「え―……」と驚いていたが、背の高いユリウスが凄むと、「何か知らんがそこまで嫌がるなら」とミモザの右隣でペアを作っていた男の子を呼び出した。
「仕方ない……ルドルフ君、ミモザさんとペアになって、彼女の魅了魔術受けて」
クレー教官はルドルフ君をミモザに、彼が組んでいた女の子をユリウスに宛がおうとした。
しかしまたユリウスが口を開いた。
「いや待て、その男は俺がやる。こいつはこの男がペアだった女とやればいい」
ユリウスに指名されたルドルフ君は縮みあがった。
「ぼ、僕はミモザさんとやりたいな~なんて……」
「黙れ。お前は俺とだ」
可哀そうに、ルドルフ君はユリウスに睨まれて更に小さくなってしまった。
そしてミモザの方はペアを組むのをそんなに堂々と嫌がるなんて、ユリウスはなんて酷いやつだと思いながら、ユリウスに背を向けて元々ルドルフ君とペアだった女の子と対面していた。
「じゃあリリーナさん、お相手お願いします」
「う、うん……」
魅了の魔術は熟練の男吸血鬼であれば男にでも簡単にかけてしまえると言うが、彼らの魔術を装置に頼らねば再現できない魔法使いたちの訓練では、やはり特殊な性癖を持った人物でない限り男女の方がかかりがいい。
少しでも強い魔術耐性を付けるために男女ペアでの訓練が推奨されるのだが……まあ、この際どうでもいいか。
「では気を取り直して用意、始め!」