190.伴侶の夢4~ドゥニームside
「うわああああ!」
「ヨハン?!」
再び景色が変わった瞬間、ヨハンの叫び声が響く。
ソファから飛び起きたらしい。
声を聞きつけたのか、慌てて部屋に入ってきたのは義母殿だ。
私が召還した頃のヨハンに成長している。
あの廃墟の一件が、ヨハンがあの飾り紐をお守りとして貰ったいきさつだろう。
彼の腰にはそれが付けられている。
少し発光していないか?
ふと、あの白髪の男があの廃墟でヨハンの中に鬼を招き入れたのではないかと考える。
番殿の子供が跳ね返した何かがヨハンの腹に当たって消えた事がどうにも引っかかる。
今となっては確認できないが。
「あっ····はっ、はっ····」
「ヨハン、どうしたの?」
荒く息をする息子を義母殿は心配そうに気使う。
「何でも、ない。
ちょっと久々に····手術前の、夢を····夢ではレンカさんにも会わなくて····」
「····そう。
ねえ、ヨハン。
母さん達ね、あの時あなたに申し訳ない事をしたと思っているわ。
あなたを助けたくて方々に手を尽くしたのに、治療を断られ続けて絶望してた。
可愛いあなたを失う恐怖に負けそうになって、キサカ医師に言われたようにどこかで諦めてた。
まだまだ子供のあなたが親の私達より早くいなくなったら、どうやってあなたの死を受け入れたら。
あの時はそんな事ばかり考えていたわ」
「母さん····」
呼吸を整えたヨハンが何とも言えない顔をしている。
「でもね、自分達が早く楽になりたいなんて思った事もないのよ」
ふふ、と苦笑した顔はヨハンに似ている。
「キサカ医師が言ったように、あなたは昔から聡くて私達を良く見てたのね。
でも見くびらないで。
私達はあなたに苦しめられたわけじゃないし、あの時だって長く生きて欲しいと思っていたの。
もちろん今もよ」
「母さん····」
「あなたには生きて欲しかった。
幸せになって貰いたかった····でもね····」
義母殿が俯いた。
そのせいで表情が見えなくなる。
「母さん?」
その様子にヨハンは母を呼ぶ。
ヨハンの腰にぶら下がる飾りが揺れる。
「どうして何も言わずに私達の世界からいなくなったの?」
「!!」
顔を上げた義母殿は憎々しげに睨みつける。
突然周囲が暗闇に支配され、義母殿とヨハンだけがぼんやりと浮かび上がった。
「そうだ。
私達がどんな思いでお前の闘病に付き合ってきたと思っている。
キサカ医師が亡くなって1度はお前を失うと絶望したのを知っていたか?
彼女が亡くなっても私達との約束を守ってくれたのだと、お前が助かるんだとわかった時、どれほど喜んだかわかるか?」
義父殿が義母殿の肩を抱いて現れる。
その顔も睨みつけていた。
「あ····」
ヨハンの顔色がどんどん悪くなり、震え始める。
違うんだ、ヨハンは悪くない。
私が早く番を得ようと急かしたんだ。
「お前が死にかけた時、誰が病院で手を握っていた?
お前を愛していたのに、お前は紙切れ1枚だけ残してどこの誰とも知らぬ男の元へ走った」
「ご、ごめ····」
「そうよ。
ねえ、どうして家族を捨てたの?
私達はこんなにもあなたに尽くしてきたのに····愛してきたのに····」
「母さ····」
違う!
私が捨てさせたようなものなんだ!
『裏切り者』
「ひっ····」
義父殿の言葉が私の頭にも鋭く響いてぐわん、と目が回る。
ヨハンは小さく悲鳴を上げて体を更に震わせた。
『『裏切り者!』』
とうとうヨハンはその場にしゃがみこんで頭を抱えてしまった。
「ごめんなさい、ごめんなさい、許して、お願い····」
『許さないわ』
『親不孝者』
ヨハンは恐怖に歪んだ顔でぶつぶつと謝り続けるが、義理両親はそんな息子を2人で挟み込み、見下ろしながら責め立てる。
『なあ、ヨハンからあっちの両親については何か聞いてる?
あの2人が死んだからこっちの世界に来たとか?」
『そう。
お前はそうするって知っててヨハンをこの世界に呼んだ?』
ヨハンの闘病を見た。
死に瀕する息子を前に義理両親がどれほど悩み、絶望しながらも息子の延命をどれだけ願っていたかを知った。
恐らく今のこの光景はヨハンの悪夢が見せる幻覚のようなものだろう。
だがその前の光景はきっと現実にあった出来事だ。
それを目の当たりにして、悪夢の中で伴侶を責める義理両親を見て、あの時の番殿の言葉が胸を突く。
番殿は何故私を刀で殴ったのか。
何故ヨハンを殴ると宣言したのか。
『番至上主義だから仕方ない、で大体の事を終わらそうとしてる獣人に言っても無駄じゃない?
特にそこのやらかし竜人には。
番が絡めば自分の見たい現実だけ見て他を見ないし、想像力も無さそうだ。
価値観が違い過ぎる』
『当事者はいいだろうな。
別に私も後悔せずに生きればいいとは思う。
ヨハンからすればせっかく助かった命だろう。
だけどそれと私がお前達2人に腹を立てるのとは別物だ。
私も後悔しないように怒る。
どのみち相互理解なんてできないなら、はなっから話し合いをするだけ無駄』
番殿は伴侶の両親を想ってずっと怒っていたのだと理解した。
ヨハンはきっと義理両親に申し訳ないと思い続けていたからこそこんな悪夢を見ているのだろう。
私はそんな事を全く考えていなかった。
番殿の言う通りだ。
相互理解など考えてすらいなかった。
踞る愛しい伴侶。
涙を流して恐怖に顔を歪める愛しい伴侶。
悪いのは全て私だ。
私があの時急かした。
あと少し待つ事もできたのに、番を早く手に入れる事しか考えなかった。
『自業自得だ。
お前が現実を受け入れられずにヨハンをこの世界に召還した時点でこうなる事は決まってたんだよ。
ヨハンも自分で選んだ結果だ。
たまたま私が出くわして、たまたま殴りたくなったから仕方なく手を差し出してやってる。
感謝しろ』
番殿の言葉が何故か鮮明に思い出されていく。
ああ、感謝する。
確かにヨハンも私の側で生きる事を選んだ。
責め立てる声が私の頭に響いて体がふらつく。
それでもなんとか踞る愛しい伴侶の側に行く。
「ヨハン、共に怒られよう。
私も共に償う方法を探す」
片膝を着いて愛しい伴侶に手を延ばす。
『不安定なヨハンの夢を今から強制的に閉じる。
その時にその体にある呪力も全て使い切るか回収する。
閉じきる前にお前はヨハンの精神の核になる部分を探せ。
見つけたら体の一部を繋いで絶対に離れるな。
見つけやすいようにマーキングだけはしてあるけど、それがどういう形でお前の目に映るかは私にもわからない』
触れて、憧れる伴侶の気配を確かめる。
『見つけたら私の名前を叫べ』
「レンカ殿!!」
腰の飾りを外してしっかりと握りしめ、あらん限りに声をふりしぼる。
外した飾りを、伴侶の核を決して離さないように両手で握りしめ、胸に抱き込んで。
次の瞬間、白い光に辺り一面が支配された。




