62.たくさんの死
残酷シーンがあります。
目を開けると真っ暗な闇の中だった。
(ここは····夢、か?)
声を出そうとして、出せない事に気づく。
俺の体はどこにもなく意識のみがただそこにあった。
と、何の前触れもなく辺り一面に何十ものほのかな光を放つ球体が出現する。
俺はその球体に近づく。
といっても体はなかったが。
頭2つ分くらいの大きさの球体の1つを覗き見て、絶句した。
今、まさに産まれたばかりの血だらけの赤子が何者かの手によって取り上げられた。
誰かはわからないが、大人のふくよかだけど皺の入った手だ。
その手が何かを確認するように赤子の股を広げたかと思うとボールを投げつけるかのように床に叩きつけ、赤子は絶命した。
(ぐっ····)
体はないが胃がせり上がるように吐き気が込み上げた気がした。
もう1度覗き見ると絶命したばかりの赤子には本来必ずあるはずの雄がない。
他の球体も覗き見たが、全て何者かによって何者かが殺されている。
その方法は様々だが、全てが惨たらしい。
そして登場する者は皆人属で、殺されるのは若く、大体は子供で一様にフィルメのような外見をした者ばかりだ。
子供は判別がつかないが、ある程度の成長を遂げていた者は胸に膨らみがあり、いつかの夜に触れたレンの胸を思わず想像してしまう。
(もしかして全て雌、なのか?
それよりも何故だ?!
何故こんな球体が····)
そう思っていると今度は不意に球体が消え、再び暗闇に支配された。
(何だ?!)
妙な焦燥感を覚えた瞬間、目の前でゴウッと火柱が上がる。
暗闇の中で真っ赤に燃えるその中心に、見たことがない衣を着た白くて長い髪の人属が俯き、素足に手は後ろ手に柱にくくりつけられていた。
襟元は衣が幾重か重なり、服の袖は長く長方形で熱風に煽られて旗のように舞っている。
ザガドが持っていたような花の形をした飾り紐が腰に揺れていて、凄惨な光景なのにそれに惹かれて見入ってしまう。
身体中にある切り傷や刺し傷は徐々に焼け爛れてわからなくなっていく。
ふと顔を上げた。
平素なら間違いなく美しく、左目は泣き黒子がある少し垂れ目で色気が醸し出される面立ちに色の薄い、けれど血のような独特な赤い目····。
(····俺はこの目を知っている?)
『今すぐこのように酷い仕打ちはお止めください!
私と違い貴方様は朔月様と血の繋がった親子なのですよ!』
『母上、何故ですか。
私はあなたをこんな風に殺したかったわけではありませぬ。
女の身でありながら一族を興し、深紫の衣までも賜りながら、何故····。
今上に申し開きし妃として仕えさえすれば、これまでの忠義を鑑みると····』
青年にしてはまだ少し高い、制止する声と震える声が後ろから聞こえ、そちらを見やる。
黒目黒髪でレンのような乳白色の肌をした2人の人属の青年がいた。
1人は後ろ手に上半身を縄で縛られ必死にもう1人に詰め寄っている。
詰め寄られる青年は歯がゆそうな、泣きそうな、感情を持て余した様子で立っていた。
2人の話す言葉は聞いた事がない言葉だった。
しかしどうしてかわからないが、何を話しているのかはわかる。
パチリと火がはぜる音がして白く、色の薄い人属へと視線を戻すとふわりと優しい笑みを浮かべていた。
『『母上!』』
2人の青年が駆け寄ろうとしたところでけたたましい轟音を轟かせて落雷が落ちた。
激しい光に包まれた瞬間、その光景は闇に消えた。
(····俺はどうしてあの人属を知っている気がするんだ····)
頭の中に白くて可愛らしい泣き黒子のある垂れ目の顔がいくつも浮かぶ。
笑顔、困惑顔、少しいじけた顔。
そのどれもが幼く痩せているが、泣き黒子のせいかどこか色気を感じさせる。
(そうだ、夢で何度か見た子だ)
少しずつ成長していくその顔に愛しさが込み上げる。
しかし最後に浮かんだのは涙を流し、絶望に支配され、何かを叫びながら上から覗き込んでいる成長した顔だった。
(一体何なんだ?!
チ·カ·ユ·キ?
タ·カ·チ·カ?)
口の動きを読むが、チカユキ、タカチカとしきりに泣き叫んでいる事以外は訳が分からない。
けれどその絶望した泣き顔に体が無いながらも心臓を鷲掴みされたような感覚に支配された。