169.蓮香6
「蓮香の気持ちの切り替えは早かったの。
夢見で子供が難病を患うのはわかってたから、もしもに備えて動いてはいたんだ。
だから薬の開発に必要な資金も人脈も、医師の資格も最短でかき集めた。
その後は出産して子供の病気を確かめて薬の開発と育児に専念して、新薬を開発したところで死んだ。
死んだ時、蓮香は寿ぎを手にしてたけど元々千年かけて神々への怒りを蓄積させてた蓮香はその力を持ったまま、自分の魂を叩き割ろうとした」
ふふ、と思い出したように笑う。
「神なんかくそくらえ、思い通りになると思うな、この暇神どもが、て叫んで笑ってた」
くすくすと鼻をすすりながらレンは笑うが、内容はなかなかハードだな。
しかも大分はしょってないか?!
蓮香を実質的に殺したあの金髪の男は誰だよ?!
口づけまでしてた仲だろ?!
「レン、言いたくないならかまわんが····かなりはしょっただろう?
蓮香は何故死んだ?
何故死ぬ事が愛する者の為になった?
それに蓮香が最期に子供の父親に何を望んだ?
レンは寿ぎを宿しているのか?」
「····望んだ、事は····」
団長が遠慮がちに尋ねるものの、レンはそう呟くと黙ってしまう。
「あの病気は····んー、違う········朔月····んー····」
だが言いたくないというよりも、言葉を探しているようで、ぼそぼそと呟いては悩み始めた。
元々自分の事を話すのは苦手なのはこの場の誰もが理解している。
俺達は固唾を飲んで見守る。
「僕達転生体は····理不尽に晒されて殺される事を義務づけられてた。
だけどそれを唯一止められる存在があったんだ。
正確には止められないんだけど····」
····いや、どっちだよ、とつっこみたいが、耐える。
「理不尽に晒される、の中には苦しんで死ぬ事も含まれてて····えっと、それを止める?」
トビの胸に突っ伏したまま、首を捻るが、俺達にも何が言いたいのか正確には····待て、そういえばあの金髪が····。
『下手くそが、殺すなら苦痛が長引かないように殺せよ』
『こうなると思った。
後始末も必要だろう』
あの男が言ってた言葉の意味は····。
「あの千年の間にね、僕達を見つけたら苦しまずにさくっと殺してくれる存在がついて回ってたの。
ていっても見つけてくれたのは多分半分くらいだけど、彼が見つけられずに彼以外の誰かに殺される時は死ぬ瞬間まで痛くてつらい目に合う事がほとんどだった。
蓮香の時にも彼は見つけてくれてたんだ」
「その彼とは何者じゃ?」
「····うーん····千年来の····ストーカー?」
親父の質問に再びコアラのまま首を捻る。
「レンちゃん、ストーカーて聞こえたけど····」
「んーと、つきまとい?」
いや、意味は同じだな。
今度は首を反対に捻ってるけど。
聞いたトビも困惑してるぞ。
「ふむ、そやつは朔月の縁者かのう?」
「縁者って言っていいかわかんないけど····朔月に執着してた国王?」
いや、そこは何で首を捻ってるんだ?
つうか国王がストーカーって何事だ?!
親之の記憶の中にもちらっと王太子だった時の、遠目からの記憶がなくはないが俺達が死ぬまでは朔月との関わりもほとんど無かったはずだ。
「レン、何故あの男がそんなにも執着した?
何かきっかけがあったのか?」
鷹親だったファルの記憶も恐らく俺と同じようなものか。
「きっかけは····きっと本人にしかわからない。
朔月の時は気がついたら求愛されてて、手段を選ばなくなっていったの。
毎回じゃなくても転生すると2回に1回は追いかけてきてて····」
「という事は、彼も転生の記憶を引き継いでいるという事ですか?」
再び黙りそうになったタイミングで副団長もそこに引っかかったのか合いの手のように尋ねる。
「うん。
どうしてそんな事ができるのか····多分蓮香は気づいたけど、あえて無視してて····僕には読み取れない。
朔月が死んだ時の雷の神が関わってて、僕もそこはあまり····踏み込みたくない」
ごめんね、と小さく謝る。
恐らくレンも本当は気づいてるんだろうが、無理に聞き出す事はしないでおこう。
「蓮香は····子供の薬を開発する為にその彼と手を組んだ。
自分1人で新薬を開発して治験までもっていくのは不可能だったから。
ここの世界と違ってね、思いついてから投薬するまでにはかなりの手間と時間とお金がかかるんだ。
開発や資金の面は蓮香自身でどうにかできても、それ以外までは手が回らない。
あの病気の平均寿命は10才前後。
夢見で見た子供はもっと幼い頃に亡くなってたし、自分はそれよりも先に死んでた。
未来視は確定しない未来の可能性のなかで実現性の高い出来事の一部を垣間見てるの。
だけど視た未来を覆すのは簡単じゃない。
特に生死に関わる事は····」
言いながらそろそろとコアラの体勢に戻っていく。
無意識に傷を押さえていた事に気づいたんだろう。
「だから蓮香は夢見の力を使って彼を探しだした。
彼にも僕達と同じように千年分の知識と経験があるし、蓮香とよく似てて腹黒いし、本来の自分に課せられた死からは遠ざけられる唯一の存在でもあった。
今世での彼は実業家で、思ってた通り····んー····使えそうな人だった。
それから子供の父親にも手伝わせた。
彼は愛情深い人だったし、知名度がある演奏家で作曲家だったからそれなりに世論を動かせる人脈があったし····何より親として子供に愛情を与えられるのは彼しかいないから。
蓮香は····朔月の記憶はあっても····自分が誰かを愛した事はなかったし、ずっと怒りのままに生きてきた自分が····子供に愛情をまともに与えられるとは思って····なかった、の」
ふうっと息を吐き、しばらく無言になった。
口調が少しずつ重くなるのは、蓮香の感情に強く影響されているからだろうか。




