10.モフりで釣る
「なあ、レン。
俺の顔や匂いは、嫌いか?」
椅子に座るレンの側に行く。
膝立ちになって、両手でレンの顔を両手で包み、顔を見合わせる。
膝立ちしても、レンより俺の方が背が高いな。
「グランさんは、お日様みたいな匂いがする。
顔も綺麗で、二十年後には、僕好みのイケオジになりそうで、好きだよ?」
「そっか。
イケオジが何かわからんが、レンが好きなら良かった。
レン、俺はレンに、何かして欲しいんじゃない。
俺が側で、レンを見守りたいんだ。
人族のレンに、獣人の番への感覚や感情を、理解して欲しいとも思ってない。
レンが訳ありなのも、自主的に森に籠っているのも、実は気づき始めてた。
それに、まだ幼いレンが愛なんて知ってたら、それこそ俺はびっくりするぞ?」
そう言った時だ。
レンが訝しげに首を傾げた。
黒竜が「レンも、とうとう気づいたか」と、小さく笑った。
あれ?
もしかしてレンは……。
「えっと、グランさん?
僕、いくつの子供だと思ってるの?」
「……十歳いかないくらいだと……レン?
お前、年はいくつなんだ?」
「僕、体年齢でも十四歳前後はあるのに……十歳……いかない?
そんな……ひどい……」
レンはあまりにも子供に見られていたのがショックだったらしい。
あからさまに絶句した。
やらかしたな、俺。
ここまでショックを受けた顔になられると、何かいたたまれなくなってくる。
俺も何と言っていいかわからず、無言になる。
そんな中、黒竜だけが笑う。
「くくくっ」
「ファル、笑いすぎ!」
「だから言っただろう。
お前の見た目は幼子だと」
「そんなことない!
確かに背は低いけど、平均よりちょっと低いくらいだったんだから!」
いや、人族の中ですら、レンは小さいぞ。
この国では十五歳で成人だ。
確かに獣人よりも人族は、背が低い傾向にある。
しかしレンは十四歳だと言った。
体年齢の意味は、ちょっとわからないが。
それくらいの年齢なら、人族の身長は、一七〇センチくらいにはなる。
一八〇センチ近くになる者も多い。
しかしレンは一五〇センチもないんじゃないか?
その分、可愛らしいんだが、さすがに顔つきだって幼すぎる。
「体年齢的とは、どういう意味だ?」
とりあえず、気になった事を聞いてみる。
「そこから先はお前が戻ってきて、レンが話すまでお預けだ。
幻滅したなら諦めろ。
多分、これ以上は大して成長せん」
だがレンの代わりに、黒竜がしれっと話すのを断ってくる。
「ファルひどい!
もう少しは成長するし!」
そんなレンは、背にコンプレックスでもあるかのように、黒竜に噛みつく。
まるで成長するのを確信したような言い方だが、傍から聞いていると、悔し紛れに言い返しているようにしか聞こえない。
でも……どうせなら俺にもレンの感情をぶつけて欲しいと思ってしまう。
レンが何を言っても、可愛らしく感じてしまう。
「レンは俺達とは、性が違う。
成長したところで、大して変わらんだろう。
それがお前の個性だ。
俺はそんなレンも、愛おしい」
「な………なに、ファル……真顔、で、」
「俺はいつでもお前には、真剣だからな。
待ってやるとは言ったが、口説ける機会を逃す気もない」
おい、黒竜。
俺を置いて、唐突に甘い顔でレンに迫るな。
顎をクイッとやられたレンが、真っ赤になっただろう。
口説くな。
俺だってレンを正面から、ガッツリ口説きたいんだぞ。
切ない気持ちでレンを見つめていると、レンがバッと立ち上がる。
隣で座っていたファルとも、膝立ちする俺とも距離を取った。
「と、とにかく!
グランさん!
僕、小さい子じゃないの!
