人の食べているものは美味しそうに見える
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「どうです、お口に合います?」
「まあ、うまい」
ゴロゴロと具材が入ったチーズのシチューを食べながら、ユリウスは頷いた。
「そうでしょうそうでしょう。貴方は私のサンドイッチには美味しいと言ってくれたことはありませんが、これは美味いでしょう。それからそのシチュー、私は実は食べたことがないので一口味見させていただけません?」
「は、はぁ?!お前、これが欲しいのか?!」
「はい。いけませんか?」
「た、食べかけだぞ?」
「見て分かりますけど」
「しょ、正気か!」
「正気ですけど」
「だ、駄目だ!行儀の悪いことをしようとするな」
ここはミモザがよく来るお店ではあるのだが、いつもグラタンばかり頼むので、他のメニューはまだまだ知らないものが多かった。このシチューも注文したことがない。
グラタン推しのミモザだが、ユリウスが食べているシチューも実物を見ると恐ろしく美味しそうに見える。
人の芝が青く見えるというやつだ。
「一口でいいのです。パッと掬ってパッと食べてしまえば誰も見てませんよ」
「……っ、そういう問題じゃない」
「ではどういう問題です?零さないように気を付けますから」
「こ、零さなくても駄目だ。もういい、こっちを見るな。どこかへ行け」
キッと睨まれた。
彼はどこかへ行けと言うが、今ミモザがグラタンを持って席を立ち彼の言う通りにどこかへ行ったら、きっとこの店にいる客たちの不審がる視線で串刺しにされてしまう事だろう。
……ん?こんなこと前にもあったような。
「仕方ないですね。私のグラタンも一口なら食べていいですから。交換しましょう。これで平等ですよね」
「はあ?!交換?!そ、そんなこともっと駄目だするわけないだろそんなこと!」
そうこうしているうちにユリウスがシチューを食べ終わり、ミモザがグラタンを食べ終わった。ほぼ同時だった。
もしかしたら、ユリウスは食べるのが遅いミモザに合わせて食べ終わってくれたのかもしれなかった。
しかし、ふと気が付く。
ユリウスはシチューとパンとサラダしか食べていなかった。
シチューはごろごろと具だくさんだったとはいえ、ユリウスはあれだけで足りたのだろうか。
「気づくのが遅くてごめんなさい、シチューだけでは足りないですよね。良かったらもっと追加で頼んでくださいね」
「いや、もういらない」
「やはり体調が悪いのですか?いつもサンドイッチを山盛りたくさん食べているではないですか」
「あれはお前が作り過ぎるからだろ。俺は普段はそんなに食べない。それよりお前は食後の甘いものでも食べたらどうだ」
「ユリウスさんは食べます?」
「俺は甘いものが好きじゃない」
「じゃあ私もここでは食べません。帰り道で何か甘いものを買って帰ることにします」
ユリウスが何も食べないなら、ここに拘束してミモザがデザートを食べ終わるのを待たせるのは可哀そうだ。
帰り道でジェラートでも買って帰ろうと決めたミモザは、お手洗いに行ってきますと席を立った。
ユリウスが注文していたシチューの味見がしたかったなあ、などとと考えながらトイレから出てきて、ついでにサクッと支払いも済ませてしまうことにする。
しかし、ミモザは店員から「お代はもう貰っております」と言われてしまった。
……な、なんだと!
「駄目じゃないですか!私がお礼のつもりで連れて来たのに!」
「お前に全部払われる方が拷問だ。俺が甲斐性無しだと思われるだろうが」
「私が恩知らずだと思われるではないですか!」
「お前は元々そんな感じだろ」
ユリウスが席を立ち、扉を開けて外に出ていく。
ミモザはスタスタ素っ気なく歩いていく彼を追いかけるしかなかった。
「ユリウスさん、せめて割り勘に、」
「あれー?あれミモザちゃんじゃね?!」
やっと追い付いてユリウスの顔を見上げたと思ったら、横から野太い声がミモザの方に飛んできた。
まったく聞き覚えのない声だ。




