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4.世界の常識

 俺達獣人の間では、昔から【会えば番だと分かる】という通説がある。


 実際、俺の周りの番持ちも、そう言っていた。

その意味が、まさかこのタイミングで分かるとは。


「僕、ここに一人で住んでて、もうすぐ冬なのに、でも薪がたりないの。

去年、それで危うく凍死するかと思ったから、早く作らないといけなくて。

でも、どうしたらいいかわかんなくて、秋も終わってて、冬になっちゃって……」

「手伝いって、そんな事か?

というか君は、それより前は親といたのか?」


 俺が少年を番だと認識できても、人族である少年は違う。


 だから、もっと何か、もしかすると金銭でもふっかけてくるかと思っていたのに……。


 思わず拍子抜けする。


「えっと、だから手伝って欲しいって思って。

人手、ていうのかな。

それも無くはないんだけど、そういうの嫌がられちゃうから、なかなか頼めなくて。

どうせあんな所で見かけたら助けるしかないんだし、でもおじさんにも嫌がられたら困っちゃうなって思って。

ほら、おじさん力強そうだから、薪割りも、すぐ終わるかなって。

あ、でもやっぱり知らない家の薪割りとか、面倒だよね。

ごめんね。

親じゃなくて、もう亡くなったお爺ちゃん達から家を譲り受けたの。

親は最初からいないよ。

いたのかもしれないけど、少なくともここにはいない」


 少年が、再びしょぼーんと俯く。

いや、本当に、庇護欲そそる可愛さだから、やめてくれ。


「それくらいは手伝うさ。

君のお陰で、俺は命拾いしたんだ。

親の事は、見ず知らずの者が、無遠慮に聞くべきではなかったな、すまない。

俺はグラン=ウェストミンスター。

まだ三十歳だから、おじさん呼びはちょっと傷つく。

グランとか、ランとか気軽に呼んで欲しい」

「本当に!?

良かったぁ!

ありがとう、グランさん!

僕はレンカ=キサカ。

レンて呼んで」


 喜んだ途端の、レンの笑顔に鼻血が出そうだ。


 名字があるということは、元は豪商以上の身分だろうか?

ただの平民なら、名字がないはずだ。


 その内、ちゃんと教えてもらおう。

さすがにこれ以上は、まだ踏み込むべきではないだろう。


「あぁ、安心しろ。

騎士は一宿一飯の恩を忘れん。

他に手伝って欲しい事は、あるか?」

「うーん……ない……多分?」

「手伝える事は、手伝うぞ。

だから、ちゃんと言うんだ」


 そっと手を伸ばして、レンの頭を優しく撫でてみる。

髪の毛、さらさらだな!


 レンは、くすぐったそうに目を細めて頷いた。

その顔が、夢で見た白い幼児とどこか似ている気がした。


「ありがとう!

それより、ご飯が冷めちゃう。

食べられそうなら、食べてみて!」


 レンに促されるまま座って、差し出されたスプーンを手に取る。


「……うまい」


 まずは、ただのスープを口にして……何だこれは!?

胃に負担をかけないようにと、野菜は小さく刻んだと言ったスープは、舌を(とろ)けさせた。


 レンは良かったと呟きながら、花が咲いたように微笑む。


 あぁ、その唇もすすりた……いや、何でもない。


「胃は平気そう?

こっちも、食べられそうなら」


 そう良いながら、出来上がったばかりの肉と野菜を炒めた料理を俺に差し出してから、正面に座る。


「これもうまいな。

食べた事がない味だが、普段は食べない野菜が、こんなに旨いとは」

「ふふふ、まともに誰かに食べて貰うの久しぶり。

だから、そんな風に褒められると嬉しい。

グランさん肉食系の獣人でしょ?

本当は、足りないよね。

いつも一人だから、食材があんまりなくて……ごめんね」


 申し訳なさそうに謝るが、むしろ貴重な食材を使わせてしまった俺の方が、謝るべきだろうに。


 ああ……俺の番、良い子だな。


 胸がほわりと温かくなるのを感じながら、全てたいらげた。


 レンはスープだけでいいと言っていたが、そんな少食で大丈夫なのかと心配になる。


「俺の方こそ、貴重な食糧を使わせて申し訳ない。

薪も食材も、後で俺が調達するから安心してくれ。

布団や衣類も買い足そう。

去年は暖冬だったんだ。

それでどうにかしのげたんだろう。

だが今年の冬は、例年通りならぶり返しがきて、寒さが厳しくなるはずだ。

見た限り、あの布団と今の君の服では、下手をすると凍死するぞ」

「えっ、去年は暖冬だったの!?

そっかぁ……でもお金ないから、買い足せないんだ。

きっと薪があれば、大丈夫だよ。

あんまり寒かったら、寝る時は友達にお願いして、暖を取らせてもらうから」

「……友達?

暖を取れるって、まさか昨日の俺達みたく、誰かと添い寝する気か!?

これでも俺は騎士としては、そこそこの立場なんだ。

金には余裕があるから、金の心配はしなくていい。

レンが拒否しても、俺が絶対に買うからな。

だから身売りするような真似は、よすんだ!」


 番への独占欲が、思っていた以上に膨らんでいく。

気づけば怒鳴っていた。


 ビクリと体を震わせるレンが、いじらしくも憎らしい。

友達とは誰だ!?

まさか……まさか体の関係があるのか!?


「大体、自覚が無さすぎる。

その顔も体躯も、獣人の庇護欲をそそる。

挙げ句、レンは黒目黒髪だ。

珍しいどころじゃない、目立つ色を体に持ってるんだぞ。

俺は騎士だ。

自制心も、騎士としての誇りもある。

だから何かする事はあり得んが、獣人とは本来、獣として色々と奔放な性質を持ってるんだ。

恐らく、ここは魔の森の外れ辺りだろう。

レンはずっと、ここで平和に暮らしているはずだ。

今まで人身売買する人拐いや、加虐思考の獣人に会わなかった事が奇跡だと、しっかり自覚するんだ」


 そこまでまくし立てて、ふと冷静になった。


 やばい、言い過ぎた!

嫉妬に駆られて、騎士達にすら厳ついと言われる顔で、よりによって睨み付けてしまった!


 目の前にあったレンの顔を、チラッと盗み見る。


 きょとんと、して……いる?

瞳に恐れの感情は……ない、のか?


「あー、すまない。

つい怒鳴ってしまった。

心配になったんだ。

攫われれば、主に性に関する虐待を受けたり、孕み腹と言って、子を孕みにくい獣人の後継ぎの道具に使われかねない。

特に黒を纏う人間は、例外なく魔力量が多いんだ。

黒持ちは子を授かり易く、人族は体の具合も良いというのが、獣人の間では常識でな。

獣人同士での妊娠率が低い我々にとって、無防備な人間ほど、都合がいい。

その友達は信用できるのか?」


 俺が何を心配しているのか、慌てて伝えていけば、レンがどんどん青ざめていく。


 しかしレンは、やっぱり知らなかったのか?

もしレンが外見通りの年齢なら、人族なら、周りの者が必ず教えておく情報だ。


 それくらい、人族は獣人に狙われ易い。


 申し訳無さが募る。

だが添い寝する友達という存在については、どうしても気に食わない。


 本当に、安全な友達なのか?

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