9.拒否
「気分はどうだ?
顔色は少し良くなったようだが、何か食べられそうか?
そこの獣人が、何か買ってきたぞ」
掛かっていた布団と、テーブルの荷物をぼうっと見ていたレンに、黒竜が告げる。
それでも少しぼうっとしてから、レンが我に返ったように俺を見た。
「グランさん!?
この布団と、あのテーブルの荷物。
まさか買ってきてくれたの!?」
レンがずれたタイミングで反応したのも、驚いた今の顔も、子供らしくて可愛い。
「あぁ、助けて貰った礼だ。
薪も集めて、ウォンがどこかに片付けているはずだ。
気にしなくて良い」
「そんな……ごめんなさい!
薪だけでも十分助かるのに、こんなにいっぱい……どうしよう……僕、自由にできるお金ないのに!」
レンが申し訳なさげに、オロオロする。
しかしその直後、思わずといった風に黒竜へと縋るすように見やったのか、面白くない。
黒竜は、そんなレンを面白そうに眺めているだけだ。
どうせなら、俺にも縋る目を向けてくれ。
「遠慮しすぎだ。
レンが俺にしてくれた事で、俺がどれだけ救われたのかわかってない。
そもそも見ず知らずの俺に、身を呈して治療を施してくれたんだぞ。
その上、俺は騎士だ。
ただ手足をくっつけただけじゃなく、普通に動かせる体に戻してくれた事には、感謝してもし足りない。
受け取って貰えないなら、拒否できないくらい、もっと高価な宝石を、俺が破産するくらい贈るぞ?」
「な、え、ちょっ····こ、困る!」
「くくっ····だろう?
なら遠慮せずに受け取れ」
レンの慌てっぷりが、まるで小動物だ。
いじらしくて、つい虐めてみたくなる。
だが今は、我慢しよう。
「そんなに笑わないでよ。
その……ありがとう?」
「ふふっ、何で疑問系なんだ。
どういたしまして。
それより飯にしないか?
その様子じゃ、昼飯もろくに食ってないだろう。
買ってきたものが口に合うかわからんが、食べられそうな物を、好きなだけ食べてくれ」
俺は立ち上り、レンの手を引いてテーブルまで促す。
「お昼は、キョロちゃんが木の実を取ってきてくれたから、それ食べたよ。
森の外の食べ物って、久しぶり」
黒竜が椅子を引いたので、そこに座らせる。
おい、何でお前がレンの隣を陣取る。
仕方なく、俺は朝座った椅子に腰かける。
買ってきた料理を並べていく。
「す、すごい量。
グランさんて、こんなに食べるの?
フードファイターみたい……」
「フードファイターって何だ?
肉食系獣人なら、こんなもんだ。
黒竜も食べるか?」
レンの手料理以外は食べないと断る黒竜が、どこかから出した皿に、レンの分だと言って乗せていく。
「なあ、黒竜。
その量は、少なすぎないか?
人族の子供でも、もっと食べるはずだが……」
「大食いの人っていう意味だけど、気にしないで。
これ以上は……吐くよ。
ファルもわかってて、うちの一番大きいお皿、出したでしょ」
「たまには外の料理を堪能するといい。
ギリギリだろうが、食べきれる量だろう?」
レンへ悪戯っぽく微笑む黒竜に、嫉妬してしまう。
俺もこれからレンの事を、もっと知っていこうと固く誓う。
暫くの間、合間に雑談という名の、レンのリサーチをしつつ、食事を終える。
レンが食後に淹れてくれたお茶は、爽やかな木々の香りと、ほのかな苦味がちょうど良く、口をさっぱりさせた。
紅茶にしては少し緑がかっていて、緑茶というらしい。
どこか懐かしいと思える味わいだった。
そうして、俺は明日に向けて話を切り出した。
「レン、改めて助けてくれてありがとう。
明日の朝、ここを出ようと思う」
「そっか。
短い間だったけど、グランさんと過ごせて楽しかった。
なるべく怪我とかしないで、これからも元気でね」
レンが、少し寂しそうに笑う。
あれ?
今生の別れみたいになってないか?
「レン?
俺はまた、ここに戻って来るつもりなんだ。
迷惑か?」
「え、戻るって、また遊びに来てくれるの?
あ、でもファルは、それでもいい?」
「その獣は、お前の番らしい。
お前が拒否しないのなら、森には入れてやってもいい。
だが伴侶にするのは、許さない。
少なくとも今は、まだ駄目だ。
レンの事を話しても良いと思った時、レンが決めろ」
ファルの発言に、レンが目を丸くし、それから申し訳なげな顔で俺を見た。
俺はレンの、そんな様子に胃がキリキリと締めつけられる。
俺、拒否されるのか?
いや、だからと諦められるものではないが……。
「グランさん、本当なの?」
「ああ。
レンは俺の番だ」
「番って、お爺ちゃん達みたいな関係なんだよ?
僕、人族だから、グランさんとは寿命だって違う」
レンの言う通りだ。
一般的に、獣人は人族の三倍は生きる。
お爺ちゃん達みたい……確かにレンの祖父は獣人だったらしいが、祖母は白竜だと言っていた。
竜は獣人より、更に何倍もの寿命を持つ。
もしかすると、祖父を追って祖母も亡くなったのか?
しかし今は聞ける状況ではない。
「それに、駄目だよ、グランさん。
ファルの時もそうだけど、僕にはそういう番っていうのは、やっぱりわかんない。
特にグランさんは、森の中でずっと生きてる僕なんかより、もっと素敵な人がいるはずだ」
ああ……レンは完全に拒否する姿勢だ。
言ってる事が、至極まともなだけに、へこんでくる……。
俺の様子を黒竜が横目に見て、ため息を吐いた。
「レン。
前にも説明したが、番は選べない。
番を認識してしまえば、他の者は目に入らない。
無理に引き離せば、俺達は気を狂わせる。
見ろ。
そいつ、落ち込んで耳がへなってるぞ」
「え!?
うわ、ホントだ!
違うよ!
えっと、そういう意味じゃなくて……」
「なら、どういう意味だ?
年も離れているし、気持ち悪いか?」
やばい、どんどんへこんでいく。
「そんな事ないよ。
グランさんは、格好いいよ。
背も高いし、締まってる筋肉も素敵だね。
顔もクール系美男子で、金髪に瑠璃色の目も神秘的だよ。
でも僕は、何も持ってないんだ。
背もちっちゃいし、黒目黒髪は珍しいんだよね?
変に悪目立ちしちゃうと思う。
それに、ちょっと色々、訳ありなんだ。
だから僕は、森から出る事はあるかもしれないけど、暮らすのはこの森がいいんだ。
体も強い方じゃないから、グランさんには何もしてあげられない。
ずっとかまわれるのも、好きじゃない。
僕、かなり自分勝手なんだ。
グランさんは、いつか絶対、物足りなくなる。
それに正直……愛とかわかんない。
番とか、何……」
レンは言いながら、徐々に顔を曇らせ、俯いていく。
声も小さくなっていき、最後は聞き取れなくなってしまった。