22.お爺ちゃん~ベルグルside
「お爺ちゃん?」
きょとんとした顔でぽそりと呟いた言葉に遠巻きに見ていた青年が寄ってきた。
「ねぇ、これお爺ちゃんだよ?」
「義父ではないが、似ているな」
能天気な2人の会話が治癒したレイブの腹のせいでいまひとつ入ってこない。
「だれ、が、じいさん、で、すか」
レイブの掠れた声がした。
「お爺ちゃん!
良かった、血はぎりぎりあるみたいだね!」
「だ、から、じい、では、な」
そのまま気を失った。
レイブよ、反応するのはそこなのか。
「あ、お爺ちゃん寝ちゃった。
ウォンちゃん、運んで?
おじさんも、って、何、その顔!」
レイブの呼び名はお爺ちゃんで決定したらしい。
俺の顔の傷が照らされたせいか、驚かせたようだ。
「うわ、ごめんね、見えてなかった。
おじさん座って」
言われるままに胡座をかいて座ると両手で顔を包んで傷の具合を確かめる。
先ほどより手が冷たくなっている。
「眼球まで傷がついてる。
頸動脈はギリギリか。
ちゃんと目を閉じててね」
そっと左手で後頭部を押さえ、右手を傷にそわせて動かしていく。
にしても手が柔らかくて小さいな。
傷のあたりがじんわり温かくなってきて、最後に首筋をゆっくりなでて離れる気配がした。
「終わったけど、ちゃんと見えてる?
もう痛くない?」
「····すごいな。
ちゃんと見えているし、傷みも無くなった」
確実に失明したと思っていたのに、何の奇跡だ。
じくじくとした痛みも全く無くなった。
「良かった。
じゃあお爺ちゃん抱えてウォンちゃんに乗ってくれる?」
「ウォン!」
ガサッという音と共にどこからともなく跳躍して目の前に着地した黒い物体に警戒する。
「魔狼じゃないか!
大丈夫なのか?!」
「ウォンちゃんはカッコ可愛いんだよ、大丈夫!」
何故カッコ可愛いのと大丈夫がつながるのか、おじさん理解不能だ。
右手の親指を上に立てて得意気な少年の方がよっぽど可愛いぞ。
「少しだけ寄り道するね」
レイブを抱えて魔狼にまたがると、少年を先頭に歩きだす。
とことことことこ····。
そんな表現が似合うくらいには遅い。
獣人にとってはよちよち歩きにすら見えるが、何というか微笑ましい。
あ、雪で滑った。
「レン、足が短すぎる。
抱えるぞ」
「だって夜道は暗いんだよ、雪積もってるんだよ、仕方ないんだよ、足が短いわけじゃないんだよ」
青年が尻餅をついた少年を縦抱きにしてスタスタ歩きだした。
不服そうに頬を膨らませた顔は小動物だな。
ふと、後ろからの不意の視線を感じて振り返った。
白い何かを捕らえた気がしたが、何もいない。
魔獣でもいたのか?
ほどなくして、辺り一面に咲き誇る花畑が現れる。
真っ白い絨毯のような花からは、少し前に飲んだ花茶の香りが漂う。
「今日は月花が咲く日なの。
一夜限りの収穫日なんだ」
どこから出したのか青年が籠を差し出した。
白い絨毯の中に立つ少年は清楚で、なのに艶やかで、可愛らしいような美しいような幻想的な光景だった。
籠いっぱいに月花を摘み取ってご満悦な少年は、やはりその後も青年に抱えられてポツンとあった小屋に入った。
レイブを抱えて中に入ると床に寝かせるように言われてその通りにする。
血だらけの衣服をはぎ取っていき魔術で洗浄をかけ、体の血を清めたら、今度は小さなベッドまで運ぶように指示を出すので抱き抱えて運ぶ。
その間に少年は自分の上着を椅子の背に掛けている。
上着の両腕に大昔、誰かのハンカチに見たことあるような可愛らしい感じの獅子の刺繍が施されているが、気づかなかった事にしよう。
昔より上達したなとは断じて思ってない。
ウォンという魔狼が犬並みの大きさになって少年の横につく。
青年は暖炉に薪をくべるとすぐ近くのテーブルに腰かけた。
「ファル、机じゃなくて椅子に座って。
おじさん、奥に浴室があるから体洗ってきて。
さすがに夜の魔獣が活発化するから血の臭いは駄目。
おじさんに合う着替えがないけど目のやり場に困るから獣体になれない?
その間にお爺ちゃんに他に怪我ないか診て、薬飲ませておくね。
魔の森の僕が信用出来ないなら····」
「わかった。
君はグランの番なのだろう?
信用する」
「え、知り合いなの?」
「俺はベルグル=ドランク。
騎士団団長だ」
「団長さん?
あ、グランさんが信用できるって言ってた人!
僕はレンカ=キサカ。
レンて呼んで」
「そうか。
レンのお陰で俺達は人としても騎士としても命が助かった。
本当にありがとう。
それとレンがグランに持たせた花茶と弁当を少しわけてもらったんだが、とても旨かった。
勝手に食べといてなんだが、それもありがとう」
「ふふふ、お弁当食べたんだ。
お口に合って良かった。
それじゃ、とりあえずお風呂入ってさっぱりしてね、ベルグルさん」
促されるままに俺にはかなり狭い浴室で血を洗い流して熊の獣体になる。
洗浄の魔術より湯で洗い流す方が気持ちいい。
出てすぐに黒目と目が合った。
改めてよく見ると、本当に髪も目も黒いんだな。
「うわぁぁぁぁぁ!」
可愛らしい叫び声に一瞬怖がらせたかと思ったが、目がキラキラしてとんでもなく可愛らしい満面の笑顔になった。
「ベルグルさん、熊なの!
大きいね!
触りたい!
モフってしたい!
駄目?」
「····あ、あぁ、かまわない」
この子本当にすれてないんだなぁと抱きついてきたレンに珍しく気圧される。
青年がジロリと睨んでいるが、あの時のような本能からの危機感はない。
「レン、彼は何者だ?」
「ファル?
黒竜だよ。
今は人の姿なの」
腹毛を揉みまくっているレンに聞けば、やはりというか、驚愕というか、わからない感情が沸き起こる。
「名前で呼ぶのを許してはいないぞ、熊」
「そうか」
レンは俺達の会話を気にとめず、肉球をつつく。
「んふふ、肉球かたーい」
何でこの子肉球でこんなにうっとりしてるんだろう。
グラン、お前の番はやっぱりおかしいぞ。