153.悔恨
レンが完全に寝入ったと聞いて、レンの眠る部屋へ俺と副団長とで入った。
ファルと話す為だ。
といっても頷いてくれるかは賭けのようなものだったが、頷いてくれた。
しかし休息が必要なレンを妨げる、と結局最初の部屋のソファに座り直す。
羨ましい事にレンがトビの尻尾を握りしめて離さなかった為、トビだけは向こうにいるがドアは全開にしてある。
親父と団長は打ち合わせの為に出ていった。
副団長が後で報告する事になっている。
「ファル、お前はいつから朔月を思い出してたんだ?」
「レンが夢見で俺の真相意識に干渉してきた時だ。
俺の認識ではその時レンと初めて会った。
だが本当に会ったのは母の張る結界の中で暴れ狂ってもがいていた時なんだろう」
俺達は淡々と話す。
感情的にならないよう、俺もかなり気を遣っている。
明日、またレンに話を聞く時にはせめて俺が泣かす事はしたくない。
「真名を書き換えたっていうのは?」
「そのままの意味だ。
俺の真名はレンが干渉する前までは別にあった。
だがレンが干渉した時、レンの呼び掛けだけにしか反応しない真名へと書き換わった。
どうやったのかは知らんが、腐食の刃に切り刻まれる中で力を行使したはずだ。
レンは恐らく無我夢中だっただろうし、自分でもどうやったかまではっきり覚えていないらしい」
無茶苦茶だな。
難しい顔した副団長も隣でため息吐いてるぞ。
「レンにしか反応しないというのは?」
「他の者が真名を呼んでも使おうとしても役に立たん。
レンが呼び、何か術を行使するのに使う場合であれば使える」
「それで、感情が繋がったのか?」
「そうだ。
何故かは聞くな。
知らん。
細かな心の機微はわからんが、離れていようとレンの大まかな感情は感じる」
そこでふと、気になった事を聞いてみる。
あの時ファルはあまり話には入ってこず、どちらかというと静観していたように思う。
「さっきまでのレンは····」
「恐怖、不安、悲しみ、後はささやかだが怒りに支配されていた。
だがどんな時も必ず存在する感情がある」
「····絶望、か?」
ずっとレンに感じていた違和感の1つだ。
「そうだ。
顔は笑っていても、それだけは必ず存在する。
1番酷かったのは義父が死んだ時だ。
レンの結界の中で、ひたすら絶望していた。
結界が解けてからも暫くは精神干渉し続けなければ、食べる事も完全に放棄して衰弱死しただろう」
副団長も俺も、向こうの部屋に眠るレンの方へ目を向けてしまった。
『爺さんが亡くなった時、多分師匠と俺の事があったから多少は無理矢理でも食べて持ち直したんやないん?』
トビの言葉を思い出す。
未だどこかで拒絶されている身としては····嫉妬でどうにかなりそうだ。
レンにとってはそんな状況下でも体を生かそうとする程あの2人を受け入れているんだろう。
「レンカの感情を感じる事は?」
「殆どないが、恐らく表に出る時だけは感じられる。
この国でレンに呼ばれるまでに感情そのものが変わったように感じられた時間がある」
「どんなものか聞いてもいいか?」
「怒りと慈愛だ。
レンカと直接会った事はないが、自我が強いと言っていたのはわかる気がする。
清々しいとすら思えるほど怒りにも慈愛にもぶれがない。
感情に迷いが全くなくて何事かと思っていたが、それがレンではないのなら納得はできる」
同じ番でと、つい比べてはファルと自分との差に自嘲してしまう。
俺は本当に受け入れてもらえていないんだろうな。
「お前が羨ましいよ、ファル。
レンが泣くほど苦しんでいたのに、俺は追いつめるような事をしてばかりだ」
そんな風に考えれば、受け入れてもらえないのも仕方ないのかと更に落ち込む。
「否定はせんが、レンは感情が大きく揺さぶられなければ自分の内を晒せない。
普段から感情を表に出さないよう自制しているからな」
「何故そんな事を?」
番同士の会話にはなるべく入らないようにしていた副団長が思わず聞いてしまったようだ。
副団長は副団長でレンを自分の子供のように想っているからこそ心配で仕方ないんだろうな。
「そうしなければ上手く生きられなかったんだろう。
レンの過去の転生体は全て殺されている。
それも半分は痛みを長引かせる残忍な手口だ。
恐らく人格が違っていても記憶は引き継がれている。
常人が正気を失わずに百度近く殺された過去に耐えられると思うか?
さっきの話の最中に感じたあの感情の揺れの大きさからすれば、痛みや苦しみ、死への恐怖の全てを鮮明に感じられる程には覚えているだろう。
特に朔月は1番初めの、ただ普通に生きていた無防備な頃の記憶になる。
他の転生体とは違って生々しい記憶なんじゃないのか」
「····な、ん····」
俺達は絶句する。
震える声を出したのは副団長だ。
俺は声すら出せない。
もしファルの言う通りなら····尊厳を奪われたとレンが認識したその時の記憶を強く思い出させてしまっただろう。
それを俺は言葉にさせようとしたのか····。
「俺が見た記憶の断片を思い返しても、特に朔月とレンカは転生体の中で長く生きている部類に入るはずだ。
それでもあの外見からしてせいぜい30年程度だが。
その2人の感情に引きずられるのは当然だろうな」
「他はどれくらい····」
片手で顔を覆う副団長からは自責の念がありありと出ている。
「早ければ産まれて数分だ。
大体は10才前後だろうな」
夢見で血塗れの赤子が床に叩きつけられて絶命した光景を思い出す。
「何故····俺が、朔月と生きた時にもっと早く助けていれば····」
「逆だ。
あの時の俺達は何年も朔月と夢見で会っていたが、夢見では常に笑っていた。
朔月にとっては俺達が何も知らないからこそ、全てに蓋をして過ごせる幸福な一時だったんだろう。
朔月が死ぬまで会わず、全てに気づかないふりをして付き合ってやるべきだった。
そうすれば苦しむのは朔月の代だけで済んだはずだ」
『だけど感情を飲み込んだのは····2人を巻き込まない為だったのに····でも、それでもあの2人が手を差し出したり····ううん····違う····そうじゃなくて、どうしてあの手を取ってしまっ、た····のか····』
震えながら吐露する小さな体躯を思い出す。
朔月は非道な境遇にずっと1人で耐えて、己の苦しみをのみ込んで昔の俺達と夢の中でだけは笑って過ごしていたんだろう。
恐らくはあの惨状を見た俺達が浅はかな正義感だけであの牢から朔月を連れ出して、何かで呪われて朔月の神の資格を与えてもらって死んだ。
転生し続けた朔月の魂は千年にも渡って苦しみ続けたのに、少なくとも俺は····そんな事を忘れてのうのうと生きている。




