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41.竜田揚げ

「そう、君の覚悟はわかったよ。

それがいつか実現されると良いね」


 レンは小さく嘆息し、他人事のように言うと、いつもの温和な顔に戻る。


「もう夜だから動けないし、今日はここに泊まってくと良いよ。

あ、僕の事はレンて呼んで」

「····わかった」


 あまりの変貌ぶりに面食らったようにザガドは頷く。

何となくだがレンは怒りを飲み込むのに自分と切り離したんじゃないだろうか。

ザガドにもワルシャマリにも無関心になった気がするが、気持ちの切り替え方に小さな違和感を覚える。

諦めるのに慣れた者がしそうな、そんな切り替え方だ。


 レンはお腹すいたーと言いながら、俺が採ったふきのとうを洗い始めた。


「2人とも先にお風呂入ってね。

ウォンちゃんとキョロちゃんは黒竜の所に戻ってて。

グランさんは案内してあげて」


 レンに一撫でされた黒い魔獣達は外に出て行く。

レンもザガドがいる間はファルを名前呼びしないのは徹底しているようだ。

ザガドと目が合ってからは1度も呼んでいない。

促されるまま交代で風呂に入り、手早く作られていく料理がテーブルに並ぶのをザガドと黙って見ていた。


 ふきのとうは衣をつけて揚げられていて、塩やマヨネーズをつけて食べると旨かった。

思っていたのと全然違い、苦味も旨味として味わえる。

俺が昔食べた時の苦味とえぐみの塊でしかなかったあれは緑竜の牙で、これはふきのとうという全く違う食べ物なんだろうか。

見た目の違いはないんだが。

それに以前食べたカラアゲとは違う、タツタ揚げという甘辛いタレに絡めた肉料理が今日のメイン料理だが、これも癖になる旨さだ。

肉食獣人だからかやっぱり肉料理には目がない。


 レンは揚げたてが美味しいからと最初は俺達だけで食べさせ、黙々と揚げ続けていた。

体調が悪い中で無理をしているのかと思ったが、微笑んでいた。

ただ何故か笑顔に黒い何かを本能的に感じてゾクリとした。

途中本当に小さな、獣人だからこそ拾えた声で「竜だけにね、ふふ、タツタ、ふふ、ざまぁ」と聞こえたが意味はわからなかった。

そっとしておいた。


 ザガドも食べるうちに目の奥に光がいくらか戻り、無言で食べ続ける。

黒い何かを感じ取った訳ではなく、単純に空腹が刺激されたようで「何だこれ、うますぎる」と終始呟く。


 レンが揚げ終えるのを見計らって油の臭いがついたレンを抱えて膝の上に乗せ、俺は給餌を堪能する。

せっかくの休暇なのだ。

ザガドやトビにいくぶん邪魔されたんだから、堪能できるところはしっかり堪能してやる。


 レンは黙々と食べるザガドを給餌されながら黙って見ていた。

やはり体調が悪いのか、いつも以上に食べる量が少ない。

ふきのとうだけを何個か食べて首を振る。

もう少し食べて欲しかったが、仕方ない。

寂しい事に食べ終えてお茶をすするとすぐに膝から降りて風呂に行ってしまった。


「レン、これなんだが····」


 風呂から出て油の臭いから離脱したレンを再び膝に乗せる。

あぁ、レンの匂いが旨い。

そして申し訳ないと思いつつもハンカチに包んだあの薬を見せた。


「····ヒッ!」


 風呂でいくらかリラックスしたのだろう。

ほわほわと気の抜けた舐め回したくなる顔をしたレンはけれどその瞬間、悲鳴をあげて顔を引くつかせた。


「黒竜がな····」

「····嘘、嘘だ、いや····ひどい····」


 すでに半泣きのレンは物凄くたまらないが、今回はなぁ。


「それは?」


 レンのただならない様子にザガドが興味をひかれたらしい。


「糞不味いが良く効く貧血の薬だそうだ」

「そんなにか?」

「黒竜でも不味いと思うらしい」

「····よほどだな」

「····ざ、ザガドが代わりに飲めばいいじゃない!

不味いのもザガドが悪い!」

「いや、代わりに飲んでもレンの栄養にはならないぞ?」

「うっ、それは····」


 レンは半泣きで意味のわからない責任転嫁を始めたけど、ザガドに正論で返されて言葉に詰まる。

そんな顔も可愛らしい。

目元の水滴舐め取りたい。


「ほら、レン。

今は黒竜の言う事聞いとこうな。

後で飴舐めような」


 俺は飴を見せながら励ます。

レンは震える手で薬をつまみ、口に運ぶ。

震えてる手が小動物みたいで本能に突き刺さる。


「ぅぶ····ん~、まずっ、ん~!」


 やっぱり両手で口元を押さえて体を震わせながら足をバタバタする。

可愛すぎか。

おい、ザガド、うっとりした目で見るな!

くそ、竜も肉食系だったな?!

小動物危険!


 と思ってるうちに何とか水で流し込んで飴を手から奪って口に放り込んだ····俺が食べさせたかったのに。


 少しして口の中が落ち着いたのか、ほぅっと涙目で息をつくのがこれまた庇護欲を刺激しまくってヤバイ。


····ザガド、またその目か!


「何だ、この小動物····。

明日持って帰りたい」

「おい、2回目死ぬか」

「いや、今日はもう本当にやめてくれ」


 ザガドはお腹いっぱいらしい。


 俺達はレンがもう少し落ち着くのを待ってから寝る支度を整える。

薬が効き始めたのか、うつらうつらし出したレンをベッドに入れてから獣体になってもぐり込む。

ウォンとキョロがいつも通り入ってきて定位置についた。

ファルがザガドを警戒して指示を出したのだろう。


 ザガドは厚手の布団にくるまって暖炉の側だ。


 俺はいつにも増して体温の低いレンを腹に抱える。

普段ならしばらく眠れないレンと何ともなく会話を楽しんでから眠るが、薬と昼間の疲れからかすぐに寝息が聞こえた。


 しかし俺はなかなか寝付けない。

あのクミヒモというのがレンにとって何だったのか、昔ファルに何があって何故レンがあれほど怒りをあらわにしたのか、その怒りの手放し方の違和感は何なのか。

気になる事が多すぎる。

正直レンの新たな一面に気持ちがざわついてしまう。


 ただ、それも夜の闇と可愛らしく愛しい小さな寝息に穏やかにほぐされて結局俺の瞼は閉じていった。

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