腐れ縁の話をしよう
魔法使いが住む魔法使いの国。
大きくはないが、海と林に守られるように囲まれた場所にある。
そしてこの国で一番栄えていて、一番人が多いのが中央都市だ。
沢山の店が並び高い時計台があり、いくつもの魔法学校と国の中枢機関がある。
中枢機関、国の脳みそともいえるその場所には、政治指揮を執る部署や法を司る部署、国を他の種族の侵略から守る為の国防本部があった。
その国防本部の本拠地である建物の一角で、戦闘員だということを示す特別なローブに身を包んだ一人の魔法使いが、自らが所属する部署の扉を開けて外に出て来た。
そして長い廊下を、どこかへ向かって歩いていく。
彼女はミルクティー色の長い髪と、薄紫の瞳の魔法使い。
名前をミモザ・レインディアという。
「おい」
しばらく廊下を歩いて螺旋階段を登ろうとしたところで、ミモザは後ろから呼び留められた。
足を止めたミモザの所にやって来たのは、同じく戦闘員のローブを羽織った長身の魔法使いだった。
眼鏡が似合う、泣きボクロが印象的な男性だ。
そんな彼とミモザは腐れ縁の仲である。
「今度の作戦から無事に帰ったら、お前に、話したいことがあるんだが……」
「そういえば重要な奇襲作戦に参加するって言ってましたね。それが終わったら話があるのですか?なんの話ですか?」
「な、何の話って、帰ったらだと言っただろうが」
「今は話せないようなことなのです?」
「無理だ。こんな廊下のど真ん中でできるような話じゃない。それに準備とか……いやその、こちらにも都合が色々あるんだ」
「そうですか。まあどちらでもいいですけど」
「どっちでもいい……そうか……」
ミモザがいつも適当で無頓着な事しか言わないことを知っている筈なのだが、今日は何を思ったのか、眼鏡の魔法使いはなんとも心もとなさそうな顔をした。
「まあ、待ってますけど」
何故か分からないが、彼はミモザと出会ったばかりの頃のように緊張しているようだったので、ミモザは一言付け加えた。
「帰ったら話せることなんですよね。帰り待ってます」
「……い、いいだろう。帰ったら話してやる。ま、待っていろ」
眼鏡の魔法使いがちょっとだけ嬉しそうにした。
小さな希望でも見つけたような顔をしている。
「じゃあ、もう行く」
「はい、ではまた」
安堵の息を漏らした眼鏡の魔法使いは、ばっと踵を返した。
赤い頬を隠したかったのか、風のように早い動きである。
そしてそのまま、疾風の如く去っていってしまった。
ミモザと同じように国防本部に所属している戦闘員の彼に与えられた次の作戦は、魔法使いの肉が大好物な人狼のアジトへの奇襲だ。
彼は優秀な魔法使いで仲間にも恵まれているが、やはり前線に出ていく任務には危険が伴う。
100%安全とは言えない任務から帰ってきたら話したいことがあるという彼に、帰りを待っていると言ったミモザだが……。
これは、これでもかというくらい分かりやすいフラグだったのではないか。
物語なんかでは、序盤に話があると言って勿体ぶったキャラクターがよく死んだりする。
導入の部分で隠し事をする味方キャラは、よく秘密を明かさないまま死んだりする。
……まさかあの天才眼鏡に限って、次の作戦でころりと殉死するなんてことはないだろうな?
本当に大丈夫だろうか。
そんなことを考えながら、ミモザは初めて会った時より心なしか広くなったように見えるその背を見送った。
ミモザが彼と初めて出会ったのはかれこれ4,5年は前になるだろう。