可愛い女の子は心に悪魔を飼っている
それから一週間くらいたった日だっただろうか。
ようやくユリウスがミモザと元通り話してくれるようになったので、講義の間の休憩時間に2人で話していた。
内容は、主に先ほどの講義の内容だった。
試験に出ると教官が明言したところがどうもわからなかったので、天才眼鏡様に教えを乞うていたところだ。
「ミモザちゃーん、お待たせ!サバトの日、やっと決まったよ!!」
元気な声と共にいきなり現れたのはアイリーンだった。
サバト、若い男女の魔法使いが飲み食いしながら気楽に親睦を深める集まり。
その日時が決まったのだという。
そう言えば少し前にそんな話もしていたな、とミモザはボンヤリ思い出した。
「次の金曜日、授業終わったらビストロカタツムリの殻に集合ね!最高のメンツ揃えたからおめかしして来てね!」
「あー、その日、予定があるので駄目です」
すっぱり言ったミモザは、失礼のないように残念そうな顔を作った。
勿論、予定があるというのは嘘である。
サバトに行くのは気が進まないので、ミモザは適当な理由を言って不参加を貫くつもりなのだ。
「え?友達と遊ぶ感じ?ならその子も一緒に来ちゃいなよ。女の子が増えるのは歓迎だし!」
「ええと、予定は男性と……です」
女の子と遊ぶと言っても逃げ切れないことを瞬時に悟ったミモザは、男性と予定があるという設定でいく方向に大急ぎで舵を切った。
「そっかあ、ミモザちゃん誰かとデート?それなら来れなくても仕方ないか」
「!」
男と会うと聞けば短絡的にデートだと決めつけるアイリーンの恋愛脳無責任発言を聞き、ミモザの隣でノートを眺めていたユリウスがばっと顔を上げた。
彼は声は出さなかったが、何故か驚いたような焦ったような様子だった。
一方のアイリーンは嬉しそうにニヤニヤしている。
「デートなんでしょ?ねえミモザちゃん」
「あっ、いえ、デートなんかではなく」
「照れなくてもいいって。デートじゃないんならまだお試し段階で、ちょっと一緒に喋るとか、そんな感じってことだね?」
「ええと、まあ、そんな感じ?といいますか、なんと言いますか」
「ええー!いいじゃんいいじゃん。十分脈ありってことでしょ?お相手は誰よ?教えなさいよー!」
アイリーンは持ち前の図々しさでミモザの恋愛話を掘り下げてくる。ゴリゴリのドリルのようだ。
「ええと……」
勘弁してくれとばかりに視線を逸らすが、恋バナ大好きアイリーンは逃がさないとばかりにミモザの手をがっしりと掴んできた。
彼女のその目は、ネバネバ蜘蛛の巣のようである。
「ええとええと、お相手なんていないんですけど……ああ!父です!父と会うのです」
「えっ。父親?お試し段階でちょっと一緒に喋るお相手が父親?ミモザちゃん、ファザコン?っていうか、父親とちょっと喋るくらい、延期してもらったらだめなの?それか早く切り上げて来なよ」
「あっ、いえ、間違えました。父親ではなく、ええと、伯父と!伯父と会います。なんか、大事な話があるとかで」
しどろもどろ。
ミモザは、言いながら自分の言い分に無理があることを感じていた。
アイリーンが怪訝な顔をして、その場に不穏な空気が漂い始める。
ああ。
最初から、家族と会うと言えばよかったのだ。
嘘をつきたくないから濁せばいいと思って、最初適当に答えたのがいけなかった。
「伯父さん?ううーん。ミモザちゃん、嘘ついてるくさいな~。来なよ、サバト。ミモザちゃんの好きな優しい人沢山呼んだから!」
「ええと」
嘘を見破ったアイリーンが優位に立った捕食者の顔をして、ミモザに迫ってきた。
完全に上の立場を取られてしまった。
「ねえ、嘘は駄目だよ。来なよ。ね?」
「ええと」
「っていうか正直言うと、ミモザちゃんの隠し念写見せたら会いたいっていう男結構いてさ~!ミモザちゃん来てくれないと困っちゃうんだよね!嘘ついた罰だと思ってさ、来てよ!予定ないんでしょ、いいじゃん!」
「えっ。なんですかそれ」
念写は写真のようなものだ。念写機を使えばだれでも簡単に念写が映せる。
……だが。隠し念写、だって?
よく言えば裏表のない、悪く言えば馬鹿単純なアイリーンが悪びれもせずにあっさり衝撃の事実を口にした。
不意に露見した不穏な事実に、ミモザは怪訝な顔を隠せなかった。
「というか、隠し念写とか本当にやめてください……」
なんとも嫌そうな声が出てしまった。
知らないところで勝手にミモザの念写が撮られていて、それがどこかの知らない誰かさんたちの目に晒された。
その事実には流石のミモザも不快感を覚えた。
そんな勝手なことはしないで欲しいし、そんな怖そうなサバトなんて行きたくない。
控えめに言って気持ちが良くない。
「いいじゃん、可愛く撮れてるしさ!ね、予定あるっていうのは嘘だったんでしょ。本当は予定なんてないなら来れるよね?ね、ミモザちゃん」
「適当に言ってしまったのは申し訳なく思ってますけど、でも……」
手をぎゅっと握ってミモザに迫ってくるアイリーンが怖い。
自分のしたことを棚に上げて、こんな小さな嘘さえ断罪してくるなんて。
可愛い女の子怖い。