でもグランさんに相応しい人は、他にいると思う!」
レンは一息で喋ってから、少し息を整える。
「それに会ってまだ、数日程度の人に、これ以上の事も教えられない」
レンはそう言うと、フイッと俺から目を逸らせて、バツが悪そうに俯いてしまう。
「それはかまわない。
番の感覚がないレンに、信用しろなんて言わない。
だが嫌いじゃないなら、少しずつ俺の事を知ってくれ。
秘密にする事は何もないが、俺の事を話そうにも、今は時間が足りない。
もちろんレンの気持ちに従う。
それに俺は獣体になれる。
触り放題だぞ?」
俺の最後の言葉に、レンがピクリと反応した。
ほぼ無意識にだろうが、逸らせた顔をこちらに向け、獣人の特徴となる耳と尻尾をレンの黒目が追う。
「なんの、こと……」
「レン?
気づいてないと思うか?
レンはかなりの頻度で、俺の耳と尻尾を、チラチラ見てるんだぞ?
獣人でも、獣体になれる可能性は半々だ。
だが俺は、獅子になれるぞ?」
立ち上がり、レンを誘うように、ユラユラと尻尾を動かす。
するとレンの目が、尻尾に釘付けになった。
「おい、卑怯だぞ」
「使える物は、使う主義だ」
不服そうな黒竜にはない、耳と尻尾だ。
手触りもいい。
黒竜は今のところ人族のような外見で、尻尾もないからな。
もし黒竜が竜体であっても、鱗に覆われた竜にはない心地良さのはず。
「……ホントに……触っても、良い?」
「もちろんだ。
獣体の時の鬣も、俺のはフワフワしてるんだぞ?」
「たてがみ····ふわふわ····」
あぁ、可愛いなぁ。
しまりのなくなったレンの顔を、舐め回したい。
しかしレンの警戒を解き、レンの心の懐に入る為にも、今は紳士的に微笑まねば。
「どうだ?
少しずつ俺の事を、まずは獅子の時のふわふわ触感から、知ってくれないか?
もちろん駄目な時は、駄目でいいんだぞ?」
尻尾をゆらゆらと振りながら、なるべく優しげに微笑みながら、レンに畳み掛ける。
「す、少しずつで、良い、なら?
でも駄目な時は、駄目だよ?
きょ、今日から……触って、良い?」
ゴクリと生唾を飲み込むレン。
ちょろいな。
自分でやっといて何だが、心配になる。
だからと言って、この機を逃すはずもない。
「あぁ、もちろん。
ベッドも一つだけだし、俺は獣体で眠る。
好きなだけ、俺の毛を堪能してくれ」
「おい、ふざけ……」
「ホント!?
獅子と一緒に寝られるの!?
やったぁー!」
物言いたげに、文句を言いそうだった黒竜は、無視だ。
にしても、レンは喜びすぎだぞ?
ちょろすぎるだ。
手を出すつもりはないが、レンの言っていたように、ほんの数日前に会った程度の獣人だぞ?
もう少し警戒しても良くないか?
獣人の中でも獣体になれる奴は、獣の性本能も強い。
こんな風にホイホイつられると、やっぱり心配になる。
「チッ。
レンに手を出したら、殺すからな」
黒竜が消えた。
転移魔法を、こんなに易々とやってのけるのか。
しかし余計な一言を、置き土産にしてくれたな。
内心、手を出したい衝動を抑えつつ、レンには紳士的に微笑む。
「大丈夫だ。
騎士として誓うが、レンには節度ある付き合い方を約束する」
「ふふ、ファルの考えすぎだよね。
グランさんは、そんな事しないってわかってるよ」
くっ、澄んだ目で見ないでくれ。
獣体になるのは、むしろ色々と色欲方面の欲を抑える為でもあるんだ。
「ありがとう。
明日は早朝に発つつもりだ。
寝る準備ができたら早速、レンの望みを叶えよう」
「はーい!」
くっ、可愛い、襲いたい!
しかしやっぱりレンは、十歳いかないようにしか見えない。
ある意味、助かる!
そうして身支度を整えた俺は、石鹸の良い香りに包まれた番にモフられまくった。
尻尾の付け根を触られた時だけは、とある場所に血がたぎってしまったのは秘密だ。
長さ(身長)や重さはこの世界独自のものを考えようかと思いましたが、分かりやすいのが一番かなと思ったのと、表記しなくても伝わればよくね?としませんでした。
普通に日本人感覚のcmやkg感覚で今後も書いていきます。
今後話の流れで多用する事があればその時改めて考えて修正します。
ものぐさで申し訳ありません。