恋愛脳女子の毒牙はリボンにまで及ぶ
「……サンドイッチの礼だ」
「お礼は要らないですよ。いつもパンを貰ってばかりですから、たまに作りすぎたサンドイッチくらい気楽に貰ってくださいってば」
ユリウスがサンドイッチの礼と言ったのは、この一週間ミモザがユリウスの分のサンドイッチも作ってきたことに対してだ。
ユリウスには最初いらないと突っぱねられたが、サンドイッチを押し付けてくるミモザに根負けしてサンドイッチを受け取ってくれるようになった。
「要らなければ捨てろ」
持っていた綺麗な包みをミモザの机の上に放り投げたユリウスは、誰かに物をあげることは厭はないが、貰ったら絶対に返すという律儀な性格であるらしかった。
これもこの数か月、何かと彼と交流して分かったことだ。
投げて寄越した綺麗な包みについてそれ以上は何も言わず、ユリウスは教室を出て行ったきり朝の講義が終わるまで戻ってこなかった。
彼は真面目なわけではないし、ちゃんと出席していても講義をきちんと聞いているかと言ったらそうでもなくて、教官の話なんかより難しそうな分厚い本を読んでいたりするのだが、彼が講義時間に教室にいないのは珍しい。
……
講義が終わり、ミモザと目を合わせることなく教室に帰ってきたユリウスは、午後の準備を始めた。
不自然なほどミモザの方を見ない。
どうやら、ミモザの事はいないものとして視界に入れないようにしているらしかった。
「あの、これ、わざわざ買いに行ったのですか?」
しかし、ユリウスがミモザを見ようとしないのはいつもの事である。
ミモザは動じることなくユリウスに話しかけた。
「た、たまたま買っただけだ。だから、たまたまお前にやるだけだ。気持ち悪ければ捨てろ」
「何故これを選んだのです?」
「………………たまたま目についただけだ……っ、やはり返せ。捨ててくる」
「これを私から取り上げるつもりですか?それなら私が貴方にあげた一週間分のサンドイッチ、耳をそろえて吐き出して返してください」
「……」
朝にユリウスがミモザに寄越した包みから出て来たのは、高級そうなリボンだった。
髪を結わえるための綺麗なリボン。
ミモザのミルクティー色の髪によく合いそうな深い赤色。
これをたまたま買ったとは流石に思えなかったので、選んで買ってくれたのだろう。
「それにしても、女性にアクセサリーを贈るとは貴方もなかなか慣れていらっしゃるようです」
「お、お、お前は、女じゃない!勘違いするな、別に俺は、ただ礼をしようと、女はそういう物が好きだと聞いたから適当に……!」
「そうでしたか」
……ミモザは女じゃないのか女なのか、良く分からなかったがまあいいか。
積み上げた本の間に隠れてしまったユリウスを横目に見ながら、ミモザはリボンに手で触れた。
キラキラしていて触り心地もいい。
彼が何を思ってこれを選んでくれたのかは分からないが、これで髪を結ったらとてもかわいい仕上がりになるだろう。
「ミモザちゃん、それ可愛いね!」
次の日に早速貰ったリボンを使ってポニーテールに髪を結ったミモザが登校したら、アイリーンが笑顔で駆け寄ってきた。
興味津々の彼女のその目は、ミモザのリボンに釘付けだ。
「おはようございます、アイリーンさん」
「そのリボン、どこで買ったの?」
「いただきました」
「へー!誰に?もしかして、男からもらった?」
「まあ、性別は男性ですね」
「え、いいじゃん!ミモザちゃんも喜んでそれつけてるとか、既にラブラブじゃん!」
ラブラブなどと安直な感想を持ったアイリーンはニヤニヤしていたが、勘違いしないで欲しい。これはお礼で貰ったものなのだ。
まったく、これだからピンク脳の女の子というやつは。何でもかんでも恋愛と結び付けたがる。
「でもそうでしょ!どうでもいい子に身に着けるものなんて贈らないって!んでミモザちゃんもそれ付けちゃってるんだから、ラブラブ以外ありえないでしょ!」
「身に着けるものでも相手が気に入りそうなものを選んで贈るのは普通ですし、可愛いリボンは貰ったら付けなきゃ勿体無くないですか?」
ミモザの返事に、アイリーンは思いっきり溜息をついていた。
それから隣の席のユリウスといえば、何故か何日もミモザと口をきいてくれなかった。
どうしたのだろう。
そう言えばミモザとアイリーンが話をしていた時に隣の席にいたけど、聞こえてきたその内容が気に入らなかったのだろうか。